その②
痙攣をしながら倒れている男たちには、いろいろ聞きたいことがあったが、それよりもお嬢様の安否を確認する必要があった。
凹んでいる扉を開けて、後部座席に身を滑らせる。
「おーい、お嬢様、生きてるかー?」
そこには、手足を縛られ、頭に袋をかぶせられた天音が静かに震えながら倒れていた。
「…だいじょうぶ、そうだな」
軽く彼女の身体に触れて怪我をしていないことを確かめると、運転席に置いてあった多機能ナイフを使って、ロープを切断する。
頭の袋も取り払おうとした瞬間、自由になった天音が、桂馬の胸に抱き着いた。
「うおっ!」
バランスを崩した桂馬は、天音とともにアスファルトの上に倒れ込む。
「うわああああん、佐藤うううう、怖かったよおおおおおお!」
天音は桂馬の胸に顔を埋めると、湯が沸いたみたいに泣き出した。
「え…、おい、お嬢様、オレは…」
慣れない女の柔らかい感触に、桂馬の心臓の鼓動が速まった。
恥ずかしさから、すぐに引き剥がそうとも思ったが、やめた。誘拐をされそうになって、このお嬢様は心底怖かったに違いない。今は、自分の身が助かったことを喜ばせてやろう…。そう思った。それに、桂馬と言えど男。女に抱き着かれるのは悪くなかった。
依然、天音は泣きじゃくり、「佐藤! 佐藤!」と叫びながら、桂馬の胸に額を押し付ける。彼の胸は、ある程度鍛えてあるために筋肉質で、そして硬かった。
「佐藤…」
大好きなメイドのものとは、明らかに感触が違った。
「へ?」
そこで違和感に気づいた天音は、顔を上げ、自分の手で頭に被さった袋を取り払う。
明るくなった視界の先に見たのは、知らぬ男の顔…。人を挑発するような淡白眼に、へらっと笑った口元、清潔さの欠片も無い天然パーマ…。
今まで抱き着いていた者が、メイドではないと気づいた天音は、彼から飛び退くと同時に、その顎に拳を叩き込んでいた。
「誰だお前えええええええっ!」
「ぐへえ!」
顎から脳天を抉るような、強烈なアッパーカットに、桂馬は白目を剥きつつ、身体をのけ反らせた。そのまま、背中からアスファルトに倒れ込み、一瞬気絶する。
「え、なになに? 何こいつ? 何なの?」
おろおろしつつ立ち上がり、振り返ると、そこには自分を誘拐した男が倒れている。
「こ、こいつの仲間? うそ…」
「ま、待て…、オレは、仲間じゃない…」
「ひえっ!」
桂馬が身体を起こそうとしたので、思わずその顔面を踏みつける。
「ぐへっ!」
桂馬はカエルが引きつぶされたかのような声をあげると、再び気を失ってしまった。
「ええと…」
仲良く白目を剥いている二人を見渡し、それから、大破した黒い車を見る。
「と、とりあえず、助かったのよね」
これから何をすべきか…。よくわからなかったが、それでも、ここに残るべきではないと判断した天音は、そそくさと走り出した。
十メートルも走らないうちに、背後から「待てっ!」と桂馬の声がした。それから、カンッ! と地面を蹴る音。
振り返ると、倒れていたはずの桂馬が消えていた。
「あれ…」
「後ろだ」
「きゃあっ!」
振り向きざまに手を振る。が、桂馬は難なく見切り、天音の手首を掴んだ。
「ちょっと、離して!」
「驚かせて悪かった。オレは悪い奴じゃない。だから…」
言いかけた瞬間、天音が桂馬の股間を蹴り上げた。
「離せって言ってんでしょうが!」
「ぐへえ!」
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