その⑦
「停めてください」
「え…」
「停めてください」
隣に座っている天音の手を握りながら、明美は切りつけるように言った。
「早く、停めてください」
「え、いや、もうすぐ着くんで」
そう言って、運転手はタクシーを停めようとしない。
「停めるのは、その時に…」
「早く、停めてください」
明美は何度も念を押して言った。
すうっ…と、タクシーの運転手からにやけ笑いが消える。舌打ちとともにため息をつくと、車を脇に停めた。その時のブレーキの踏み方も、何処かふてぶてしいものを感じた。
タクシーが完全に停まってから、明美は言った。
「私は、堂々咲家のメイド。お嬢様の命を預かっています。それなのに、一度伝えたことを覚えていない…。乱暴に発進する。乱暴に左折する。前方不注意で、信号無視をするような人の車になんて乗りたくはありません。降ります」
扉に触れる…。
その瞬間、運転手が運転席から操作して、扉に鍵を掛けてしまった。
「降りる」と言っているのに、降りられないようにする行為。そもそも、走行中なのに鍵を掛けていなかったことに、明美は一層、この運転手への不信感を募らせた。
怖がり始める天音を抱き寄せ、頭をぽんぽんと撫でる。
そして、恐る恐る聞いた。
「あの…、あなた、誰ですか?」
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