その②

【堂々咲邸】

 天音と明美が屋敷を出た一時間後。堂々咲邸に、当主の悲鳴が響き渡った。

「あまねええええええええ!」

 それから、ドタドタッ! と階段を降りる音。ドンガラガッシャン! と、重々しい何かが転がり、その奥にあったものをなぎ倒す音が響く。

 物騒な音に驚いた従者が各々の仕事を中断して廊下に出て見ると、階段の前に、太った男が倒れていた。

脂ぎった顔に、団子のような鼻。唇は血色が悪く荒れていて、身体を起こした拍子に、細くなった頭髪がパラパラと落ちた。ついさっきまで地方紙の取材だったためにスーツを着ているのだが、階段を転がり落ちた拍子に全てのボタンがはじけ飛んでいた。

「旦那様!」

 従者の誰かが言う。

 そう、この太って、だらしない男こそが、この堂々咲家当主、堂々咲昭三だった。

「天音が、あまねがああああ…」昭三は、駆け寄ってきた従者に情けない顔を見せた。「天音が、部屋にいないんだよおお…」

「お嬢様が、お部屋にいないのですか?」従者たちは目を見合わせた。「トイレか何かでは? それか、お庭を散策されているとか」

「探したけど、何処にもいないんだよお…」

「何処にも…」

 それは確かに奇妙な話だったが、ここは土地面積三〇〇坪を誇る堂々咲邸。建物面積は一〇〇坪。そして、建物は五階建て。部屋の総数は五十以上だ。中には使われていない部屋だってあるため、見落としている可能性だってある。それに、日ごろから口酸っぱく、「天音を外に出すな」と言われ続けているために、門番の目も厳しい。昭三当主がおそらく考えているような、「最悪」の結果にはなっていないと思った。

「あの、旦那様、お言葉ですが、もう少し探されてみてはいかがですか? きっと、すぐに見つかると思いますよ」

「そんなことないんだよおおおお!」

 鼻につく間延びした声で言った昭三は、従者たちにあるカセットテープを叩きつけた。

「え…、これ、なんですか?」

「天音の部屋に仕掛けていた盗聴器」

「「「何やってんだ!」」」

 思春期の娘のプライバシーを脅かすクソ親父を一喝した従者たちだったが、すぐに当主の意向に従い、カセットテープをプレイヤーに挿入し、再生した。聴こえてきたのは…。

「なんか、めちゃくちゃ何かを掘る音がするのですが…」

「まるで、床を削っているような音ですね」

「そこじゃない」

 少し早送りすると、スコップやらドリル、ピッケルなどで床を必死に掘り進める音は消え、代わりに、思春期の天音の声が聴こえた。

『ふっふっふっふ…、今日こそ、決行の時…』

 今どきの少女が「ふっふっふ」と笑うのか…と言うのは無視をして、プレイヤーを停止した従者らは、また顔を見合わせた。

「いや、これでは何とも…」

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