その②

「お嬢様…、おやめください」

 堂々咲邸の四階、五号室。

 十二畳…と、一人部屋にしてはやや広い従者の居住部屋にて、一人のメイドが、絶望したように膝をついていた。

 堂々咲家につかえるメイドである彼女の名は、「佐藤明美」。手入れの行き届いた艶やかな黒髪に、きめ細かな白い肌。化粧はしておらず、胸も控えめなおかげで幼い印象があるが、今年で二十六歳となり、そろそろ結婚を考える今日この頃。

 今日は非番で、久しぶりに屋敷の外に出て婚活パーティーにでも参加しよう! と思い、ウキウキで支度をしていた佐藤明美の目の前には、高校生くらいの背の低い少女がいた。

「本当に、やめてください、お嬢様」

 顔は小さく、絹のように滑らかな肌。目はくりっとしていて、鼻は程よく低い。「私は箱入り娘です!」とでも言うように華奢な身体は、清潔感のあるワンピースを纏っている。

 堂々咲家当主堂々咲昭三の娘の、「堂々咲天音」だった。

「お嬢様、本当におやめください」

 佐藤明美の切実な願いを無視して、堂々咲天音は、佐藤明美がベッドの上に置いてあったキャリーバッグを開け放った。

「うん! 大丈夫そうね!」

 そう言って、キャリーバッグの中に入り、身を小さくする。

「よし、佐藤! 閉めて!」

「本当に、やめてください…」佐藤明美の目から涙がこぼれる。「お嬢様…、考え直してください。『屋敷の外に抜け出す』なんてことは、やめてください」

 その時、天井からパラパラ…と砂埃が落ちて、明美の整えた黒髪に降りかかった。見上げると、天井に人一人が通れるくらいの穴が空いていて、そこからは五階の天音の部屋が見えた。

「ずっと気になっていたのですよ…。ここ数週間、天井からカリカリカリカリ…、掘るような音がして…」

「そりゃあ、床に穴を開けないと、佐藤の部屋に入れないからね!」

「いや、普通にノックしてくださいよ」

「いやいや、この堂々咲天音の、一世一代の脱出劇よ? このくらい難なくこなさないと、この次のステップに進めないでしょうが」

「私のプライバシーはどうなるのですか…? この部屋は、新入りの私が、唯一くつろげる居住スペースだったのに…」

「いや、あんた、従者だし」

「悪魔ですか?」

 目に涙を浮かべる佐藤明美を無視して、天音はスーツケースにその小柄な身を収めつつ、ファスナーを閉めようと必死に手を動かしていた。

「ほら、佐藤、あんたも手伝ってよ。出かけるんでしょう? だったら、このスーツケース持って外に出るだけでいいから。私はその後、スーツケースを乗り捨てて、好き勝手動くから」

「そのスーツケース私のものなので、乗り捨てるのは辞めてください」

「だったら、持っていればいいでしょうが!」

「いや…」

 言われた途端、歯切れが悪くなる。

 まさか、これから婚活パーティーに行くから、大きな荷物は持てない。とは言えなかった。

「そもそも、お嬢様を外に連れ出すことは、旦那様からきつく禁止されています…。わかってください、お嬢様…。もしお嬢様が外に行くことを助力したら、私の首が飛んでしまうのです。物理的に…」

「いいじゃない、首の一つや二つ」

「いや、一つしかないのですが」

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