第二章『14年後 堂々咲天音』

 十四年前に、ある場所で起こった悲劇とは縁もゆかりもない地、「威武火市・西郡」。

 ここに暮らす者たちのプライバシーを守るためにも、この地の正確な位置を示すのは辞めておく。

 しいて言うなら、沖縄よりも北東にあり、北海道よりも南西に位置する、N県威武火市の一画を占める、小さな郡だ。ちなみに、「西郡」とあるが、位置するのは威武火市の東。「じゃあ、西には『威武火市・東郡』があるのか?」と言われれば、西にあるのは、「威武火市・篠前郡」。

 市の東にあるのに、「西郡」とあり、西には「篠前」の名を冠する地域があるという、鳥取と島根の違いの区別が付かないややこしいこの状況。伝承によると、明治政府の、大区小区制、群区町村編成法による、市町村合併によるものだという話もあるが、当時を知る者たちは墓の中。下手すれば、すでに転生を終えて、これからの世界を担う活気あふれる若者になっているかもしれない。

歴史的資料のほとんどは、第二次世界大戦の空襲で燃えてしまったし、それを復元し、後世に伝えようとするほど、市民、町民の、故郷に対する愛情は無かった。

 じゃあ、この町は、噛み締めたスルメくらい味気の無い町なのか? と言われれば、決してそんなことはない。

 こんなCMソングを聞いたことはないだろうか?

 娘「ねえねえ、おかあちゃん! テストで満点とったよ!」

 母「あらあ、すごいわねえ。今日はお祝いね」

 天の声「ちょっと良いことがあった日のお祝いに」

 三人「「「ちょっといい日に~♪ 堂々咲の~♪ ミルクケーキ~♪」」」

 そう、この町は、威武火市で三十三パーセントのシェアを誇り、年の売り上げはN県で三位。町を歩いていて、その看板を見かけたら「あ…、まだ潰れてないんだ、このお店」と思われるくらい有名な、あの「堂々咲製菓」の本工場がある町なのだ。

 戦後に操業された洋菓子製造会社である堂々咲製菓。一時は、工場を五つまで増やしたものの、現在の当主の迷采配により、莫大な損失を被り、近年の不景気と重なり、その三つが閉鎖。それでもなお、地元住民から「思い出した頃に買われる」というなんとなく根強い人気で、今日も操業している。

 謎の排気ガスを噴出しながら操業を続ける工場の裏側…。

 そこには、工場を経営する、「堂々咲家」の当主が建てた巨大な屋敷があった。

 二百坪はあろう庭は、芝生とレンガが敷き詰められ、当主の「堂々咲昭三」が好んで育てている花々を愛でながら散策できるようになっている。戦後から続く洋風レンガ調の屋敷の建物面積は約百坪。二十年前にリフォームしたことで、現在は五階建て。おもに一階と二階が客人用で、三階と四階が従者居住階。そして、五階が「堂々咲家」の血縁者の居住階となっていた。特に、五階から望む威武火市の絶景は素晴らしく、晴れた日には太平洋から覗く日輪を拝むことができる。その、百万カラットの指輪も顔負けな美しき光は、まさに、成功者のみに許された特権だった。まあ、代々受け継いできたものなので、堂々咲昭三が成功者…と言われれば意見の分かれるところか。

 とまあ、堂々咲家の微妙な栄華を紹介してきたものの、やはり、その屋敷に住む者たちが、恵まれていて、そしてうらやましがられるべき立場にいるということに代わりは無かった。

 ただ、堂々咲家には、見て見ぬふりはできない噂があった。

 それは、堂々咲家の当主が、社会から迫害された「黒い組織」との関係を持っているということ。その組織を利用して、会社を存続させているということ。

 それだけじゃなく、屋敷を取り囲む壁が、まるで刑務所のように高いということ。そして、時々、当主である堂々咲昭三と、若い娘が怒鳴り合う声が聞こえるということだった。

 これらが、栄華を極めた堂々咲家の中に垣間見る、黒い部分だった。

 そして、今日も、屋敷の中から不穏な会話が聞こえてきた…。

「お嬢様…、おやめください」

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