その③

「…となると、後は、人間で実験するだけか」

 人間…と言う言葉に、助手の頬がぴくっと動いた。

「博士、本当に、人間にこの機械を使うつもりなのですか?」

「当たり前だろ?」そう言い切る。「わしの目的が、ただただ、『キメラ製造機』を作ると思ったか? 違うね。これはただの段階にすぎん。この研究が成功した暁には、人間に強靭な野生動物の遺伝子を組み込み、『キメラ人間』を作り出すのだよ。そして、出来上がったキメラ人間で、ワシは軍隊を作る!」

「軍隊ですか。それで?」

「この国を支配するのだよ!」

 わーっはっはっは!

 天井を仰ぎ、まさに悪役って感じの笑い声をあげる島田博士。

「今は、別の部位を無理やり繋ぎ合わせたような個体しか作ることができていないが…、いずれは、容姿を変えずにやってみせるさ。例えば、人間の姿かたちをしているが、筋力は『ゴリラ』のような個体をな…」

 それを冷静に聞いていた助手は、ため息交じりに眼鏡を押しあげた。

「…なるほど、国家転覆ですか。そうする前に、博士がキメラ人間に裏切られて惨殺される未来が見えた気がしますが、そこは目を閉じましょう」

その言葉に、博士は「甘いね」と言って、ちっちと舌を鳴らす。

「わしを誰だと思っている?」

「時間感覚の狂ったぼけ老人」

「キメラ製造機を発明した、天才の島田博士だよ! 天才はな、自らが生み出した強大な力に対しての抑止力も発明しておくってものさ!」

「…と言うと、鎮静剤か何かを作ったのですか? あ、それとも、脳にチップを埋め込んで、思考を操るとか?」

「わし自身もキメラになればいいのだよ!」

 あまりにも脳内筋肉な考えに、助手はそれ以上返すことができなかった。

 島田博士は構わず続ける。

「目には目を! 歯には歯を! キメラ軍を組織するなら、わし自身もキメラにならんとな!」

「ああ、そうですか…」

 今すぐ帰りたいような顔をして頷く助手。

「良いんじゃないですか?」

「そうだろうそうだろう!」

 島田博士は鼻を天狗のように伸ばして頷くと、助手の疲れ切った姿を一瞥した後に、Bの保護瓶の方を指した。

「よし! じゃあ、早速!」

「そうですね、博士自身で実験すれば話は早いですね」

「何を言っている? 早く保護瓶に入り給えよ」

「あ?」

 博士の言葉に、助手は声を裏返しつつ顔を上げ、希望に満ち溢れた顔をしている博士を睨む。

「…何を言っているのですか?」

「だから、保護瓶に早く入りたまえよ!」

「もしかして、博士、私のぴちぴちな遺伝子を自身に組み込もうとしていますか? とんでもないエロジジイじゃないですか」

「馬鹿言え、君が入るのはBの保護瓶だ! 君が遺伝子を受ける側なんだよ」

「は?」

 これまた、助手の声が低くなる。

「なんで私が、Bの保護瓶に?」

「そりゃあ、実験のためだろう! この機械はまだ、人間で試していないんだ。実験をしないと、ワシも使えん…」

「あ、はあ、なるほど」

 もう突っ込む気にもなれない助手。髪をかき上げ、くしゃくしゃと掻いた。

「わかりました。私が最初の実験体になりましょう。だけど、Aの保護瓶に入れるのは、猛獣にしてくださいね。ライオンとか、チーターとかサメとか、ああ、毒蛇でもいいですよ。タランチュラとかいいと思うんです。それらの方が、苦しませて殺せそうだから」

「何を殺すんだ?」

 博士の質問には答えず、助手はBの保護瓶の方に歩いて行った。

「それで? 実際、Aの保護瓶には何の動物を入れるのですか?」

「そのことなんだが…、まだ決まっておらんのだ。なるべく強い動物が良いのだが、なにせここは日本だから、なかなか見つからなくてな」

 そう言われて、助手は少し嬉しそうな顔をした。

「ヒグマでいいじゃないですか。この研究所の周りは山だらけですし、今は冬眠期なのですから、穴倉の中を探せば簡単に見つけられると思いますよ?」

「簡単に言うね。ヒグマの縄張りを荒らせば、どんな仕打ちが待っているか…」

「それでよくも、キメラ人間を作って、国家転覆…なんて目論見ましたね」

「何事も勢いと言うものは大事だからね」

「計画性皆無じゃないですか。もういっそ、鶏の遺伝子でも組み込みますか? 鳥頭がもっと鳥頭になると思うのですが」

「君はさっきから何を言っているんだ」

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