第十七話 有罪率99%

 「うっわ……ナニコレ」

 容疑者の顔写真を見たあずまは、思わず顔をそむけてしまった。

 「うわぁ……」

 は顔を背けるまではいかずとも、同じように顔をしかめていた。

 「二人共……言いたいことはわかるのだ」

 ささしまは二人の様子からいろいろと察しているようだった。

 なぜこのような反応になってしまうのか。答えは東の口から語られた。



 「こいつ……めっちゃ不細工っすね!」

 「シー!(小声) 東さんそういうこと言っちゃダメですよ!(小声)」

 そう、不同意わいせつの疑いで現在黄金警察署に留置されているこん容疑者は、誰もが驚くほど醜悪な顔面だったのである。

 「でもよくわかったっす。こんな奴が痴漢なんかするはずがないっす!」

 今野は決して、性格まで醜悪な人間ではない。勤め先の会社では課長を務めており、誰よりも仕事に真摯に向き合う姿勢が評価されている。また、休日はボランティア活動にいそしむなど、献愛精神に満ち溢れた人物である。

 しかし、ただただ顔が見にくい。醜いとかそういう次元ではなく直視できない。それだけが理由で物心ついたときから女性にいじめられる始末。それでもモテたい一心で彼なりに努力しているのである。

 東は今野の人となりや具体的な体験は知らずとも、顔と経歴(有名国公立大学卒業、ボランティア活動による受賞歴あり)だけで今野の無罪を確信した。

 対して、香菜はその考えに疑問を呈した。

 「そうですかね……? この人これだけかわいそうな顔してたら、恐らく女性にはモテないでしょうし、欲求不満が重なって犯行に及んだということも……」

 「まあ普通の顔面なら99%そうっすよね。でもこいつの顔はやばいっす! マザーテレサも手を差し伸べないレベルでやばいっす!」

 「そこまで言わなくても……」

 「でもこの顔面だと、恐らく女性恐怖症まで考えられるっすね。自分から犯罪に走る勇気すらないと思われるっす」

 「よくわかったな敏行君! なぜ顔を見ただけでそこまでわかったのだ?」

 的を射た発言に笹島が驚いていた。そう、東の推察は間違ってはいないのである。

 「いやー、性格ってのはそいつの目を見ればよくわかるものっすよ」

 東は得意げにそう言い放った。

 「でも、やっぱり直接会って確かめたいっすね……」

 「やはりそうするか。じゃあ今から面会に……」

 「いや被疑者そっちじゃなくて、僕が会いたいのはっすよ」

 「何!?」

 東は最初から今野に会う気など毛頭もない。なぜなら既に彼の無実を確信しているのだから。むしろ彼が調べるべきと思っているのは痴漢の被害を受けたと主張する人物である。

 「敏行君、君らしくもないのだ。 君はいつも事件の関係者については徹底的に調べるのだろう?」

 「被疑者については先生が調べてくれたっしょ。それより被害者のことを調べなきゃ話にならないっす」

 「うーむ、そうしたいのはやまやまなのだが……」

 何故か急に顔に影を落とす笹島。

 「なんすか? なにか問題でもあるっすか?」

 「いや……この被害者、しんどうさんというのだが、今回のような性犯罪被害を過去に何度か受けていてな、男性恐怖症に陥っているそうなのだ」

 「なんすかそれ、そんなこと起こりうるんすか?」

 「本人がそう言っているのだから……とにかく私も面会を拒絶されたのだ」

 二人して意気消沈してしまう。しかし、彼らには手段がちゃんと用意されていた。

 「お二人共、私が新藤さんに会ってきましょうか?」

 香菜が口を開いた。男性が面会謝絶にされるなら、女性を差し向ければよい。

 「そうだ! 香菜さんがいたっす!」

 「成程、桃山さんに任せればよいのか」

 こうして三人は今後の方針を固めた。

 コーヒーを飲んだのち、東と笹島は今野に面会に行く。被害者に会えないのならば、やはり被疑者から情報を得るしかないというのが東の考えだ。

 香菜は新藤に連絡を取った。

 「東さん、新藤さん明日会えるそうです」

 「オッケ! じゃあ今日はそうっすね……何をしてもらおうか」

 「私も今野さんに会いに行きましょうか?」

 「……いや、新藤さんの身辺調査をお願いするっす!」

 そう言うと、東はカバンから封筒を取り出した。

 「はいこれ、軍資金っす!」

 「え、軍資金って……」

 随分と分厚い見た目をしている。香菜がそれを手に取ると、分かりやすい重みを感じた。

 「これいくらですか?」

 「100万っす。足りなくなったら連絡してくださいっすね!」

 「100万……!?」

 咄嗟にスーツの内ポケットに封筒を隠す。初任給から引き出した25万の四倍の金を渡されて、香菜はどぎまぎしていた。

 「あの、東さん……100万も使うことなんて……」

 「イヤイヤ、物を買ったりサービスを受けることだけが、金の使い道じゃないっすよ。それじゃ、後は任せるっす」

 東は香菜の肩に手をポンと置くと、笹島と共に警察署の方へ歩いて行った。

 「えぇ……100万も使うかな……まあいいや、まずは新藤さん家に張り込みかな」

 香菜は腑に落ちないところがあったが、とにかく現場に向かった。



 男二人になったところで、東が口を開いた。

 「さて、香菜さんがいない間に依頼料の話がしたいんすけど」




 「……ふむ! 敏行君今日はこれで失礼させてもらうのだ!」

 「逃がさないっすよ?」

 すたこらと立ち去ろうとする笹島の腕をがっちりと掴む東。

 「敏行君……君は恩師から金をふんだくるつもりかね?」

 「ふんだくるも何も、先生は弁護士として僕に依頼したんすよね? だったら筋通さなきゃダメじゃないっすか」

 「うう、確かにそうだが……いくら取る気でいるのだ?」

 「まあまあ、今回は刑事事件だし、僕も興味あるから安くしておくっすよ! 前金300万・達成料700万でどうっすか?」

 「敏行君、君は知らないのだろうが、1000万は大金なのだ!」

 そう、1000万は大金というのが常識である。しかし、東の依頼料としては最低級の額である。(第一章1500万、第二章2000万、第三章2500万)言い換えれば、どんな事件でも1000万は取られるのだが……



 一方、香菜は標的ターゲットである新藤あゆの自宅に自転車で向かっていた。

 新藤の自宅は、北東部の高級住宅街にある。

 二十分ほど自転車を走らせた香菜は、近くのコンビニに自転車を止めると、キャラメルと緑茶を買った。

 キャラメルを頬張りながら自転車を押していく。

 「笹島先生の話だと、このあたりに……」

 それらしい建物を見渡していると、紺色の屋根が広がる大屋敷が香菜の目に留まった。

 「ああ、あれね。表札も出てるし」

 標的の自宅を確認した香菜は、次にどこで張り込みを行うかを考え始めつつ、自宅の外観をよく観察した。

 (ガレージがあるのに車が無いってことは……外出中?)

 途方に暮れていると、道の向こうからエンジンの音が聞こえた。どんどん香菜の方へ近づいている。

 「やばっ帰ってきた!?」

 慌てて一般人を装い興味もなさそうに道を歩き始める香菜。車とガードレールをはさんですれ違う。

 車が完全に自分の視界から消えたところで、香菜は振り返り車の行方を確認する。車は先ほど香菜が確認した家のガレージへ入っていった。

 (やった! ラッキー!! 車のナンバー分かった!!)

 値千金の情報を手に入れ、思わずガッツポーズをとる香菜。それからその家まで引き返すと、自転車を乱暴に塀に掛け、新藤の様子を観察した。

 車から何やら機嫌のよさそうな標的が出てきた。

 物陰からその様子を撮影するべくビデオカメラを構えると、

「え……あれ……!?」

思わず声が出た。助手席から見知らぬ男が出てきたのだ。

 香菜は思わずカメラを取り落としそうになった。

 (男性恐怖症の話は嘘だったの!? それになんであんなに機嫌よさそうに……!? あ、腕組んでる……)

 カメラを持つ手を震わせながら、二人が家の中に入っていくのを撮影し続けた。



 「笹島たけしだ。今野さんに面会に来たのだ」

 「今野容疑者ですか、少々お待ちください」

 東と笹島は警官に誘導され、面会室にて待機していた。

 「さーて、一体どんな不細工が出てくるんすかね?」

 「シー!!(小声) いい加減にするのだ!!(小声)」

 アクリルガラスの向こう側に現れる人物を待つ二人。

 五分後、扉の向こうから二人分の足音が聞こえてきた。

 東はわくわくが止まらなかった。

 ガチャリ、と扉が開き、警官に連れられてジャージに身を包んだ男が現れた。

 「面接時間は15分だ。時間になったら迎えに行く」

 そういって付き添いの警官は退出し、東と笹島の反対側の部屋にいるのは、元からいた監視一人と、今回の依頼人の依頼人・今野ただひとだけが残った。

 「今野さん、こちらは探偵の東敏行君なのだ。君の無罪を証明するために協力してもらっているのだ」

 笹島が東を今野に紹介する。

 「あ、東さんですか、よろしくお願いし……ます……」

 今野は何とも歯切れの悪いしゃべり方で挨拶した。

 「敏行君? 君は挨拶しないのかね?」

 何も話さない東を怪訝そうに笹島が見ると、東は無言で涙を流していた。

 「敏行君!?」

 「あ、その、す、すみません……何か、お気に障ることでも……」

 冷や汗を滝のように流す今野。

 東は暫く黙っていたが、やがて口を開いた。


 「……可哀そうに……その顔で一体どんな人生を歩んできたことか……」

 東は今野の顔面の醜さを憐れんで涙を流していたのだ。こんなの一般人なら激怒されてもおかしくない態度である。

 しかし、今野は怒らなかった。それどころか

「はい……私はっ……この顔のせいでどんなに苦しい目に遭ってきたかっ……!!」

と、東につられて涙を流したのである。

 「しかしっ……しかし、それでも犯罪だけは起こしたことなどあり、ありませんんっ……お、お願いします……どうか、私を助けてっ……!!!」

 嗚咽を漏らしながら東に身の潔白を訴える今野。

 「……わかったっす。僕は冤罪が大っ嫌いっすからね、必ず真実を暴いて見せるっす」

 東は立ち上がった。

 「おい敏行君、まだ時間が……」

 笹島が引き留めようとするが、

「もう十分っす。行くっすよ、先生」

と、一足早く面接室を出てしまった。



 警察署の外に出て、朝日を浴びる東。

 深呼吸して、こう言った。


 「ハァ……危ね、マジで吐きそうだったっす……泣き出したところなんてもう犯罪レベルの気持ち悪さっす」

 その後、笹島にこっぴどく叱られたのは言うまでもない。



第十八話 推定有罪の呪い に続く

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