第十四話 武道館の怪人
ついにラッキーセブン武道館ライブの幕が上がる。
(さあ、どこからでもかかってくるがいいっす!)
東は意気揚々と待ち構えていた。
(今日まで何も起こらなかった、今日もまた何も起こらなければ……)
高橋はどちらかというと不安が勝っていた。
四時間後。
「皆さぁん! 今日は来てくれてぇ、ありがとうございましたぁ!!」
「……」
「……」
何もなかった。
そう、何もなかった。
四時間もの間、東と高橋は一切の緩みなく、ただただひたすらに不審者を警戒していた。
しかし、何もなかった。探偵ものとしては全く望まれていない展開かもしれないが、本当に何もなかったのだからどうしようもない。
次々に舞台裏に戻ってくるメンバー達。
「いやー! 最高だった!! 私の人生で一番楽しかった!!」
リリーがガッツポーズをとってはしゃぐ。
「何言ってんの、まだ初日でしょ」
レイはそういうが、内心満足していそうだった。
他のメンバーもまた、胸をなでおろしたり、飛び跳ねて喜んだりしていた。
そんな中、東唯一人は暗く沈んでいた。
「東さん……? どうしたんですかぁ?」
モニカが東の顔を覗き込む。
「……なにも!!! ……な゛かったっ……!!!」
「はぁ?」
某方向音痴系三刀流剣士のような発言をする東。しかし隠し事などがあるわけでもなく、文字通り何もなかったのである。
「せっかく犯人を捕まえられるかと思ったのに……まさか何事もなく無事に終わるとはっ……!!」
少し泣いていた。
「いや……何事もなく終わってよかったじゃないですか……て言うか、二日目もありますし」
高橋が静かに突っ込むと、東がハッと顔を上げた。
「そうだ! まだ二日目があったっす!! 2500万の大口契約貰っといてこのまま金額に合わない仕事じゃ面白くないっす!! 来い!! 明日こそ犯人来い!!!」
探偵としてはかなりまずい方向の欲望を叫ぶ東。
「殺人犯を求めるな!!」
と、モニカに突っ込まれた。
「いやでもっすよ? 僕にも探偵としてのプライドってもんが……」
「……あれぇ? どうしたんですかぁ?」
急に東の顔が険しくなった。
(まただ……!! あの気配だ……!!)
不安になってあたりをきょろきょろ見渡す東。
「東君? 急にどうしたの?」
アクアが心配するが、東は顔をこわばらせたままである。と思えば急に一点を見つめている。
「……あ」
東の考えていたことに最初に気づいたのはリリーだった。
東の視線の先にはレイがいた。
「レイちゃん? まーた東君に嫉妬して……」
アクアがそう言いかけたが、すぐにレイが睨んでいたのが、東ではないことに気づいた。
「……あんた、誰?」
レイはモニカを睨んでいた。
「えぇ? どうしたんですかぁ? 私はモニカですよぉ?」
「違う!! あんたはモニカじゃない!!!」
多くのメンバーが、レイが声を荒げるのを始めて見た。
「あんたはモニカじゃない!! モニカをどこへやったの!!? 私のモニカを返して!!!」
鬼に取り付かれたかのような表情でモニカにとびかかる。その右手にはどこから取り出したのかナイフが握られていた。
「え……」
モニカは突然のことで反応できず、立ちすくんでいた。そのまま刺されてしまうかと思われた。
しかし、とっさに東が割込み、新調したタクティカルペンでレイのナイフを叩き落した。そしてレイが怯んだ隙に足を払い、転倒させて関節を極めた。
「離せ!! 離しなさいよ!!!」
レイは抵抗するが、流石に東との体格差は埋められず、東がズボンから取り出したベルトで両腕を拘束された。
「あーあ……もう少し我慢できなかったんすか? レイさん」
馬乗りになった状態で東が言う。
「脅迫状を出したのも、盗聴器を仕込んだのも、ついでに三日前に僕を階段から突き落としたのも僕の私物を盗んだのも、レイさんっすよね?」
「はぁ!!? それは……違うんだから!!!」
うつ伏せにされながら叫ぶモニカ。
「今更嘘を重ねるなんて見苦しいっすよ」
「そんな……レイちゃんが犯人だったなんて……」
他のメンバーも呆然としていた。
「……しかし、そこにいるのはモニカじゃないんですか?」
重苦しい空気の中、高橋がモニカに問う。
「……違います、私は……」
彼女が顔の特殊マスクをはがすと、そこにいたのは変装した東の助手・
「桃山さん……!?」
「そ、今日一日皆さんと一緒に歌って踊ってたのは、なんとびっくり! ウチの助手だったんす!!」
「もう……一週間でモニカちゃんの動きをトレースするなんて、無茶振りにもほどがあるじゃないですか!」
もはや話し方もモニカではなく、香菜のものになっていた。
「やっぱりモニカちゃんじゃなかった……いつ入れ替わったのよ!!」
「いつって、決まってるっしょ? ライブの直前っすよ」
四時間と三十分前のこと。
「えぇ!? 香菜さんが私の影武者に!!?」
本番三十分前にいきなりそんなことを言われたモニカは、信じられないという表情をしていた。
「そうっす。ライブ中は直接守りに行けないっす。だから香菜さんと入れ替わって、モニカさんには音声だけで参加してもらうっすよ」
「嫌です! 私折角ここまで来たのに、舞台に出られないなんで……!!」
「……犯人がレイさんだったとしてもっすか?」
「……え?」
鳩が豆鉄砲を食らったような顔をするモニカに、重苦しい表情の香菜。そして真顔の東。これがいわゆるトライフォースと言う物なのだろうか。
「しかしよく気づいたっすね、誰も気づかなかったのに」
「モニカはあんな話し方しない!! 『求めるな』なんて言い方は絶対にしないわよ!! ていうか……いつから知ってたのよ!! まさかここ一週間、ずっと泳がせていたとでもいうの!!?」
「まあ、そうなるっすね。最初に気づいたのは、二枚の脅迫状を見比べた時っす。最初は文面からして男が犯人だと思ったっすけど、文字がやけに女性的だったもんで……」
「確かに筆跡からある程度性別の判断はできるかもしれませんが、それで犯人が分かるんですか?」
高橋が口をはさんだ。
「二枚目の脅迫状をレイさんから手渡された時、レイさんが犯人だという確信を得たっす。その理由は、インクがまだ乾ききっていなかったからっす!」
「インク?」
「あの脅迫状は一週間前のライブの直前の僕とモニカさんのやり取りを聞いて、その直後書かれたものだと推測できるっす。そうでなければボールペンで書くはずがないっすからね、筆跡でバレる可能性があるっすから。しかもあの時、レイさんの指先にははっきりと、ボールペンのインクで汚れた跡があった。あんたにミスがあるとすれば怒りに任せて突っ走っちゃったことっすかね」
「……だけどよー、レイの筆跡は東さんは知らねーはずだろ? 他に証拠はあったのか?」
今度はコハクが尋ねる。
「レイさんは一週間前に香水を変えていたっすね、ラズベリーからジャスミンに」
「えぇ!? そうだったんですか!? そういうのは教えてくださいよ!」
香菜が怒りを覚えた。
「だけどレイさんは」
「無視しないで下さいよ……」
「今日のライブに関しては、どうやらまたラズベリーの香りの香水を使ってたっすね」
「それがどうしたって言うのよ!! ただ気が変わったってだけかもしれないじゃない!!」
「そうなんすかねー。時々あるんすよ、香水を変えて他人を演じることで証拠を隠滅しようとする事例」
「うっ……それは……!」
「まあもし脅迫状の出し主がレイさんじゃなかったとしても、さっきの行動をここにいる全員が見ている以上、アンタが犯罪者であることは変わらないんすけどね。そんなこと言いだしたら意味がないっすか! アハハハ!」
「ううう……」
レイは屈辱の涙を流した。
「さ、誰かとっとと警察呼んじゃって……」
「もうやめてください!!」
東一辺倒の雰囲気の中、懇願する女性の声。
いつの間にか本物のモニカがそこにいた。香菜のスーツを着ていた。
「東さん、もう十分です!! レイちゃんを放してあげてください!!」
「何言ってるんすか、こ奴のせいでモニカさんと香菜さんは死にかけたんすよ? 僕も死んだかもしれなかった。責任は取ってもらわないと……」
「許します!! 私が許します!!!」
モニカは東に駆け寄り、縋りつく。
「私がレイちゃんの気持ちちゃんと理解できてなかったのが悪いんです……だから、責任もって私がレイちゃんの物になれば……!!」
「何をふざけてるんすか、あんたちょっと前まで僕にぞっこんだったじゃないっすか。レイさんは盗聴器で全部聞いてるんすよ? おそらくレイさんは、モニカさんが死にでもしない限り変わらないとでも思ってるっす」
「違います!! あれはちょっと……東さんがあまりにも素っ気ないから、いたずらしたくなっちゃって……本当にごめんなさい!!! でも、あれは本心ですから!!!」
東は呆れてものも言えなかった。そんな東をフォローするように
「東さん、ここは私に納めさせていただけませんか?」
と、高橋が口を開いた。
「幸い、ここにいる人間にしかこの事件は知られていないはず。まだ明日もライブありますし……今は穏便に処理させていただけませんか?」
東は不満そうな表情を見せたが、
「……まあ……高橋さんがそうおっしゃるなら」
と、香菜と共にその場を後にした。
「さて、モニカ、レイ……」
珍しく険しい顔をする高橋に、冷や汗を引く二人。
一体どんなことを言われるのかとびくびくしていた。
「公式的にカップルになっちゃいましょう?」
「「……え?」」
あらゆる言葉を想定していた二人だったが、まさかそんな言動が来るとは予想していなかった。
「二人が公式カップルになれば、誰も口をはさむことはできませんし、それにビジネスカップルということにすれば、ファンの需要にもこたえられるでしょう。それはモニカにとっては本懐じゃないですか?」
「あ、確かに……」
「それにレイも、堂々とモニカを愛することができるでしょう?」
「で、でも……モニカの本心が東さんに傾いている以上……」
「だったら、レイが東さんの事も忘れさせるくらい、モニカを幸せにすればいいんですよ」
高橋はしゃがんでレイより目線を下にした。
「本当にモニカの幸せを願っているなら、それくらいできますよね?」
「……!」
レイは思わず涙を流した。それは先ほどのような屈辱からくるものではなく、愚行に走った後悔と高橋の優しさに心を打たれた涙だった。
「……はい……!」
第十五話 千秋楽 に続く
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