第十三話 オンステージ

 十四時半、東邦新聞社で行われるインタビューに参加するラッキーセブンのメンバー。

 「皆さん、あと十分で時間です!」

 マネージャーのたかはしが声をかける。

 「えぇ? そんなに時間ないんですかぁ?」

 楽屋に入ったばかりのモニカ達は急いで化粧直しを行う。

 メンバーの一人、レイ(ライトブルー)が香水を取り出した。

 「あぁ、レイちゃん、香水変えたんですかぁ?」

 隣にいたモニカ(レッド)が話しかける。

 「うん、ちょっといい香水見つけたから」

 レイが香水を顔や首に吹きかけると、その体がほんのりとしたジャスミンの香りに纏われる。

 その時、ボディーガードのあずまは何かを疑った。

 (香水……この香り、確かにさっき脅迫状を渡してきた時の(前話参照)香りと違う……)

 ふいに何かを思いついた東は、スマホを取り出す。


 そのころ、少し上機嫌で事務所に待機する探偵助手・

 「フフフ……達成感がすごい……」

 リラックスしていると、急に香菜のスマホにメールが入った。

 「もう……誰よこんな時に、って東さん!?」

 朝のショッキングな思い出が蘇るが、とにかく見ないのは失礼なのでメールを見る。

 『ラッキーセブンのレイさんって、表に出るときどんな香水使ってるっすか?』

 あれ? もしかして東さん、レイちゃんの推しになっちゃった? と香菜は思った。

 『レイちゃんはいつもラズベリーの香りがする香水使ってます! クールな様子とは対照的な甘酸っぱい香りにギャップ萌えする人続出ですよ! もしかして東さんもそうなっちゃったんですか?』

 『そんなわけないじゃないっすか』

 香菜の期待は儚く打ち破られた。

 さらに

『それから……この筆跡を見てどう思うっすか?』

と、二枚の脅迫状の写真が転送された。

 「これ……東さんにまで脅迫状……! っていうか」

 香菜が二枚目の脅迫状の文言「モニカちゃんは俺と幸せになるんだ」に気づいた瞬間、その目は怒りの烈火を灯した。

 「何この文章!! どんだけ厚かましいのよこの犯人はぁ!!?」

 しかし、もう一つのとあるに気づいたとき、香菜の怒りは疑問に置き換わった。

 「あれ……おかしいわね……」


 「さて、香菜さんは気づくかな~?」

 スマホを握りながら期待に目を輝かせる東。

 数十秒後、香菜か返信が来た。

  『この文章、一人称が『俺』だったり書き方も男らしいのに、ですね』

 「フフ……気づいたっね」

 東は期待通りと言わんばかりに笑みを浮かべた。

 「東さーん! 取材行きますよぉ!」

 支度を終えたモニカが声をかけた。

 「あ、今行くっす!」

 慌ててモニカについて行った。


 早歩きの状態でスマホのキーボードは打ちにくいので、東は電話アプリを起動した。

 「もしもし?」

 『はい、ももやまです! さっきの脅迫状の件……』

 「そうなんすよ、文面とシチュエーションだけ見て犯人が男だってみんな思ってるし、実際俺も思ってたんすけど、実は犯人は女なんじゃないかなーって」

 『ですよね!? 別に男性とは限らないですもんね? いやでも、ちょっと飛躍しすぎかも……』

 「『犯人は女かもしれない』っていうことに気づいただけでも十分っすよ。それで(声量を抑える)、香菜さんにはやってほしいことができたんすけど……」

 『はい……はい……え? なんでそんなこと……ていうか、事務所に人がいなきゃダメって話は?』

 「今は人手が必要っすよ。じゃ、よろしくー」

 『は、はい』

 二人の通話が終わるころには、東とモニカはスタジオに到着していた。



 それから数日間、香菜は東の指示通り、を行い続けた。

 東はモニカの行く先行く先ぴったりとくっついて回り、常にモニカの周りの人物に目を配っていた。その間にも謎の視線を感じたり、東の私物が無くなったり、何かに躓いてけがをしたりと、不運が続いた。

 最も彼がのは、階段から転げ落ちた時であった。

 それは東が護衛についてから四日目、東とモニカ、レイ、そして高橋がテレビ局内を移動していた時の事。

 「急いでください! あと五分で始まります!」

 高橋が発破をかける。

 「もう、スケジュール詰めすぎなんすよ! 数日後に大舞台控えてんのにぃ!」

 東が文句を垂れ流す。実際つい二十分ほど前まで、違うスタジオでライブに参加していたのだ。

 「しょうがないじゃないですかぁ。私たち大人気なんですからぁ、ファンの愛にこたえるのはアイドルの仕事ですぅ!」

 モニカが拳を「グッ」とやりながら答える。

 「……」

 レイは何も言わなかった。

 「次の階段を下りてください!」

 高橋の指示でモニカ、続いて東が階段を駆け下りる。

 その時、

 「あっ」

 東が大きく体勢を崩した。彼が重力に引かれて階段を転げ落ち、踊り場の壁に激突するまでに二秒もかからなかったが、東にはその時間は何十倍にも引き延ばされたように感じただろう。

 次に東が朧気な意識の中聞いたのは、自身の名を呼ぶ男女の声。

 「東さん! 大丈夫ですか!? 私が分かりますか!?」

 「……うぅ、香菜さん……?」

 東の視界がはっきりしてくると、彼を呼んでいたのは香菜ではなくモニカであったということが確認できた。

 「ああ、モニカさんっすか」

 「モニカさんっすか、じゃないですよ!! 今救急車呼びましたから!!」

 「……救急車ぁ? そんなことより仕事に……」

 「そんなこと言ってる場合じゃありません! 痛みはありますか!?」

 今度は高橋が声をかけた。

 「あはは、全身打撲っすね……」

 東が笑いながら頭を搔こうとしたとき、初めて頭から流血していることに気づいた。

 「あーあ、これじゃあまたみっちゃんとかに怒られる……」

 「ねえモニカ、高橋さん、撮影に間に合わないよ。もう行かなきゃ」

 そんな中、東を心配する雰囲気を壊したのはレイだった。

 「ちょっとレイちゃん! こんな時に……!」

 レイの態度にはさすがのモニカも怒りを示したが

「僕は大丈夫っすから……ほら、行くっすよ」

 と、フラフラの状態で立ち上がり、モニカと高橋の静止も聞かずついて行った。

 救急車は来たが、東は搬送を断固拒否し、結果その場での治療という形に落ち着いた。



 そしてついに、五月二十一日、ラッキーセブン武道館ライブの当日である。

 この日は脅迫状の件もあり、いつものライブに加えさらに厳重な警備体制が敷かれていた(なおモニカが警察への通報をかたくなに拒否したため、警備にあたっているのはすべて民間の警備員である)。

 また、今日ばかりは現場に人が多いほうが良いと言う東の判断で、香菜の同席を許可した。

 これにより、香菜は念願のラッキーセブンメンバー全員との対面を実現させたのである。

 せっかくなので、ラッキーセブン七人の口上と、それぞれのメンバーカラーを見ていこう。作者はアイドルについての知識が皆無であるため、現実のアイドルならこんな風には言わないかもしれないが、それがラッキーセブンのやり方なので留意されたし。

 「恋の炎は無限大! モニカ(レッド)ですぅ!」

 「私に近づくと凍えるわよ。レイ(ライトブルー)です」

 「ぐんぐん育つ木の妖精! リリー(エメラルドグリーン)だよ!」

 「お日様の光でみんなを照らす! ステラ(オレンジ)でーす!」

 「深い海の底で歌いましょ? アクア(ネイビーブルー)よ」

 「ふんわり粉雪舞い上がれ! シルク(ホワイト)ちゃんだよ!」

 「キラキラ輝く黄金のファイター! コハク(ゴールド)だぜ!」

 「七人そろってぇ~?」


 「「「「「「「黄金区ご当地アイドル、『ラッキーセブン』!!!」」」」」」」


 「香菜さん、感想は?」

 東が聞いた。

 「……尊いっ……!!!」

 香菜は自然と跪き、手を合わせていた。

 「マジでやばい……!!! お金払わせてください……!!!」

 テンションが一周回って、最早発狂具合も静かになってしまった。はたから見れば彼女が謎のお金捨てたい病にかかった人間のように見えるだろう(東の危惧していたような、命にかかわる事態は起こらなかった)。

 「ごめんなさいねー、うちの助手のためにわざわざサービスしてもらっちゃって」

 東が謝罪の形式で感謝を伝えると、

「いいんですぅ! 東さんの友達だって言うんですから、ねー!」

「「「「「「ねー!」」」」」」

と、女子あるあるな会話をしていた。

 「ああ東さん……私、東さんの部下で良かったです……本当に!!」

 香菜は静かに涙を流していた。東は

「そーすか、僕も部下が悟りの境地に達することができて光栄っすよ」

と、適当に返事を返した。

 「さあ、ゲネプロも終わったことですし、後は三十分後に本番を残すのみです! 全二日間、盛り上げていきましょう!」

 高橋が声をかけると

「「「「「「「おー!」」」」」」」

七人全員がときの声を上げた。

 「いやー、いいチームっすね。みんなうちの部下だったらいいのに」

 「東さん!!!」

 「冗談っすよ香菜さん、何ガチギレしてんすか。あっそうだ、モニカさんちょっと来てくれないっすか?」

 「えっ? 私ですかぁ?」

 東に呼ばれてどこかへ誘導されるモニカ。

 それを嫉妬の表情で見つめるレイ。

 そしてレイを生暖かい目で見守る後の五人。


 「遅いわね、モニカちゃん」

 リリーがそう言ったころには、既に二十分が経過していた。

 「東君ったら、モニカちゃんを口説いているのかしら?」

 アクアが冗談めかして言った。

 「ちょっとアクア姉さん! 冗談でもそんなこと言ったら……」

と、ステラがレイの方を見る。

 「フー! フー!」

 レイはまるで威嚇をする猛犬のような表情をしていた。

 「レイったらモニカのことになると必死になっちまって……いつものクールな雰囲気も台無しじゃねーか」

等と、コハクが悪態をついているときだった。

 「ごめんなさーい! お待たせしましたぁ!」

 モニカが走って戻ってきた。

 「あー! モニカちゃん遅いよー!」

 シルクが手を振って出迎える。

 そしてレイもようやくいつもの無表情に戻った。

 「何やってたのよ、さっさとスタンバイするわよ」

 レイの掛け声でメンバーたちは舞台裏に駆け込んだ。


 「さて、上手く行ってくれるといいんすけど……」

 固唾を飲んで見守る東。

 「きっと上手く行きますよ、東さんが考えたんですもん」

 隣に立つ、スーツ姿の女性。

 愛憎と謀略の武道館ライブが、今始まる———!!



第十四話 武道館の怪人 に続く

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