第125話:全員集合!

 俺らのところまで到着した母さんは、冴枝さんから目を離さずに、俺に手招きをして呼びつける。


「あの人が冴枝さん?」

「そうだけど、何でちょっと離れたの…?」

「あの人が……アリの人……」


 そう呟いて恨めしそうな表情で母さんが冴枝さんを見つめる。

 ……やっぱり嫉妬してない?

 あれ、何だろう。こう、やっちゃいけないってわかってるんだけど、その事実に気付いてしまったらこうムクムクと虐めたい欲求が湧いてくるというか…。母さんがいじける姿がちょっぴり見てみたいというか…。


 ……まぁ、でも今回は何故か泣きそうな予感もするので自重する。


「あの」


 俺と母さんがコソコソ話していると、冴枝さんの方から近づいてくる。

 ビクッと小動物のように肩が跳ねた母さんが一歩後ろへ後ずさる。明らかにその目線の先は、富士山と評しても恥ずかしくないほどの双峰である。


「すみません、私は春の母の冴枝と言います。春だけではなく、椿もお世話になってると聞いて是非お礼を申し上げたくて…」


 かしこまった様子で冴枝さんがお辞儀をする。おっぱいも一緒にお辞儀をしていた。とってもエッチだなぁ。


「お、お母さん、敬語使えたの!?」


 その隣で椿ちゃんが驚愕の表情を浮かべて、余計な一言を呟く。


「特に椿がご迷惑をお掛けしてないか心配です」

「いはい!お母さんいはいっへ!」


 ノーモーションで頬っぺたを引っ張られる椿ちゃんを見た母さんは、ようやく表情を崩して小さく笑った。


「いえいえ、迷惑なんてとんでもないです。私は拓人の母の霞と言います。春ちゃんや椿ちゃんとはとても仲良くさせてもらってます」


 母さんもそう言ってお辞儀をする。こちらは悲しいほどに変化はない。


「すごくお若いですね。最初ご兄妹きょうだいかと思いましたよ」

「き、兄妹だなんて、大袈裟ですよ!ね、ねぇ?拓人」


 相変わらず母さんはお世辞に弱い。褒められ慣れていないのだろう。


「いや、母さんは若いし可愛い」

「はうっ!」


 だからこそ俺が褒め倒してやらねばならない。

 完全に油断してたよね、母さん。


「見てよお母さん。あれがふっきー家の日常なんだよ。ヤバイよね」

「確かにヤバイわね。私だったら1時間も持たないわ。……にしても本当に可愛い人ね霞さん」


 冴枝さんの目が肉食獣のソレになる。何ならじゅるりという効果音付きだ。

 母さんは頬を押さえて身もだえているため、全く気付いた様子はないみたいだが完全にターゲットにされたな。


 まぁ、母さん同年代の友達とかいなさそうだし、これを機に冴枝さんと仲良くなってくれれば嬉しい。……冴枝さんって何歳なんだろう。


「場所はあそこに取ったから、冴枝ちゃんと椿ちゃんも一緒に居てもらっていい?結構広めのシートだから場所は問題ないと思うし」

「あ、本当だ。結構広いところとれたんだね。ありがとう。春ちゃんも誘ってみんなで食べましょう。今日はいっぱい作ってきたから!」


 母さんが可愛くガッツポーズをすると、冴枝さんが一歩前へ出て眉を下げる。


「あ、いえ、流石にそこまでお世話になるのは…」

「気にしないでください。元々春ちゃんを誘うつもりでしたし、お弁当はたくさんありますから」


 母さんが天使の笑顔でそれを拒絶する。頭を撫でてあげたい。

 その隣で椿ちゃんが涎を垂らしながら母さんのリュックを見つめていた。こっちは食いしん坊か…。


「お母さんいいじゃん!お姉ちゃんに聞いたけど、霞さんの料理すっごく美味しいみたいだし!」

「美味しいご飯………。すみません。せっかくですし、ご相伴にあずからせてください」

「はい、いっぱい食べてくださいね」


「霞さんごと養子にしたいわね…」


 ボソッと呟く冴枝さんの声は母さんには届かなかったみたいだけど、俺には届いてる。気持ちはわかりますよ、冴枝さん。でも絶対に渡しません。




「それじゃ、お昼時間に戻ってくるから、一旦テント戻るわ」


 俺はまだ絶賛体育祭中なので、そろそろ戻ることにする。

 男の子特権もあり別に怒られるわけではないが、ほとんどの生徒がちゃんとテント内で応援しているから、これ以上団体行動を乱すわけにはいかない。しかも理由が男といるのが億劫になったからというものでは尚更だ。


「ふっきーの二人三脚っていつ?」

「もうちょい先。お昼時間の直前だよ、何、椿ちゃんが応援してくれるの?」


 少し意地悪な表情で言うと、椿ちゃんは急だったのか少し挙動不審気味に、


「す、するに決まってんだろ!スケコマシ!」

「ありがとな」


 笑いかけると、椿ちゃんがすぐに回れ右をして大股でシートまで歩いていく。

 それを見ていた冴枝さんが、興味深そうに俺を見つめた。


「お宅の息子さんは凄いですね…」

「あ、あの……育て方ちょっと間違っちゃったみたいで」

「いえいえ、そんなことありませんよ。とても優しい子です」

「そ、そうなんです!優しくて可愛いくてカッコいい息子なんです!いつもお皿洗ってくれるし、お風呂も洗ってくれて、私の作ったご飯美味しいって毎日言ってくれるし、あ!おやすみも毎日言ってくれて私あれなしじゃもう眠れなく――」


「それ恥ずかしいから俺がいないところでやってくれない?」

 

 



 そこから別れて、テントに戻る。

 ああ、あの男の巣窟に行きたくない…。やたらとフローラルな香りとか、日焼け止めの匂いとかが充満していて、マジで辛い。

 あ、この匂いは可愛い女の子かな、と思ったら普通の男がいるという感覚は、脳がバグる。


 重い足取りで歩いていると、控えめに服の裾を引っ張られる。


「……にぃ」


 振り返ると、妖精のような白い髪に金色の瞳を持った、道場娘がそこにいた。


「……え、陽乃ちゃんじゃん」

「……そう、来ちゃった」


 道場娘と言ったが、今日はちゃんと私服姿である。年相応で可愛らしい。

 相変わらずの無表情だ。しかし、よく見るとつま先立ちをして、鼻息も少し荒いことからか、すごく喜んでいるらしいことが読み取れる。青いな。


 まさか陽乃ちゃんも来るとは思わなかった。母さんから事前に聞いていたわけじゃないし…。


「ひとりで来たの?」

「……そう」

「ばあちゃんは?」

「……もう新学期始まったから道場には通ってない。家からひとりで来た」

「そういうことか」


 確かに夏休み期間で道場にいるって言ってたな。暁さんも一緒に来ればよかったのに、やはり仕事が忙しいのだろうか。


「昼ご飯はあるの?」

「……ない。でもお母さんから1,000円もらった」


 そう言って陽乃ちゃんが誇らしげに1,000円札を両手で伸ばす。

 ああ、そう言えばこの子は中学生だった。


 精役によって万単位でお金が入ってくるもんだから金銭感覚が狂ってしまってるみたいだ。……俺も前は1,000円ですごく喜んでたよなぁ。

 なんとなく可愛らしく見えてしまい、陽乃ちゃんの頭を撫でる。

 一瞬驚いたものの、すぐにふにゃふにゃした様子になり、されるがままになった。


「それだったら母さんたちと一緒に食べよっか、多分陽乃ちゃん入ってもあの量だったら足りると思うし。そしたらその1,000円は陽乃ちゃんのおこづかいだ」


 尋常じゃない量なのだ。残るくらいなら誰かに食べてもらった方が弁当も浮かばれるだろう。


「……でも」

「いいのいいの。俺から母さんに言っておくからさ、ほら、あそこ見える?あのデカい木」

「……うん」

「あそこに母さんたちいるから行っておいで。ラインしておくから、遠慮しないで」

「……………ありがと。体育祭頑張って」


 少し頬を赤らめて、陽乃ちゃんが小走りで去っていく。雑魚そうと宣う生意気な中坊の影は、もうなりを潜めているみたいだ。


 さてと、俺もそろそろ相方を探しに行くとするか。もうすぐ競技始まりそうだし。

 クラスのテントにも居なかったし一体どこをほっつき歩いてるんだあいつ。


 その前に、母さんにラインをしていると、


『保健室に来て欲しい』


 と短い文章がポップアップに表示される。

 差出人は目当ての相方の名前だった。

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