第126話:頼りになる先輩

side.ぐすくはる

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 ―――少し前に遡って


「あちゃ~……これじゃ走るの無理だよ。病院に行った方がいいって。テーピングでどうにかなるレベルじゃないから」


 冬凪先輩が私の足を痛々しそうな目で見ながら眉をひそめる。

 今日は家を早く出たというのに、いつもよりかなり時間がかかってしまった。歩くたびに激痛が走り、とても走れる状態ではないのは明白だ。


 先輩に改めて事実を突きつけられて、自然と涙があふれてくる。

 悔しさと申し訳なさで、声を上げたい衝動をグッと堪えた。


「ちょ、ちょっと!春ちゃん泣くほど痛いの!?やっぱり病院行こう!ボクから先生に伝えるから」

「ま、まって!」


 先輩が焦ったような声を上げて保健室の扉を開けるところで、私はようやく声が出た。ひどく、情けない声だ。


「……どうしたの?」


 すぐに先輩が私の近くにきてしゃがみ込み。下から覗き込むように私を見る。

 いつものおちゃらけた雰囲気はなく、真剣な表情で私の言葉を待っている。


 しばらく私の声を出せるまで待ち、とても長い1分が経った頃、私は口を開いた。


「足の痛みで泣いてるわけじゃないです。……ふっきーと二人三脚できなくなるから、それが嫌で泣いちゃったんです」

「二人三脚……?で、でも、仕方ないじゃないか。春ちゃんはまだ1年生なんだから次やればいい。まだまだチャンスはあるよ?」


 励ますように先輩が私の手を握ってくれる。

 私の涙が落ちた手なんかを。


「……そうじゃないんです。ふっきーがクラスメイトの子たちに、二人三脚で一着取れなかったらなんでもしてやるって公言しちゃったから、今回の勝負は負けるわけにはいかないんです」

「はぁ?!なんでもする?……あの子は本当に」


 どうしようもない、といった様子で先輩は頭に手を当てる。

 本当に先輩の言う通りだ。ふっきーがあんなことを言うから負けるに負けられなくなった。ただの競技が、ふっきーの生死を分ける戦いになったのだ。……まぁ、今回の種目決めは私が発端なんだけど。

 女性に触れれば気絶してしまうふっきーが、クラスメイトのに耐えられるはずがない。それに加えてアレが反応なんかしてしまった日には…。


 あの男は私や大切な人が窮地に立たされると、とんでもないことをしでかす。

 気持ちは嬉しいのだが、まずは自分を大切にして欲しい。それくらい、あの男は貴重な存在なのだ。


「由々しき事態だね。春ちゃんが泣いてた理由がわかったよ」

「……すみません、急に泣き出したりなんかして」

「ボクだって泣き顔見られてるんだし、これでおあいこだよ」

「先輩……」


 本当に優しい人だ。私があんなあからさまにライバル宣言したというのに、こうして弱った私に寄り添ってくれる。


「でも、そんなにタクトくんのことが大事なんだねぇ」

「せ、先輩!」


 でもたまに意地悪になるのは、同じふっきーが好きモノ同士だからだろうか。



 しばらく、先輩が顎に手を当てて何かを考える。

 考えたところで、何か案など浮かぶのだろうか?この絶望的な状況を打開する案が。こうなったら、クラスメイトの子たちに頭を下げて謝るしかない。納得してくれるかわからないけど、最悪ふっきーが言えばなんとなかなるだろう。

 ……ただし、これから3年間の学校生活は最悪なものになりそうだけど。


 などと私が取りとめもなく考えていると、先輩がおもむろにスマホを取り出して電話をかけ始めた。


「あ、ナオ?今日ボク体育祭なんだけど………言ってなくてごめんって。うん。そうそう。それで、ひとつナオにお願いがあるんだけど、頼める?ボクにできることならなんでもするからさ」


 知り合いなのだろうか…?ナオ、という名前的に女性を連想させる。

 しかもかなり親密な関係みたいだ。……意外と先輩も隅に置けないのだろうか…。あれ、でもふっきーのことが好きなんじゃないの…?


 混乱している中、先輩がどんどん話を進めていく。


「今から写真送るからさ、その髪色にあうウィッグとカラコン、あとは化粧道具持ってきてくれない?…うん。ちょっと事情は後で話すから……って、えぇっ?一緒にお風呂は不味いよ。……この間はナオが無理やり入ってきたんじゃないか……いや、ダメじゃないけど………うん、お触りしちゃダメだからね。うん、ならいいよ。……わかった。それじゃ、写真はすぐ送るから、ナオも準備ができたらすぐ来て欲しい、校門に着いたら電話して。…うん。ありがと」


 先輩は電話を終えると、私に向かってスマホをかざす。


「はい、こっち向いて~」


 言われるがまま、スマホの方を向くと、カシャっと言うシャッター音が鳴り響く。

 ……しゃ、写真撮られた。しかも泣き顔。


「うんうん。いい感じ。送って、と。おっけー、これでとりあえずはなんとかなるかな。ちょっと春ちゃん立ってくれない?」


 何が何かわからないまま、私は立ち上がる。

 先輩が私のすぐ横に立ち、頭のてっぺんを私とそろえ始める。


「身長も問題ないね。ボクが言うのもなんだけど、春ちゃんってすごく小さいよね」

「ち、小さくありません」

「アハハ、言い返しもいつもの覇気がないや。う~ん、おっぱいも多分ナオと同じくらいだから問題ないかな…?」


 そう言って笑う先輩。

 いや、ちょっと待って。話についていけない。


「ど、どういうことなんですか?今から何をするつもりなんですか?」


 私が問うと、先輩はいたずらっぽい笑みで私に向かってウインクをする。


「ボクの秘密を共有する、共犯者になってもらおうかなって」

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