第124話:体育祭開幕

side.不木崎ふきざき拓人たくと

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 思ったよりもすごい…。

 女だらけの世界の体育祭を侮っていた。

 右を見ても、左を見ても、女女女!どの方向を見ても美人や可愛い子が闊歩していて、そしてそのどの視線ももれなく俺の股間に注がれている。

 男の股間の何が良いのだろうか…?あれか、前世界のおっぱいに対する思いと似たようなものなのだろうか。


 校内の監視カメラも通常以上に配備されていて、かなりの厳戒態勢が敷かれている。…まぁ、前年度は議員の息子がやられたみたいだし、この措置も納得できる。

 それに、今俺がこうして普通に歩いていられるのもあのカメラのおかげとも言える。


 母さんはまだ着いていないらしく、ちょっと遅れてしまうことを涙を流しながら伝えてくれたのは今日の朝の話だ。何も泣かなくてもいいよね…。


 それに、春も今日は姿が見えないし…。いや、これだけ人がいるから見つかってないだけだと思うが。もう既にあらかた競技は進んでいて、男子テントのあまりの居心地の悪さに離脱した。

 先輩がいてくれたら話は別だったんだが、ちょっと用事があるらしく離席したのだ。当然、俺も離席する。男どもに貞操を狙われるくらいだったら、こうして女性にいやらしい視線を向けられる方が何倍もマシである。


 と、キョロキョロしていると、突然視界が真っ暗になる。

 ふわっと香る嗅ぎなれたこの匂い…。


「だーれだ」


 凛とした声とともに、背中には超ど級の弾力が襲ってくる。

 このおっぱいの形なら見なくてもわかる。何だったら声もいらない。


「冴枝ちゃん」

「正解よ」


 視界がクリアになり、正面に回り込んできた冴枝さんがピースサインをしている。せめて笑ってやって欲しい。

 相変わらずマイペースでそして胸がデカい。それにこのいい匂いはきっと城家特有のものなのだろう。春も椿ちゃんも冴枝さんと同じいい匂いがする。


「春と一緒じゃないんですか?」


 俺が尋ねると、冴枝さんは人差し指を唇に当てて、シーっと囁く。


「今日来てること内緒なの」

「え?なんでです?」

「……あの子体育祭のこと私に伝えてないから」

「……ああ」


 年頃なのだろうか。前世で俺の周りにもそういう友達はいた気がする。

 悲しそうな表情に見える冴枝ちゃんは少し可哀そうだ。


「絶対に見つけて嫌って言っても抱きしめてやるつもりよ。誰が城家のボスなのか身をもって知るのね」


 呟く冴枝さんを見て、やっぱり春に同情する。


「ところで、ふっきーくんのお母さまに会わせてもらえないかしら?春や椿がお世話になったって言ってたし、挨拶したいの」

「あー。母さんはちょっと遅れるらしいんですよ。昼までには絶対来るって言ってましたから。……一応あそこで場所取りしておいたんで、良かったら座って待っていてください」


 と、談笑していると、お腹に小さな腕が回される。


「だーれだ!……おおー!腹筋やばぁ!」


 こちらも匂いは一緒である。と言うか、何故城家はこうもやることなすこと皆同じなんだろう。


「椿ちゃん」

「正解!賞品は私!」


 私服姿の椿ちゃんがひょっこり俺の前に現れる。

 ああ、確か今日は土曜日だったか。おそらく体育祭のことを冴枝さんに伝えたのは十中八九この子だろう。


「わーい」

「あ!なんかテキトーに返事してない?抱き着くぞ!」

「さっき抱き着いたでしょ」


 周りをてみろ、生唾飲んで羨ましそうにこっち見てるぞ…。


「全く、急に男の子に抱き着くなんて一体誰に似たのかしら?」

「絶対に冴枝ちゃんですね」

「あら……そのツッコミいいわね。やっぱりふっきーくんを養子にしたいわ」


 口元がわずかに動いて、笑っているのだろうとかろうじてわかる。

 対照的に椿ちゃんは満面の笑みで手をワキワキさせていた。


 案の定というか、やはり春よりも椿ちゃんの方が一枚も二枚も上手だよな。


「ふっきー今日お姉ちゃんと二人三脚やるんでしょ!」

「ああ、そうだな。そのお姉ちゃんは姿が見えないんだが知ってるか?」

「いやー知らない。お姉ちゃん昨日は早く寝てたし、今日も早く出てたし…。多分緊張してるんじゃない?メンタルナメクジだし」


 酷い言いようである。

 

「私たちに黙ってたのも絶対緊張するからだよ!……フフフ。いきなり私たちが現れたらびっくりして生まれたての小鹿みたいになるんだよ。可愛いんだろうなぁ…」


 そう言いながら、グフグフと悪そうな笑みを浮かべている。


 母妹どちらも春に体育祭を秘密にされていたのを根に持っているらしい。二人とも春大好き過ぎるだろ。

 しかしまぁ、二人とも明らかに周りの女性よりも数段レベルが高い。この顔面偏差値が高い世界においてよりレベルが高いのだから、前世の俺では跪いて道を開けるレベルの女性たちだ。


 春も当然美少女だし、母さんに関しても年齢詐欺も甚だしい美少女である。

 それに加えて最近では冬凪先輩も女だということが判明して、俺の周りにいる美少女率はまたひとつ上がってしまった。

 ここまで来ると慣れてくるというか、普通の美少女では特に感情が動かなくなってしまった俺は順調にこの世界に順応していると言えよう。


「椿ちゃんも良かったらあそこのシート座ってて、母さん来たら話し相手になって欲しいし」

「え!?霞さん来るの!やったー!」


 無邪気に飛び跳ねる椿ちゃんは年相応に可愛らしい。揺れる胸もないし、純粋な気持ちで見れるのも良い。


「あれ、ていうかあの人霞さんじゃない?」


 何かに気付いた様子で、椿ちゃんが俺の後ろを見つめる。

 俺も後ろを向いて確認すると、小さい体をさらに小さくして、周りにぶつかるたびに申し訳なさそうに会釈をしながら前へ歩いている美少女がいた。


 ……絶対母さんだあれ。


 体の半分くらいあるバッグを持っている。おそらくあれはお弁当箱だろう。

 朝出るときキッチンでお重が五重塔みたいに積みあがってたからな。

 それ以外は何が入ってるんだろうか…。


 


「母さん~!こっちー!」


 声をかけると、猫のように頭をビクッと動かして俺の方を正確に見据える。

 ……いや、あれはどっちかというと冴枝さんを見てないか?


 捕捉した瞬間、母さんの歩行速度が上がる。


 道場の時に見たようなヒヤリとした瞳で、先ほどまでの腰の低さはどこへ行ったのか、スルスルと人ごみを避けて素早く迫ってくる。


 ……なんか、怒ってない? 

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