第123話:窮地
体育祭前日。
私とふっきーの二人三脚はとてつもない完成度になっていた。
あれから私も本気で取り組んだため、放課後お互いに空いている日はみっちり練習に時間を費やした。
元々相性も良かったのか、今では縛っている感覚すらなくなったくらいには走れるようになっている。
今日も二人で50mを走り結果は6秒34。
最初12秒台だった頃からすれば半分以上タイムを縮めることができた。
ここまで行けば、1着は取れるだろう。
「はぁ……はぁ……やっべ、もう水なくなった!」
「ふっきー、飲んでいいよ。私まだ持ってきてるし」
肩で息をしているふっきーにペットボトルを手渡す。
いつもの調子だったら汗だくのふっきーとかオカズでしかないんだけど、今は絶対に勝たないといけない勝負の前のため、そういう気持ちが抑えられている。私だってやればできるのだ。
「ありがとな」
一息にペットボトルを飲み干すふっきーは気づいていないだろうけど、それは私の飲みかけである。抑えられているとは言ったが何もしないとは言っていない。
「明日だな」
「そうだね、今の感じで行けば絶対勝てるよ」
「俺もそう思う。と言うか勝負云々よりも、純粋に二人三脚って面白いな。どんどん早くなっていく感じがさ」
「わかる。私も最初は汗とか気にしちゃってあんまり全力で走れなかったけど、今ではもう全然、やっぱたまには体動かすのいいのかもね」
「別に春の汗は臭くないぞ?」
「……」
「何で離れる」
こちとらスポーツ脳に仕上げていってるんだからそういうことはしないで頂きたい。ただでさえふっきーの湿った体操服が私の体に毒だというのに。
……本当に私の汗を臭くないと思ってるのかな。
「そう言えば、しおりの方はもう終わったの?私たちほぼ毎日二人三脚の練習してるけど」
話題を変えることにする。
実はすごく気になっていたことだ。聞けばふっきーは冬凪先輩の家に連日お邪魔していたらしい。つまりあのびっくりするくらいいい匂いのする先輩の部屋に二人きり…。
あの先輩が何もせずにいるとは思えない。
「そっちはもう終わってるよ。まぁ、結局先輩がほとんどやってくれたんだけど」
やはりあの先輩侮れない。
普通の男とは思えないほどにはスペックが高い。弁当も作るし、デートだってこなせるのだ。
「そうなんだ。ふっきーも表紙の絵描いたんでしょ?どんな絵描いたの?」
「そうだな…、俺の担当は動物かな。中心に先輩が描いた生徒のイラストがあって、俺はその周りにいる賑やかしの動物」
「へぇ~、やっぱり先輩も絵描けるのか…」
「ああ、めっちゃ上手いぞ。俺もかなり力作だったんだけど、先輩の見たら大分霞むなありゃ」
イラストも描けるとは…。やはり侮れない。
しかし、私が聞きたいのはそういうことではない。
「それで、先輩に変なことしてないよね?」
「は?…………してないが」
何だ今の間は。
え、なんかしたの?お互いの脇をなめ合ったりとか、何だったらおへそも一緒にいじくり合ったとか…?先輩だったらやりかねない。
「本当は?」
「し、してないって!普通にイラスト描いたりしただけだから!」
「あーあ、明日は私たち二人の気持ちをひとつにして走らなきゃいけないって言うのに、こんなんじゃ負けちゃうなー。あー、信用できる人じゃないと全力出せないなー」
絶対に何かしら起きていると確信した私は畳みかけるように言葉を紡ぐ。
別に話を聞かずとも明日は全力でやるつもりだけど、秘密にされるのはすごく嫌だ。
ふっきーは迷った挙句、観念した様子で肩を落とした。
「ぱ、パンツ見えた」
「え?」
「だから、先輩の家階段あるだろ?あの時に先輩が先に上ったからパンツが見えたんだよ。不可抗力だぞ」
思ったより全く大した話ではなかった。
ふっきーって基本的にやることなすこと大体18禁のくせに、たまにこうして小学生みたいなことで恥ずかしがったりする。男の子全般がそうなのか不明だが、よくわからない人種だ。スカートを履くんだからパンツくらい見えて当然だろう。…私はガード固い方だけど。
パンツを見てふっきーが喜ぶというのはわかっているけど、冬凪先輩のパンツを見たくらいで罪悪感を抱くって……いや、待て。
つまりだ、冬凪先輩のパンツを見て恥ずかしがった、ということは先輩のことを女として見ていることに他ならない。完全に性対象だ。
あれ、これって思ったより大したことなんじゃないだろうか。
ふっきーは同性愛に興味がないと思っていたけど、先輩となると話が変わってくる、ということだろうか。
近々盛大に色仕掛けをして、ふっきーの性癖を女性のままに矯正する必要がありそうだ…。
「まぁ、ふっきーが変態さんだってことはわかった」
「変態じゃない!」
「だって、男の子のパンツ見て恥ずかしがってるんでしょ?私から見たら変態だけど…」
いくら同性愛が盛んだからと言って、性的興奮を覚えることとはイコールにならない。あくまで精神で繋がっているのが同性愛だ。
「……ぐぬぬ」
何も言い返せないのか、ふっきーは悔しそうに唸る。
「も、もうこの話はいいだろ!時間も遅いし、最後に一回やって終わるぞ」
やはり照れている…。早急な対応が必要そうだ。
しかし、今ではない。今はクラスメイトの女子の毒牙にかからないように全力を尽くす必要がある。
「わかった」
手慣れた手つきで紐を結んで、私たちはお互いの腰に手をかける。
私は片手にストップウォッチを持って構えた。
「よーい……ドン!」
ふっきーの掛け声とともに結んだ足を前に出す。
お互い歩幅は完璧に把握し合っていて、一本の足のように前へ前へと進んでいく。
あー。明日になったらこの練習も終わり。
結局イチャイチャを楽しめたのは最初の一回で、後はスポコン魂を燃やして練習をしたため楽しむ余裕もあまりなかった。
もっと色々仕掛けたかったんだけど、そうも言ってられない。
景色が過ぎ去っていき、砂に描いたゴール線までもう少しだ。
……終わらないで欲しいな。
と、その瞬間、私の足が上手く前に出せずに、
「あ!」
ゴール目前で私たちは転んでしまう。
砂ぼこりが辺りを舞い、私はすぐにふっきーを見た。
「ご、ごめんふっきー、足がもつれちゃって」
「いやいや全然大丈夫。ケガはしてないみたいだ。手は砂まみれになったけど」
そう言ってふっきーは笑顔で手を見せてくる。
本当にケガはなさそうだ…。
安堵してから、自分を呪った。
危うくふっきーにケガをさせるところだったのだ。走っている最中に考え事をするなんて私は本当に馬鹿だ。
「ま、明日の失敗分を今日したって思えば逆にラッキーだったな」
楽しそうに笑う彼を見て、胸の奥が締め付けられるような感覚になる。どうしてふっきーは私が考えていることがわかるのだろうか。ふっきーの言葉はどうしてこんなにも優しさで満ちているのか。
「ごめんね…」
「そんな顔するなって。別にケガしてないんだからいいじゃんか」
「……そうだね。落ち込んで明日に響いてもいけないし!」
この人の言葉は私に勇気をくれる。
絶対に明日は負けられない。
ふっきーが紐を解いて、立ち上がる。
手を差し伸べられたので私もそれに甘えて立ち上がると、
「ッ!」
右足に激痛が走る。
嘘……。やめて。やめて。やめて。
声を出さずに我慢して、私はふっきーに笑いかけた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます