第122話:負けられない女の闘い
side.
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「やっぱり二人が二人三脚するなんて納得いかない!」
休み時間、体育委員の女子が憤慨した様子で席から立ち上がった。
クラスは一瞬にして静かになり、自然と視線は談笑していた私とふっきーに注がれる。
名前は確か……何だっけ。
クラスメイトと交友関係はできたけど、お喋りするのは基本ふっきーのため、未だにクラスメイトの名前と顔が一致しない。
とにかく、その体育委員の子は私とふっきーのところまで大股で移動してきて、しかめっ面で腕組みをした。
「二人三脚は種目の中でもかなり高得点の部類なの!それを男女で出場して負けるなんて私許せない!」
どうやら怒りの理由は体育祭で浮ついたことをするな、というものらしい。
この子もふっきーと二人三脚したいって言ってたと思うんだけど、今それを言っても火に油を注ぐことになりそうなので、自重することにする。
他のクラスメイトもズルい、という気持ちが強いみたいで、誰も仲裁には入る様子はない。
「わ、私もズル……良くないと思う。二人三脚って結構ケガもしやすいし、親御さんがたくさん来る場で男子にケガさせるのはちょっと……」
「私とこの子のためにも体には気を使って欲しい。もうすぐ私臨月」
他のクラスメイトも同調してわいわいと騒がしくなっていく。
これは良くない流れだ。今までふっきーのブロマイドでどうにか押さえ込んできた彼女らの欲求が爆発しそうになっている。
「いや、俺も負けないように頑張るつもりだし、ケガも極力しないように気を付けるけど……そんなにダメか?」
ふっきーが申し訳なさそうにクラスメイトに問いかける。
体育委員の子は一瞬立ち眩みでもしたのか、膝が震えたがすぐに体制を整えて真っすぐふっきーを見据える。
「不木崎くんが頑張ってくれるのはわかってるんだけど、やっぱり私体育祭は負けたくないし……」
「まぁ、体育委員だもんな……」
ふっきーも言い返されて一緒になって落ち込んでいる。
「て、て言うか、元はと言えば城さんが急に二人三脚やるって言いだしたのが原因じゃん!城さんは何か言うことないの?」
とうとう矛先が私に飛んできた。
いや、別に臆しているわけではない。ただ、どうすればこのクラスメイトたちが納得する結末になるかを考えて模索していたのだ。
結果は芳しくない。
「私とふっきーかなり足早いから多分大丈夫だと思うよ」
これが精いっぱいである。
実際ふっきーの足もびっくりするくらい速くなっていたし、普通に1着を取れる可能性は高い。
「わ、私だって足早いし!50m走4秒78!陸上部でショートスプリンターやってるんだから!」
「あ、私は4秒01」
「……嘘?」
「ホントだよ?」
まぁ、体力測定のときはどのグループにも属していない私はササっと終わらせてたし、私の記録自体あまりクラスで話題にもなっていない。体育の先生には褒められて熱烈に陸上部に誘われたけど…。
と言うか、私の記録でも全国出れるくらいにはあるらしいから、ふっきーなんて男子の枠で世界を狙えるだろう。
(※現実世界の世界記録は5秒56らしいです。)
「春ってそんなに早かったのか…」
隣でふっきーが驚愕の表情を浮かべている。
この間負けた身からしたらお前が言うな感がすごい。
「だ、だったら城さんと私で出ればいいじゃない!そしたら絶対1着とれるし!」
なんとこの体育委員、本当に体育祭で得点を取りたいと思っていたらしく、私と出場するなんて言い始めた。
「私とふっきーでもちゃんと1着とれるよ?ふっきー私よりも足早いし」
「……は?」
ふっきーはよせやい、といった妙にムカつく顔をしながらポリポリと鼻頭をかいている。対照的に女子は信じられないといった表情でふっきーに注視していた。
まぁ、そうだよね。4秒よりも早い男子って化け物みたいだし…。
「う、嘘吐いてまでやるつもりなのね!ホント城さんがこんな人だなんて思わなかった!負けたらどうしてくれるの!クラスのみんなにも申し訳ないと思わないの!」
やはり信じてくれないらしい。私も自分の目で確かめない限り信じない…というかプライドに賭けて信じたくない。
しかしこれは困った。
この体育委員の子も引くに引けないところまで来てしまっている。ここで引いたら女として猛烈にダサい。それは運動部もしているこの子は尚更許せないだろう。
どうしようかと考えていると、ふっきーが立ち上がり、私の前に立った。
「春は別に嘘吐いてねーよ。と言うか春ばっかり責められるのもおかしくないか?俺だってやりたいって最後言ったんだから同罪だろ?」
「で、でも不木崎くんは城さんに指名された側だし……」
「負けたらどうしてくれるの、だっけか?いいよ、負けたらなんでもしてやる。春がここまで言われるのは納得いかないしな」
……は?
「ちょ!ちょっとふっきー……」
「いいんだよ、ここまで好き勝手言われていいのか?ギャフンと言わせてやろうぜ」
カッコいいこと言ってるようだがちょっと待て。
今、なんでもしてやるって言ったよね?見てよ、ていうか気づいてよ!クラスメイトが一斉に静かになって顔赤くしてるじゃん!
「不木崎くん、今なんでもって言ったよね?」
体育委員の子がニタニタと涎でも流しそうな様子で確認する。
……体育委員の子だけじゃない、クラスメイト全員が発情してやがる…!
「言った!男に二言はない!」
「…えっと、それは女に二言はない、だけどまぁいいや、それじゃ、もしも二人が1着取れなかったら不木崎くんになんでもしてもらえるんだよね?」
「ああ!」
「クラスメイト全員対象でいいよね?」
「当たり前だ。これはクラスの総意なんだろ?」
ふっきーがドヤ顔をかましているが、それどころではない。
もうここまで来たら撤回は無理だ。ただでさえ抑圧されているこの猛獣たちに、こんな甘い蜜みたいな約束をして撤回だなんて、プロマイドがいくつあっても足りない。
下手したら暴動が起きてクラスの女子の何人かは身ごもって退学するまであり得る…!
「皆聞いた?不木崎くんと城さんが二人三脚するので問題ないよね?」
「ない!ない!なーい!!!」
「異議なし!」
「一緒に産婦人科についてきてもらう」
あああああ!
ダメだ。これは是が非でも勝たなければいけない。
ふっきーと密着して楽しい体育祭にするつもりが、とんでもない事態になってしまう。
「春、頑張ろうな!」
「……うん」
やっぱり、ふっきーは新学期が始まってからおかしくなってしまったのかもしれない…。
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