第121話:男の娘が女の子として男の子らしさをアピールする
「タクトくん、お待たせ」
ボクが戻るとタクトくんは机に一枚の紙を広げて何かを描いていた。
どうやら家でも描いていたらしく、紙面の半分はイラストで埋まっている。
「あ、いっぱい描いたんだ………ね」
ボクはそのイラストを見てとても後悔した。
おそらく動物であろうそのイラストたちは、全て異形の姿をしていた。
おおよそ人間が想像できる生物の枠を超えている。そもそも、目や手足の数が異常なのだ。……これ夢にでてきそうだよ。
「はい!どうですか!結構上手に書けたと思うんですけど!」
タクトくんが褒めて欲しそうに誇らしげな様子で紙をこちらに向けてくる。
本当にやめて欲しい。
言いようのない肌が粟立つ感覚が全身を駆け巡っていく。
「じょ、上手に描けたね~」
「やっと俺の絵の良さに気付いてもらえましたか!これとかどうですか?動物園で見た記憶だよりですけど、良く描けたと思うんです!特に鼻が良く描けてますよね!」
「えっと……それはクイズかな?」
「え?何がですか?」
ヒントは動物園とどこが鼻かわからない鼻しかない。難易度が高すぎる。
何で足が6本もあるんだろう…。ボクが知っている哺乳類で足が6本ある種類はいない。しかも何故かすごく笑顔だ。デフォルメさせて笑顔に描くのはよくある手法だけど、これはただのホラーだ。きっと寸前に人間でも食べたに違いない。
「か、可愛いゾウさんだねー!」
「バクですけど?」
「……そ、そっかーバクだったかー。ごめんね」
わかる訳ないじゃないか!
せめてメジャーな動物にしてよ!ただでさえ難易度高いのになんでよりにもよってバクを描くの!?
というか答えを言われても全くバクには見えないし!
「あ、そうだ。先輩色鉛筆とか持ってませんか?色塗りしたくて」
「しおりはモノクロ印刷だから色塗りしても出ないよ?」
「あ……そう言えば、前年度もモノクロでしたね…。うっかりしてました。この子たちに色塗ってあげたかったんですけど仕方ないですね」
グロテスクな生物に対してこの子たち呼びをしているタクトくんも悔しいけど可愛いと思えてしまう。これが恋なのだろうか…。
けど、これ以上この生き物たちに躍動感とか与えてはいけないからモノクロで助かったよ。
ボクも隣に座ってイラストを描き始める。
本当はタクトくんのイラストのタッチに合わせて描く予定だったけど、これは残念ながら常人では描けない。
「うっわ、先輩人描くのすごく上手ですね…。昨日の猫は普通だったのに」
ボクが描いている体育服を着た生徒の絵を見ながらタクトくんが感心したように言う。
昨日の猫とはおそらくナオが描いたもののことだろう。イラストに関してはナオよりもボクの方が大分上手だ。……でもまぁ、さっきのタクトくんの絵を見た後にまぁまぁとか言われたらボクも少し腹が立つかもしれない。
まぁ気を取り直してタクトくんへのアプローチをしよう。
こんな密室空間に二人きりだなんて、今後あるかどうかわからないチャンスだ。いつもは春ちゃんがべったりとくっついているから、こうして引き離すのも最近だと難しい。…全力を尽くしてものにしなければならない。
「ありがと。あ、ちょっとミリペン取ってくれない?輪郭線描きたいから」
「ミリペン……?えっとどれですか?たくさんあって……」
「確かにいっぱいあるね。ちょっとごめんね」
「え?」
ボクは了承も得ずにタクトくんの肩に胸を押し付けて、わざと奥の方に置いたミリペンを取る。密着した瞬間、心拍数が跳ね上がってクラクラしたけど、今回はタクトくんの心拍数を上げないといけない。しっかりしろ忍…!
無事ペンを取ってチラリとタクトくんの様子を窺う。
少しだけ挙動不審になりながら、ボクから目を逸らしている。
「す、すみません、どれかわからなくて…」
き、効いてる…!!!!!
これは照れてるよね!絶対照れてる!明らかにさっきより耳の血色良くなってるし、ボクの方見ないし!
男性用の下着を着用しているから、胸板が直で当たらずに柔らかいしきっと勘違いしてくれると思ったけど、効果てきめんらしい。
さりげなくタクトくんに近づいて、足が当たるか当たらないかのところに置く。
しかし、体温だけはしっかりと伝わってくる距離感。
「気にしないでいいよ。ほら、タクトくんにもペン入れしてもらうから見ててよ」
「ペン入れ……って何ですか?」
タクトくんがこちらに視線を戻して尋ねてくる。
ちょっと距離が近づいているのを明らかに気づいた様子で、でもそのままの位置を保ったままでいてくれた。
「今ボクたちは鉛筆で描いてるでしょ?この濃さの鉛筆だとスキャンした時に綺麗に輪郭が出ないんだ。イメージ的にはボケたイラストになっちゃう感じかな?今回はモノクロだから特にこの輪郭線は大事なんだよ」
ボクがイラストの輪郭を上からなぞりながら説明する。
「すげー……どんどんプロっぽい感じになっていってますね」
「あはは、ありがと。タクトくんもなぞってみなよ。同じペンがそこにあるからさ」
「はい!」
本当にこの人は可愛いしカッコいいし優しいしで、完璧の三拍子だ。
春ちゃんがどっぷりハマる気持ちは十分にわかるし、他の人にタクトくんの良さを広げたくなくなる気持ちもわかる。こんなの皆タクトくんの虜になっちゃうよ。
ただでさえ顔がいいのに、中身もいいってズルすぎる。
タクトくんの真剣な横顔を見ながらため息が出そうになるのを我慢する。
あーあ、ずっとこうしていたいな…。
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