第120話:あくまで勘違いしたのはそちら
side.
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「みんな嬉しそうで良かったね。やっぱりタクトくんああいうまとめ役上手だよ」
「いやいや、荷が重すぎますって……、めっちゃ見られてましたし」
頼りなさそうな顔でタクトくんが笑う。そういう弱った顔もグッとくる。女子が男子を押し倒したくなる気持ちってこんな感じなんだろうか…。
にしても、確かにタクトくんは男子たちからかなり見られていた。
中にはタクトくんをガチで性的な目で見ている男子もいたから注意が必要そうだ。顔と名前は覚えたからね…。
「何で怖い顔してるんですか…?」
「……えっ?し、してないしてない!気のせいだよもー!」
あ、危ない危ない。
タクトくんの前では可愛らしい男の子のままでないと、いつ幻滅されるかわかったもんじゃない。散々泣き顔みせたり、情けない姿をみせたりしてるわけだから、こういった細かいところで減点されたくない。
「そんなことより、今日は続きやるんだよね!体育祭のしおり!……スケジュールとかしおりの中身はほとんど終わらせちゃったから、今日からはイラストの方にボクも入れるよ!」
「え、ほんとですか?俺、帰ってからちょっとイラスト描いたくらいです。すみません、先輩ばっかりに負担かけちゃって」
「ぼ、ボクが先輩なんだから甘えていいんだよ?」
自尊心がくすぐられて身悶えてしまいそうになる。
本当に少し見ない間にこの後輩は人をたらしこむ技術が異常なほど発達している。
「……ところで、さ。ひとつ聞いてもいい?」
「何ですか?あらたまって」
そう、昨日ボクの机の上にあった一枚の紙についてボクは聞きたかった。
部屋に着いたのが、夕方暗くなりはじめくらいだったからか、それを見た瞬間、情けなくも叫び声を上げたのはここだけの秘密だ。
「イラストのことなんだけど…あれって……」
「あー、また俺の描いた猫のこと馬鹿にするつもりですね!」
「……また?」
「昨日、部屋に来るなりいきなり怒ってきたじゃないですか。俺を羽交い締めにしたの忘れたんですか?」
「羽交い締め…?」
記憶にない。
タクトくんとそんな身体的接触なんて今のボクには恥ずかしくてできない。
しかし、タクトくんが嘘をついている様子もない…。
「あ、えっと……そのことでひとつ先輩に言っておくことがあって……耳かしてもらっていいですか?」
「え?うん」
言いにくそうな顔をしたタクトくんが口元をボクの耳に近づけてくる。
「先輩が本当は女の子だってこと、誰にもいいませんから」
「え…?」
「いや、だから昨日羽交い締めにしたとき気づいたんですけど、さらしつけ忘れたんですよね?大丈夫です。事情もあると思うんで、深入りはしませんから。でもいつでも相談に乗りますんでその時は言ってくださいね」
「はえ……?」
タクトくんは慈しみのある笑顔をボクに向けて、そのまま一緒にまた歩き出す。
ボクは何も言葉が出てこなかった。
一体タクトくんは何を言ってるのだろうか。
ボクにはさらしをつけている事実もなければ、女の子である事実もない。
男性用のブラはつけてるけど…。
実際ボクは男だし、国からも助成金ももらっている。
ボクのドッペルゲンガーでも現れたというのだろうか……。
……ん?ドッペルゲンガー?
ボクにそっくりの……。
心当たりがある。ボクは一人だけボクにそっくりな女の子を知っていた。
しかもその女の子だったらタクトくんにこんな認識を与えかねないほど胸が大きい。
妹だ。妹の
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「それじゃ、また俺が先頭で階段のぼり―――」
「ボク先に2階行ってるから、タクトくんはボクの部屋に入ってて!」
「見ません。見ませんよー」
ボクは一目散に妹の部屋に直行する。
きっとあの子に違いない。散々ボクが事前に言ったのにも関わらず、軽々と一線を越えたのだ。
妹の靴が玄関にあったから、帰宅はしているはず。
ボクはノックもせずに妹の部屋の扉をあけ放った。
「ナオ!」
「あ、おにいお帰り~」
特に驚いた様子もなく、にへらとこちらに手を振っている。ボクにそっくりな顔。ツインテールのヘアゴムを外せば、もうほとんどボクと変わりない。
「ボクの部屋勝手に入ったでしょ!あれだけ言ったのに!」
「……くっ。……あの野郎ばらしやがった」
「タクトくんのせいじゃないでしょ!約束を破ったのはナオの方なんだから。一体タクトくんに何をしたの!全部説明してもらうから!」
ボクが腰に手を当てて怒ると、ナオは渋々と床に正座し始める。
「いや……特に何もしてはないんだけど。おにいに寄り付く変態かと思って私が確認しただけだし…」
「タクトくんは変態じゃない!それに、変態はナオの方じゃないか!初対面の男の子を羽交い締めにするなんて!」
「……あ、あれは、タクトくんが描いた絵があまりに酷すぎたから。それに別に性的な意味はないし」
……ナオもあのイラストを見たのか。
今日ボクがタクトくんに聞きたかったこととはそのことだ。
ホラー映画も真っ青な、こっちの精神がおかしくなるような類のイラストだった。
あまりの怖さにボクの部屋の引き出しの奥底に封印している。
だけど、羽交い締めにすることではないだろう。
「それが男の子に触っていい理由になるとでも?」
「…そ、それに加えて私が描いた猫をまぁまぁだって馬鹿にしてきて。……絶対私の絵の方が上手なのに!おにいも見たでしょ!?あの発狂しそうな絵!」
ナオはかなり負けず嫌いなところがある。
ボクに対してはそんなことないけど、お母さんとは結構なんでも張り合って喧嘩している。一度火がついたら羽交い締めくらいにはする……かもしれない。
「……勝手にお部屋入ってごめんなさい。おにいがどうしても心配で」
申し訳なさそうにしゅんとするナオに、流石に追撃する気持ちが小さくなっていく。根はいい子なのだ。事実、ボクがずっと冷たい態度をとっていた時期もめげずにずっと話しかけたり優しくしてくれたりした大切な妹だ。
しかし、まぁおかげでタクトくんにボクが女の子だと思われてしまった。大方羽交い締めにしたときにおっぱいでもあたったのだろう。……さらしとはきっとそのことだ。
……あれ?
ちょっと待って、ボクが女の子だと思われてる?
これってひょっとしたらとても好都合なのではないだろうか。ボク自身、別にタクトくんに嘘をついてはいない。むしろ偶然が重なってタクトくんが勘違いしていると言えよう。
つまり、ボクは大手を振って女の子と勘違いしているタクトくんにアプローチをかけられるのだ。今まで男の子と付き合うのが抵抗ないかどうかすごく悩んでいたけど、もしかしてこれを機に一気に進展する…?
「お、おにい…?怒ってる?」
妹が恐る恐る尋ねてくる。
急に黙ったボクが怖かったのだろう。さっきタクトくんにも注意されたから気を付けないと…。悪だくみをしてるときのボクは客観的に見て怖いらしい。
「怒ってるけど…、とにかく!もうナオはタクトくんと会っちゃダメだから!いいね!次は本気で怒るから!」
ボクがまくし立てるように言うと、今回は不味いと思ったのか、涙目で何度も頷いていた。
……さて、今からタクトくんにどんなアプローチをかけようか。
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