第73話:鍛錬はほどほどに・

side.不木崎ふきざき拓人たくと

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「鍛錬中に電話なんかしてんじゃないよ全く」

「いや、鍛錬ちょうど終わったとこだったじゃん」

「師匠には口答えしないもんだよ。可愛げがないね」


 溜息をつきながらばあちゃんが俺のスマホをポケットにしまう。

 ……ちゃんと後で返してくれるんだろうな。


 部屋の中央では母さんと陽乃ちゃんが実戦形式の稽古を行っていた。

 二人の表情は大きく違う。


 あの無表情がデフォルトの陽乃ちゃんが苦しそうに呼吸しており、母さんはすごく冷めた目でそれを見ている。凍てつくような視線の先は陽乃ちゃんを全く見ておらず、ぼんやりとしていて、逆にそれが恐ろしい。


「相変わらず霞のセンスは衰えちゃいないね」

「母さんマジでやばいよね。強すぎない?」

「ああ、手の付けられないじゃじゃ馬さ。親の言うことも聞かずに子を産むし」

「その子ども俺ね」


 二人して成り行きを見守る。


 先に仕掛けたのは陽乃ちゃんだった。

 仕掛けた、と言うよりも、にらみ合いに耐えられなくなって仕掛けさせられた、という表現の方が正しいだろう。


 腰を低く保ち、母さんの足を狙いに行く。

 重心をズラすのがうちの流派の基本。原則、後の先をよしとしているが、攻める場合もやはり重心狙いらしい。

 ただでさえ低い身長の陽乃ちゃんが低くしゃがむものだから、俺なんかがされた一発で足元を掴まれて、そのままひっくり返されるだろう。


 母さんは姿勢を少しだけ低くして陽乃ちゃんを待ち受ける。

 あれでは懐に入られてそのまま足を崩されてしまう。


「拓人、霞の重心をよく見てな」


 ばあちゃんの言葉に、俺は目を見開く。

 母さんは陽乃ちゃんが掴みかかる直前に、腰をさらに低く落とす。

 そのまま位置がズレて、腰に抱き着いた陽乃ちゃんの脇に手を突っ込み抱きかかえる。


 まるでブリッジをする要領で母さんは後ろへと反り返り、陽乃ちゃんは背中を畳に打ち付け、バシーン!と大きな音が響いた。

 あまりに綺麗な流れで、寒気さえ覚える。まるで予定調和と言わせるレベルで、陽乃ちゃんが倒されているように見えるのだ。


俵返たわらがえしって技さ。そんなに難しくはないけど、あそこまで綺麗なものはなかなか見れないよ」

「すっご……」


 大の字に仰向けになった陽乃ちゃんは、大量に汗をかき、空気を肺に入れようと胸を上下させている。

 打って変わって母さんは服の乱れもほとんどなく、表情も冷たいままだ。


 あれが、母さんか……。


「ま、陽乃が無表情にしてるのも霞の影響が強いね。あいつの真似事さ。今はそんな余裕ないんだろうけどね」

「これだけ強かったら憧れちゃうのも無理ないって」

「カッカッカッ、男の拓人に女の気持ちがわかるとはね、本当にいい男になったよお前は」

「うるせい!おだてても今日の鍛錬は終わりなんだからね!」

「これで、もうちっと馬鹿だったら良かったんだけどね」


 ばあちゃんがやれやれと首を横に振る。相変わらず妖怪みたいな笑い方しやがって…!今日の過酷な鍛錬は忘れないからな……!


 最初は2時間程度と言われていたのに、気づけば4時間以上稽古をさせられた。

 投げられては筋トレ、投げられては筋トレと……もう体中ズタズタのボロボロである。


 ようやく落ち着いて、母さんと陽乃ちゃんの鍛錬を今見学しているとこなのだ。


 にしても母さんの技は本当にすごい。

 ばあちゃんもすごいが、ばあちゃんの場合何をされたかわからないから…。

 ぜひ、一度母さんの技を受けてみたい。


 俺は母さんの元へ走る。


「母さん!俺にも俵返やってー!」


 そういうと、無表情だった母さんの顔が、ボンっと音を立てていつもの顔に戻る。


「た、拓人!?あ、危ないからダメ!」

「いくよー!!」

「あ、拓人!だめ!」


 陽乃ちゃんみたいに腰を低くして母さんの懐に突っ込む。

 しかし、いつまでたっても浮遊感は来ず、そのまま母さんと俺は畳の上に倒れこんだ。


「た、拓人が抱きついてきて……あ……あ……」

「母さん?……あー駄目だこりゃ」


 真っ赤な顔で倒れてる母さんの頬っぺたをムニムニ触るも無反応だ。

 完全に陸に打ち上げられた魚のように、時折ビクンと跳ねる。その割に幸せそうな表情である。


「もしかしたらお前が一番強いのかもしれないね」


 後ろからばあちゃんの達観したような声が聞こえてきて、何とも言えない感情になる。


「た、拓兄…?次……私……」


 後ろから陽乃ちゃんが恥ずかしそうに俺の裾を引っ張っていた。







「やっぱり拓人に鍛錬なんて必要ない!」


 夜ご飯時、母さんが箸を置いて言い放つ。ビシッと決め顔までしている。

 しかし、ばあちゃんも陽乃ちゃんも何事もないようにご飯を食べている。

 無視されている母さんは次第に恥ずかしくなったのか、俺に助けを求めるように手を握ってくる。涙目だった。


「ちょっと二人とも、無視はよくないよ。見てよほら、園児みたいになった母さんを。可哀そうと思わないの?」

「たくと……たくと……」


 母さんの頭を撫でながら二人を見る。

 二人はようやく顔を上げて互いに顔を見合わせた。


「陽乃、何か聞こえたかい?」

「……ううん、何も」


「たくとぉ!ふたりが……ふたりが!」


 訴える母さんの頭をさらに撫でる。

 もう可哀そうなのか可愛いのかよくわからなくなってしまったが、このままは駄々こね母さんが発動して今から帰るということになりかねない。

 この疲れに疲れた体で今から3時間のドライブは御免被りたい。


「全く、あんなに冷静だった霞がこんなになるとはね……霞、鍛えるかどうかは拓人次第だろう。親がしゃしゃり出る幕じゃない。現にお前は私の言葉に逆らい続けたじゃないか」


 ばあちゃんに窘められ、母さんはぐすっと鼻をすする。

 確かに母さんは親に反抗的なのだった。


「た、たくとは男の子だもん」

「だもん、じゃないよ。……拓人はどう思ってるんだい?」

「……私と鍛錬したいと思ってる。間違いない」

「陽乃には聞いてないよ」


 促されて少し考えてみる。思い返されるのは暴力につぐ暴力。

 ……どう考えても俺がやりたくて始めたことじゃないよね?説得(物理)で仕方なしに鍛錬し始めてるよね?


 だがしかし、実際やってみた感想としては、楽しい。

 元々心が弱い俺としては、身体から鍛えていくという手法が性に合っている気がする。現に、すくすく育つ上腕二頭筋とか、左右で育ちが違う大胸筋とか腹筋が最近は愛おしく感じ始めてもいる。


 最初こそ無理やりだったが、今となってはそこまで嫌なものではなくなってしまっているのだ。これが吊り橋効果というやつなのだろうか…。

 おそらくこの老婆はそこまでわかって聞いてきているのだろう。

 顔を見ると、小さくニヤついていた。

 ……伊達に長生きしていない。


「……まぁ、別に嫌じゃないかな」


 俺の言葉にばあちゃんは口の端をどんどん歪ませていく。


「それ見たことか!血だよ!霞も諦めるんだね!」

「お母さんがそそのかしたせいでしょ!ここに拓人を預けるんじゃなかった!」

「拓人も週2と言わず、毎日来てもいいんだ」


「あ、それは嫌です」


 母さんとばあちゃんがやいやいと口喧嘩をしている中、陽乃ちゃんがすすすと近づいてきて、耳打ちをしてくる。


「……私は毎日来て欲しい」


 可愛いことを言う陽乃ちゃんの頭を優しく撫でる。


「……あっ」


「た、拓人!それ禁止!やっちゃダメ!」

「え、母さんにもやっちゃダメなの?」

「あ……えっと……それは」


「いいからさっさと飯食いな!冷めちまうよ!」


 ばあちゃんの一言に、それぞれの席に戻り再度夕食がスタートした。




【霞】挿絵 第73話:鍛錬はほどほどに 集中

https://kakuyomu.jp/users/hirame_kin/news/16817330663499606406


【陽乃】挿絵 第73話:鍛錬はほどほどに まるで隙がない…!

https://kakuyomu.jp/users/hirame_kin/news/16817330663499590676


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