第72話:冬凪忍の焦燥・
side.
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愛用していたシャーペンが壊れた。
長年ずっと使っていたからか、家にある他のものも試してみたがどうもしっくりこない。
と、言うわけで文房具屋に来たんだけど…。
「城さん……」
「あ、冬凪先輩」
ワンピース姿の城さんと鉢合わせる。
手にはボクが買おうと思っていたシャーペンが握られている。
まさかのボクと同じものを愛用しているらしい。
「城さんもそのシャーペン使ってるんだ」
「冬凪先輩も?」
「うん。宿題してたら壊れちゃってさ、買いに来たんだ」
「あ……そうなんですかー……」
なぜか歯切れ悪そうに城さんは頬をかく。
そんな城さんをぼんやり眺めていると、ボクはあることに気づいた。
「城さん……ちょっと焼けた?」
「え?焼けてます?……日焼け止め塗ったんだけどな」
そう言いながら城さんは手足を見ている。気づく人は気づくレベルだから、そんなに変わってはないけど、城さんは元がすごく白いからその印象で気づいてしまった。
しっかりと夏休みを満喫しているらしい。
「プールにでも行ったの?」
「いえいえ、キャンプに行ってきたんですよ。川もあって泳いだから焼けたんだと思います」
「いいなぁ……女の子は」
男の子はプールなど普通入らない。余程泳ぐの好きとかじゃない限り、入りたがらない。それはそうだ。女の子たちからの邪な視線が気になって全然楽しめたものじゃないんだから。
でもボクだってプールには入りたい。気持ちよさそうだし。
「ふっきーは全然気にせず入ってましたよ?」
「は?」
予期せぬワードに思わず声が低くなる。
城さんはやべっ、という顔をして口元を抑えた。そんな素直なリアクションも少し癪に触ってしまう。
「今タクトくんの名前出たよね?どういうこと?」
「あ!そう言えば妹を待たせてるんだった!」
「ダメダメ。逃がすわけないよね?説明するまで離さないから」
腕を掴んで脇に挟む。ボクは力が弱いからこうでもしないと女の子の腕なんか抑えられない。
きっとすぐにでも振り払えるんだろうけど、優しい城さんは小さくため息をついて、ぽつぽつと語りだした。
「ふっきーのお母さんに誘われて、妹と合わせて4人でキャンプに行ったんです」
「タクトくんのお母さん…!?」
何それ!城さんはすでに親公認の仲ってことなの!?
「………」
「え?続きは?」
「いや、それだけです」
「いやいや!もっとあるでしょ!テント張るときにちょっと抱き着いたとか、タクトくんがうっかり上半身裸で泳いだとか!」
「もしかして現場にいました?」
やっぱり…!タクトくんの女子に対してのガードの低さは他に類を見ない。男子にはやたらとガード高いくせに…!
上半身裸になるとか全然やってのけるくらいの天然さんだ…!
「……それで、何かあったの?」
「何かって何です?」
「それは……ホラ……恋愛的な……その……街中では言えないようなこととか……」
「………」
ボクの言葉に、城さんは顔を赤くさせてそっぽを向く。
やっぱり!何か甘酸っぱいことが起きたに違いない!
ズルい!ボクだってタクトくんとキャンプ行きたかったし、甘酸っぱいこともしたかったのに!
ボクが眉間に皺を寄せていると、城さんは僕を怪訝な表情で眺める。
「冬凪先輩って前から思ってましたけど、ふっきーのこと異性として見てません?」
「いいいいい異性!?ななな何言ってるの城さん!ぼぼぼボクとタクトくんは同じ男の子だよ!しょ、しょんな訳ないじゃないかっ!」
「あ、もういいです」
悟ったような表情で城さんは薄く笑う。
そのままなぜか手に持ったシャーペンをボクの前に掲げる。
「冬凪先輩」
わたわたしているボクに、城さんが語り掛ける。少し、先ほどと雰囲気が違う。
「このシャーペン、最後の一本だったんです。在庫あるか店員さんに聞いて、奇跡的にあった最後の一本」
「え…!」
どうやらボクが買おうとしていたシャーペンはもうないらしい。確かにかなり前に発売されたものだから、もう売ってないだろうとは思っていたけど。
譲ってくれないかな……とチラチラ城さんを見る。
「城さん……それ……」
「絶対に譲りません」
城さんは前に差し出されたシャーペンを引っ込める。
そのままシャーペンは城さんの胸へと押し付けられる。
だから最初城さんはバツの悪そうな顔をしてたのか。
まぁ、最後の一本だし……しょうがないか。
「シャーペンだけじゃありません。どんなことでも、絶対に冬凪先輩には譲りません。私のです」
その言葉は咀嚼する必要などなかった。
その瞳に誰のことを指しているのか描かれていたから。
「な、なに言ってるかわからないよ城さん」
はぐらかすように笑うけど、城さんは怖い表情を止めてくれない。
女の子からこんな敵意をむき出しにされたのは人生で初めてだ。
「冬凪先輩がそれでいいなら私は別に構わないです。私が言いたいことはそれだけですから」
ボクの横を通り過ぎる城さん。
すれ違う瞬間、あのシャーペンが視界に入る。胸に押し付けられたシャーペンが。
足が震える。
怖いから?城さんが敵意を見せてきたから?
違う。違う違う違う違う違う違う。
そんな理由ではない。
彼女の覚悟が怖かったんだ。絶対に折れない決意が瞳に写っていた。その瞳が怖かった。中途半端なボクの気持ちなんて、容易くねじ伏せてくる強い瞳が。
そんなボクの弱い心なんて城さんならわかっていたと言うのに、ボクのことを明確な敵として認識してくれていた。男にも女にもなれないこんなボクを一人のライバルとして見てくれた。
それを理解していたのに、怖気づいて本心を隠した自分自身の不甲斐なさに、咄嗟にはぐらかした自分の弱さに、ボクは恐怖した。
未来が容易に視える。
タクトくんと城さんが手を繋いで笑いあっている光景が。その画面の端で一人涙を流しているボクが。
頬に熱いものが流れる。
これは恐怖で流している涙ではない。
ボクは悔しいんだ。
煮え切れないボクが、中途半端なボクが、まっすぐになれないボクが。
城さんを見て、心底悔しがってしまっている。
拳を握りしめる。
ボクだって負けたくない。城さんよりもボクの方が長く彼を見てきたんだ。
数か月前に出会ったばかりの城さんに、負けるはずがないんだ。
ボクは当初の目的を忘れて家路につき、スマホを取り出す。
夏休みに差をつけたと思ってるんだろうけど、ボクだって……!
「た、タクトくん?」
『あ、冬凪先輩。どうしました?』
タクトくんの声に少し心が浮足立つ。
遠くから、何かを叩きつけるような音が聞こえてくる。それと怒声。
……ただならぬ雰囲気だ。
「あ、えっと今電話まずかったかな?」
『え?ああ、今柔道?みたいなのやってるんですよ。怒鳴ってるのばあちゃんです』
あはは、と笑うタクトくんにボクは驚く。
男の子が柔道をやっているという。タクトくんは全く男の子らしくないとは思ってたけど、ここまできたらもう完全に女の子だ。
優しくて、大きくて、強い……理想的な。
いけないいけない。当初の目的が飛ぶとこだった。
「すごいね!鍛えてるんだ」
『ま、まぁーそうですね。腹筋もすごいんですよ?……見ます?』
「え…?」
『あ、って言ってもスマホの自撮りですけど』
「み、見たい!」
思わず椅子から立ち上がる。
腹筋のある男の子なんてグラビアでもなかなかお目にかかれない。
正直男の腹筋にそこまで興味はないけど、相手がタクトくんなら話は別だ。
『後で送っておきますね。誰かに自慢したかったんですよ筋肉。先輩も鍛えたらいいのに、握力とかヤバイですし』
「よ、余計なお世話だよっ!」
『ま、そうですね……ところで何かありました?』
世間話もそこそこに、本題に入る。
そう、ボクは今から勇気を振り絞らなくてはいけない。
意識する前は大したことなかったのに、意識すると遊びに誘うだけでこんなに緊張するなんて思わなかった。
「ら、来週さ、夏祭りあるんだけど、一緒に……行かないかなって……」
言葉が尻すぼみになる。
言ってるそばから断られる未来を想像して、不安に押しつぶされそうになる。
頭の隅に城さんの顔がチラついて仕方ない。
『全然いいですよ!行きましょ夏祭り!あ、ただ女の子の数ヤバイだろうから守ってくださいよ先輩』
「い、いじわる言わないでよ」
『ははは!すみません、ちゃんと先輩守るんで安心してくださいね。こうして鍛えてるし……あ、ばあちゃん何?……長い?……いや、3分も話してないじゃん!あ、ちょスマホ返して―――』
そのまま電話が切れる。
心臓が爆発しそうなくらい高鳴り、しばらくツーツーと電話が切れた音を聞き続ける。
思い出したかのように息を吸って、ボクは隣にある全身鏡を見た。
真っ赤な顔をしたボクがそこには写っている。喜んでいるような、不安になっているような、でも、興奮している顔がそこには写っている。
……なんて、はしたない。
しばらく、ぽけーとその姿を見ていたがボクはあることに気づいた。
「ゆ、浴衣!」
そう言えば浴衣は中学生の時以来着ていない。サイズ的には入りそうだがデザインは可愛すぎるかもしれない。
「お母さんー!浴衣だしてー!」
慌ててボクは母親を探しに部屋を出た。
挿絵 第72話:冬凪忍の焦燥 キモチの変化
https://kakuyomu.jp/users/hirame_kin/news/16817330663438627960
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