第42話:不木崎霞は祝いたい
side.
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土曜日。
お昼に開催されることになった誕生日会の開催地は城家だ。
俺の誕生日なのになぜ俺の家でないのか尋ねたら、『こっちにも準備がある』とのことだった。
なんかすごく大々的にしようとしてない…?
いつもより少しオシャレをして、髪も整髪料で整える。ちょっとお高い、いい匂いのするやつだ。
これだけで、イケメン度合いが5倍くらいに膨れ上がるから、不木崎くんのポテンシャルはスゴイ。
あ、そうだ。母さんにお昼がいらないことを伝えねば。
脱衣所からリビングへ出る。
「母さん、今日友達と遊ぶから、お昼ご飯大丈夫」
「え?あ、うんわか……え?!どうしたの?」
二度見される。え、このセット渾身の出来なのだが、似合ってない…?
「このセット……変かな?」
控えめに髪をいじると、母さんはブンブンと首を横に振った。
「ううん!全然変じゃない!すっごく似合ってる……いつもよりカッコイイ……って、そうじゃなくて、どうしてそんなにオシャレしてるの?」
オシャレだったらしい。良かった。これで城家行ったときに『あ、ああ。気合入れてきたね……』とか引きつった笑みで言われたら、そのまま帰る。下手したら、『そんな生言うのはこの口か?』と頬っぺたを引っ張るくらいはする。
即答しない俺に、母さんの顔はどんどん悲壮感に溢れていく。
「……まさか、デート……なの?」
なんでそんな泣きそうなんだ。
あ、娘に彼氏ができた、みたいな心境なのだろうか。
「いやいや、デートじゃないよ。てか彼女もいないし。友達が俺の誕生日祝ってくれるって………………………あ」
安心させようと、本当のことを話してしまう。
墓まで持っていく件は、たった今なくなった。
母さんは誕生日というワードでピシリ、と石になったように固まる。
「た、誕生日…?き、聞き間違い…?拓人は……た、誕生日を祝われに行くの…?」
怒っているような、笑っているような、泣きそうな、感情が入り乱れている表情だ。
やはり、掘り起こしてはいけない墓だったか……!
「あー……うん」
嘘を吐いてももう遅い為、正直に告白する。
感情の決着がついたのか、プルプルと震え、涙が溜まっていく。
あ、そっちの感情になっちゃったのね。
母さんは椅子から降りて、床に座る。
そのまま、床に寝っ転がり、両手を広げた。
「ず……」
「ず?」
「ズルい!……ズルい!ズルい!ズルい!」
体全体を使って駄々をこねだした。
手をブンブン振り、脚をバタバタさせている。
大の大人がプライドをかなぐり捨てた、全力の駄々である。
「わ、わだしだって!だくどのだんじょうびおいわいだいのにぃ!」
「え?何て?」
全力で泣いているため、何を言っているか聞き取れない。
鼻をスンスンさせて、手で涙を拭いながら、こちらを非難の目で見つめる。
「拓人が前誕生日祝われたくないっ!って言ったから、すっごい我慢してたのにぃ!本当はいっぱいお祝いしたいのにぃ!」
いっぱい祝うってなんだ。
というか、やはり以前の不木崎くんがやはり何かしてたらしい。思春期が来てしまって、誕生日とかダサい!嫌!とか言ってしまったのだろう。そんな不木崎くんがめっちゃ笑いながら誕生日祝われに行ってくるわ、とか言ったら、そりゃ怒るよね。
「あ、あはは。……ごめんね。もう別に祝われたくないとかじゃないから」
祝われる側が気を遣う変な感じになってしまっている。
でも仕方なくない?目の前で30歳の見た目美少女が、スーパーマーケットでお菓子買ってもらえない子どもみたいに駄々をこねているのだから。
母さんは手足をピタッと止めて、目だけを俺に寄越す。ちょっぴり怖い。
「今日!」
「え?」
「今日、私も!祝う!」
「あ…よろしくお願いします」
「夜やるから、お腹空かせて帰ってきて!」
今から誕生日会なんですが…?
まぁ、仕方ない。これも以前不木崎くんの清算だと考えて、今日はしばらくランニングしてから帰ろう……。
「食べたいもの何!」
「あ、えっと……シチューとか?」
「わかった!」
そう言って、母さんはリビングから走って出ていく。
……どこ行くの?そっち台所じゃないんだけど?
まぁ、祝ってくれると言っているのだ。素直に嬉しい。
滅茶苦茶重い話を覚悟していたが、思いのほか可愛い内容だったし、良かった。
バッグを大きめのものに変える。
その中にランニングシューズとスポーツウェアを入れた。
この間城にかけっこで絶望的なレベルで負けてたし、ちょうどいいかもな。
自分の部屋から出て、リビングに戻ると、母さんが鉢巻を付けて、一生懸命掃除をしていた。
誕生日をするのにそこから始めるのか……。気合の入り方が違う。
鉢巻姿の母さんがヤバいくらい可愛いので、スマホで写真を撮る。
小さい体で掃除機をかけている姿は愛らしい。
俺がスマホを構えているのに気づいた母さんは、掃除機の電源を落とした。
「い、今撮った…?」
「うん」
「なんで…?」
「え、可愛かったから」
「かわっ」
妙な擬音を発してから、掃除機に抱き着く。
そこからは『かわっ』としか言わない悲しい機械と化した。
「それじゃ、母さん行ってくるね。18時くらいには帰ってくるから」
「かわっ……かわっ……」
今日が晴れでよかった。夕方くらいのランニングは気持ちよさそうだ。
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