第37話:不木崎霞は付き添いたい・
「母さん、ちょっといい?」
翌朝、休日の昼前の時間に紅茶を飲んでいた母さんを呼ぶ。
「どうしたの?」
いつも通りの感じで、可愛らしく小首を傾げていた。すごく可愛い。
しかし、やはりいつも通り……。誕生日の件なんて微塵も感じさせない雰囲気だ。
だが、今から話す内容は誕生日の件ではない。その件はもう墓まで持っていこうと決めた。そうではなく、精役についての印鑑と署名をもらいに来たのだ。
俺は手に持った書類を机の上に置く。
母さんは静かに黙読をし始め、次第に顔が赤くなっていった。
「そう……拓斗ももうそんな年になったんだね」
そう言って母さんはさり気なく俺の股間を見つめる。
息子の顔はもう少し上の方ですよ?
「親の印鑑と署名が必要みたいでさ。お願いできる?」
母さんは赤い顔のまま頷くと、椅子から降りて箪笥を漁り始める。
背伸びをしないと届かない場所にあるらしく、つま先がピンと伸ばされている姿は見ていて微笑ましい。
革の印鑑入れと、やたら高そうなボールペンを取り出して席に戻ってくる。
そのまま署名を済ませて、印鑑を押そうとしたときに手が止まった。
「それで……」
ちらり、と俺の顔を見る。
聞きずらそうな雰囲気だ。ただ、以前のオドオドした雰囲気ではなく、娘の妊娠を初めて知った父親のような雰囲気だった。
「いつ…行くの?」
まだ印鑑は押す様子はない。答えなければ先に進めない系の質問らしい。
まぁ、隠すこともないが。
「今日」
「き、今日!?」
驚きのあまり反動で印鑑が押されていた。あ、と呟いている。
「うん、書いてもらったらすぐ病院行こうと思って」
もう書類の記入は全て済んだ。母さんにも書いてもらったし、これですぐにでも病院へ行ける。書類には予約の必要は一切なく、常時受付可能と書かれているし。
俺は手を伸ばして、紙を催促する。
母さんは俺の手を見て、なぜか重りを持つかのようにゆっくりと紙を持ち上げ、俺に手渡した。
それを受け取る――あれ…力…強っ!
全然離す気配がない。こんな小さな体にどれだけの力を持っているのか。
紙はプルプルと震えて、ピンっと張っている。あれ、破れちゃわない?これ。
「えっと……母さん?」
「え!……ああ、ごめんね!…渡さなきゃだよね!」
そう言うも母さんの両手は一向に離す気配がない。
……え、どういうつもりなの?
しばらく謎の攻防が続き、母さんが口を開く。
「わ、私も付いていったほうが…いいんじゃない?」
「え?」
どうやら付いてきたいらしい。え?すっごく嫌なんだけど……。
精液出そっか、という話を母親同伴で説明受けるって……どんな罰ゲーム?
子ども、と言ってももう花も恥じらう16歳。体はそれなりに大人である。
というか、この間16歳は立派な大人って言ったの…貴女ですよね…?
「ほ、ほら!行く途中で事故とか合ったら危ないし!」
学校への道中の方が事故に合う確率高いんだが…?
「び、病院の道とか知らないでしょ?」
徒歩5分で迷子になると思ってるの…?
「あとは……あとは……」
この母親、必死である。息子の下の話をどうしても一緒に聞きたいのか。
もしかして男の子どもを持った母親の憧れとかなのだろうか…?
男の子の親になったらしたいことのリストに入ってるのだろうか…?
「ねえ」
俺が声をかけると、顔色がまた赤みがかってきた。
どうやら自分でも厳しい言い訳をしていると自覚しているらしい。
「想像してみてね、母さん」
そう言って、ゆっくり紙を手離し、そのまま両手で母さんの手を包み込む。
ふえっ、と30歳らしからぬ萌えボイスを発したが、無視して逃がさないように母さんの目を見た。母さんの手くらいでは頭痛は来ないらしい。好都合だ。
さて、いかに自分が恥ずかしいことを言っているか、わからせてあげようね…!
「俺は今から精役についての講習を受けるんだ……わかる?……射精する話を聞くんだ。薬飲んで、俺のあそこからいっぱい出して、助成金もらうって説明受けるの。そんな中に、母親同伴で行ったらどうなると思う…?」
母さんはプルプル震え、涙目で俺を見ている。
羞恥で泣きそうである。
「母さんは知らないだろうけど、もし下半身の検査とかあったらどうする?自分のイチモツの大きさを母さんの前で測らせられるんだ…。俺、どう考えても恥ずかしいよね?……それでも、どうしても見たいって言うなら………今、ここで脱ぐよ?どうする…母さん?」
ハッハッハッと過呼吸のように、うまく息が吸えない様子……あ、やりすぎたかも。
頑張って真っ赤な顔で深呼吸をした母さんは、皺ひとつない眉間に皺を寄せて怒った表情を作る。
「ヤダっ!行きたいっ!それでも行きたいのっ!」
……驚いた。この30歳、駄々をこねだしたぞ……?可愛すぎるんだが?
このままギュッと抱きしめて頭を撫でてあげたい衝動を堪え、手に力を籠める。
拓斗くん耐性ゼロの母さんはすぐにひゃっ、と情けない声で眉間の皺を解除した。
「理由を教えてくれる?」
尋ねると、少し表情を曇らせて、母さんは俯いた。
「……そ、その病院は、拓斗が中学生の時に入院したところだし……いい思い出はないから……その、怖くなっちゃって」
しょんぼりした顔で紙を握る手を離す。机の上に紙が落ちた。
理由まで可愛いすぎないか…?なんだこの美少女。
年齢も性格も加味してドストライクなんだが…?
母親じゃなかったら結婚申し込んでるぞ…。
なるほど、どうやら俺のチョイスした病院は、何かしらのトラウマの元凶となった事件後に入った病院らしい。何という引きなのか。
その病院に行くことで、俺がまた引きこもりに戻るのではないかと心配しているのか。本当に愛の深い母親だ。
俺は安心させるように微笑みかける。
「大丈夫だよ、母さん。この1か月、母さんも見てくれてると思うんだけど、変わったんだ。大分強くなったよ。こうやって母さんの手を握れるくらいには。……だから、安心して欲しい。今日も元気に帰ってくるし、母さんもそんな俺を笑顔で出迎えて欲しい」
「……本当に…一人で大丈夫?」
俺が大丈夫、と返事をすると、母さんは顔を上げて俺の瞳を見据えた。
「……わかった。我慢する」
「大丈夫!母さんが聞きたがってる精役のエッチな話は夜ごはんの時にしようね」
「い、いっつも茶化す!それ!良くない変わり方!」
俺は笑って母さんの手を離す。
書類を取って封筒に入れた。
そう言う割に聞きたそうにしてるの……わかるんだよ?
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新作書きました!お暇ありましたら覗いてみてください。
この作品と比べたら更新速度激遅ですが、気長にお付き合いください…。
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