第38話:男の娘と病院で会う・

 家の近くの病院は結構大きい。

 横幅だけでも移動するだけで汗をかくくらいに敷地は広く、内科、外科、消化器科、耳鼻科、歯科、精神科、男性科とよりどりみどりの総合病院だ。

 うん、ここなら安心そうだ。


 やたらデカい自動ドアをくぐり病院に入ると、入り口で挙動不審の小柄な女の子がいた。

 何度も受付に行ったり来たりを繰り返している。……すごく怪しい。


 ただ、俺も受付に用事があるため歩き出す。

 まぁ、もし掴みかかってきてもフィジカルで制圧できるだろう。

 女の子がこちらに戻ってきたタイミングで、目が合う。…あれ?


 ……おお!まさに行幸!なんと、このウサ耳フードの女の子は男の子だった!

 向こうも俺に気づいて、目をまんまるとさせている。冬凪先輩だった。

 これで診察前にある程度の知識を得られるじゃん……!


「……た、タクト…くん?」

「はい。俺たち休日によく会いますね」


 冬凪先輩はオドオドした雰囲気で俺を見つめている。何を一体こんなに怖がって……あ、そういえば最後会った時、冬凪先輩に怒ったな…。

 なるほど…気まずいのか。とりあえず、この間の話の続きを言おう。怒ってないアピールをしなくては…。


「……先輩、この間の続き言えてなかったんですけど、先輩が俺に色々してくれなくても、俺と先輩は友達ですよね?だから、しなくていいって言ったんです。……と言うか、男の友達全然いないんで、本当に仲良くしてください……」


 男の子の事情に俺は疎い。

 正直、ボーイズトークは俺にとっても必要なものだ。そこでしか得られないものがある。


 先輩は俺の言葉に少しずつ目を見開かせ、ごくり、と喉を鳴らした。


「た、タクトくんは、女の子みたいなボクが嫌いじゃないの?」

「え?全然嫌いじゃないですけど。先輩優しいですし、女の子みたいに可愛いですし……あれ?もしかして俺冬凪先輩に嫌われてます…?」


 先輩は一度フードを深く被り、俯いた。プルプルしている。

 フードはさっきも見たウサ耳がついてる可愛いやつだ。女の子が着るのもためらう代物を、この先輩は平然と着用し、そして着こなしてしまう…!ちんちんがついた女の子だな、もう。


「……ボクはタクトくん大好きだよ!ゴメンね。あの時話の途中で帰っちゃって。城さんにもちゃんと謝るから」


 フードを脱いで顔を上げた先輩は清々しい顔をしていた。やはり気まずかったらしい。

 喧嘩をしたら仲直りする。この世界でも同じだ。


「そういえば、タクトくんどうして病院に?……まさか、どこか怪我でもしたの…?」


 不安そうな先輩に精役の説明を受けに来た、と言いたいが、ここは往来。病院の中である。そんなワードを出せば、調子の悪いはずの患者(女)共も『ヒャッハー!勃起しそうな男だァ!』と、たちまち世紀末のゴロツキと化す。


「俺は…」


 先輩に手招きして、近づかせる。身長差があるため、近づいた先輩に向かって俺はしゃがんで耳元でささやいた。


「精役の説明を受けにきたんですよ」


 すると、先輩の耳が赤くなる。あ、これ男の子同士でも恥ずかしいやつなのか。


「……そ、そうなんだ。実はボ、ボクも今日は提出日だったから来たんだ」


 もじもじと、体を揺らす冬凪先輩。

 おぉ、要件まで一緒だったらしい。本当に都合がいい。

 この際病院の説明の前に聞いてしまおう。


「マジですか。俺、今日が初めてなんですよ。……だから、先輩、申し訳ないんですけどちょっと教えてもらったりできません?」

「ボ、ボクなんかで良ければ全然いいよ!」


 優しい先輩で良かった。


 俺たちは近くの待合に使う椅子に腰かける。一応、周りに女性がいない所にしておいた。男の子の配慮である。

 鞄から書類を取り出し、冬凪先輩に見せる。


「えっと、まず、俺このAコースってやつにしようと思ってるんですけど、これってどのくらい大変なんですか?」

「え、Aコース?無理だよ!……精役は大変なんだ。Aコースは男性人口の7%くらいしかいないんだ……余程薬の相性が良くないとAコースなんて務まらないよ!」


 焦った様子で、手をパタパタ振る冬凪先輩。ウサ耳がピコピコ動いて全く大変そうな雰囲気に見えない。いつの間にまたフード被ったんだ…?

 ……にしてもやっぱりAコースは厳しいのか。

 まぁ、でも3発出して30万なら家にもいっぱいいれられるしなぁ。迷う。


 すると、先輩は恥ずかしそうに人差し指同士をツンツンと当てて、


「ボ、ボクなんか……その……が小さすぎて……Cコースも満足にできたことないんだ……今日もできなかった書類を提出しに来てるくらいだし…」


 完全に女の子のムーブだ。そのツンツンすっごい良く似合ってます…。


 というより、『アレ』ってやっぱり『アレ』のことだよね…?

 平均のサイズとか知りたいし、聞いちゃダメかな…?聞いちゃお。


「小さいって、どのくらい小さいんですか?」

「……えーっと」


 もじもじと恥ずかしそうに身をよじりながら、冬凪先輩は右手を前に突き出す。

 人差し指と親指の間に、極小の空間を作り出した。惑星同士の衝突を彷彿とさせるような光景だ。

 え……何?……今、宇宙の話してる?


「…こ、これくらいっ」


 驚愕した。なんだそれ……!

 カナブン掴む方がまだ幅広いぞ…!小さいなんてちゃちなものじゃない。

 それってもうないのと一緒じゃない……?


 俺が反応しないことに顔を少しずつ赤くさせ、最終的に真っ赤になった状態で俺に指指す。


「あぁあああ!い、今、笑った!タクトくん、今、笑ったでしょ!」


 あまりの衝撃に表情筋が1mmも動かなかったのだ。

 どこを取って笑ったと言ってるんだ…?全く笑えないサイズなんだが…?

 それもう何かの病気だよね……?


「じゃ、じゃあ!そういうタクトくんのはどれくらいなのっ!……さぞかしご立派なんだろうねっ!」


 次は急に怒り出した。被害妄想の極みである。


 ……仕方ない。聞いたからにはこちらも教えねば不誠実だ。

 俺は冬凪先輩の手をそのまま拝借して、親指と人差し指をそれぞれ両手でつまむ。

それを、ゆっくりと広げていった。


「へ、へぇ、ちょっとは大きいね…ちょっとは…」


 と、負け惜しみのように言っていたが、俺が広げる手を止めないのを見て焦りだす。


「い、いや、タクトくん!……嘘だよね?ボクをからかおうって思って、無理やり広げてるんだよね?」


 俺は返答せず、まだ指を広げる。……うーん、先輩の手、小さいな。


「ダ、ダメっ…!ボクの指……これ以上っ…広がらないっ…!」


 先輩の指が限界まで開ききったのを確認して、手を離す。


「ボ、ボクの指がこんなんなっちゃったよぉ……」


 ピンッと全開している指。すかさず泣きべそをかいている冬凪先輩の人差し指の先に、俺の指を重ねて置く。

 ――そう、延長しているのだ。


「あ、あれ、タクトくん。なんかタクトくんも指広げ始めたけど……う、嘘だよねッ!これ以上はダメだよっ!……ボク、頭おかしくなっちゃうっ…!」


 ある程度まで俺は指を広げ、止める。

 うん、大体このくらいだろうか。冬凪先輩の手が小さすぎて、俺のサイズは表現しきれなかった。にしてもすべすべの指だ。……これもう実質女の子だよね?


「ハァ……ハァ……」


 顔を真っ赤にさせてその場にへたり込む冬凪先輩。

 たかだか指を広げたくらいで大げさな……握力15kgというのはやはり体力もないのだろう。


「なんとなく、わかりました。やっぱりAコースは難しいんですね。他に何か気を付けておくことはありますか?」


 少し汗ばんでいる先輩は、呼吸を整えてからこちらに向き直った。

 頬っぺたが色づき前髪が額に張り付いていて、美少女度が増している。


「……えっと、後は多分ないとは思うんだけど、他の男子がその…さっきの『アレ』のサイズを測られそうになったんだけど、そういう義務はないから騙されないようにすること……かな?」


 あ、測られないのね。ナースのお姉さんにメジャーとかで測られたら、多分俺の不木崎くんが反応しちゃって『メジャーじゃちょっと良くわからないから、お姉さんで測ろっか』と、そのまま別室に連れていかれそうだったからちょっと怖かった。


「わかりました。気を付けます。先輩、呼び止めてすみません。今度ごはん一緒にいきましょ。おごります」

「ごごごごごはん!?……二人で?」

「あー、二人以上いると俺の財布に響くんで、できれば二人で……」


 そう言うと、先輩はフードをまた深く被り、何度も頭を縦に振る。

 そのフード被るやつ流行ってるんですか…?


「いくっ!いくよっ!楽しみにしているね!」


 今回のお礼はさせてくれそうだ。




挿絵 第38話:男の娘と病院で会う 何でここに…!

https://kakuyomu.jp/users/hirame_kin/news/16817330662746616351


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