第36話:不木崎、16歳になる

side.不木崎ふきざき拓人たくと

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 今日、6月3日は不木崎……というか、俺の誕生日だ。

 年齢は……16歳。


 16歳というのは男にとって、とても大きな意味合いを持つ。

 選挙に投票できる年齢、結婚できる年齢、そして精役せいえきの義務が生じる年齢でもある。


 お酒やタバコは前世と同じで20歳からだが、この世界は16歳という年齢が大人としてのボーダーラインになっている。


 そう、大人としての責務を果たさなければならない年齢なのである……!


 俺は書類を手に取る。ご立派な厚手の封筒から、数枚の紙を取り出す。

『精役の精子提出先施設』

と書かれた紙には、うちの近所の病院やら役所やらが数十、数百か所書かれている。


 正直、近ければどこでもいいな……。

 あ、ここでいいや。


 徒歩5分圏内にある病院を記入して、一枚封筒に入れる。


 もう一枚は、誓約書と題された紙だった。

 色々書いてあるが、要約すると、


『精子もらうけど、いいね?文句ないね?お金は振り込むから、口座書いておいてね?あ、大丈夫よ。もし勃たたなくても、きちんと役所や病院に言えばお金は払うから!でもチャレンジはしようね?頑張ろうね?あと、親の承認も得てね?一応言っておくけど、これ、義務だから。違反したら、捕まるから、そこんとこよろしく』


 と言ったものだった。小難しい文章のくせに、言ってることは恐喝である。


 自分の名前と口座番号を書く。


 どうやらこの書類を無視したり、親が隠して提出しなかった場合、行政が介入してきて、下手したら裁判にまで発展する可能性があるらしい。書類に書かれていること全部脅しなんだけど、この国大丈夫か?


 ……さて、後は親の名前と印鑑をもらうのだが……。


 ちょっと、気まずい。


 いや、多分俺だけが気まずいのかもしれない。この間、おっぱいと夜中に連呼していたことを恥ずかしがっているのではない。


 ――――そう、俺、今日、誕生日…祝われて……ない…ッ!


 あの息子大好き母さんから、誕生日を忘れられているのだ。

 夕ご飯はもう済んで、後は寝るだけだね、というところだが、そこまで一度足りともそういった話題は出なかった。

 あまりにいつも通り過ぎて、自分の誕生日を間違えて覚えてしまったのではないかと不安になったほどだ。


 俺は机に置いた保険証を手に取る。

『生年月日:2008年6月3日』

 と印字されている。公的なものなのだから間違いはないはず…。


 いや、別にめちゃくちゃ祝われたい!とかではないのだ。

 決して、さぁて、今日はどんなサプライズがあるのかな…?とわくわくして過ごしていたら、もう歯を磨いていた、という事実に恥ずかしがっているわけでもない…!


 これ、何かありそうじゃない?俺の知らない何かがまたありそうじゃない?


 前の不木崎くんの頃の記憶がないだけに、こういう事態はデリケートに扱わなければならない。

 何も知らずに、転生当初いきなり部屋から出て『あ、ご飯ある?』と言って、母親を号泣させた俺はきちんと学習している。


 まぁ、これは保留でいいか。


 俺は最後の紙を机に置く。

『精役/助成金プラン』と題された紙だ。


 これは簡単に言うと、精子の提出回数/量によって、助成金がアップするコースのようなものだ。

 他にも、学歴、容姿、犯罪歴の有無、社会奉仕活動など様々な加点オプションもある。


 俺の場合は、オプションは……容姿と犯罪歴がないことくらいか…?

 不木崎くんめっちゃイケメンだし…。プラスはされると思う。

 学歴はひきこもり期間もあるし、諦める。

 社会奉仕活動……ってなんだ?ゴミ拾いとかか?どこにも詳細書いてないぞ…不親切な書類だ…。


 オプションは概ね理解したため、次はコース説明に移る。


 大きく、4つのコースがあった。


『Aコース/対象:月3回の精液提出又は5mlの精液提出 助成金額:月300,000円』

『Bコース/対象:月2回の精液提出又は3mlの精液提出 助成金額:月200,000円』

『Cコース/対象:月1回の精液提出又は1mlの精液提出 助成金額:月100,000円』


 正直、程度がわからない。

 月3回の精液提出など1日もあれば欠伸をしててもこなせるものだが、この世界だと薬に頼ったものだ。結構ハードなものなのだろう。男の子の周期というのもよくわかっていない。男の子の情報はやたら閉鎖的で、ネットにもあまり書いていない。病院やら役所やらで講習を受けるらしい。このご時世に口伝である。


 ……この、5mlというのも多いのか少ないのかわからない。俺は一回で何ml出すとか把握しているわけではない。


 そして、最後に一番下に黒い四角に囲まれた、嫌に目立つコースが書かれてあった。

 助成金額はなんと驚愕の1,000,000円!!!!月100万である!年収1,000万円コースだ!


『Sコース/対象:月7回以上の精液提出又は9mlの精液提出 助成金額:月1,000,000円 又、さらに1mlにつき100,000円の補助』


 これ、余裕では?

 一日2回、おはようとおやすみの前にしてしまえば、なんと月収約600万円。

 ただシコって寝るだけで、この国の総理大臣よりも高い月収になる換算である。

 …大丈夫か、この国?

 しかもここから更に顔面オプション等も追加される。月収1,000万円も現実的なのだ。


 何なら俺はこの1か月、一発約10万の精液を、何も考えずにティッシュと共にトイレや風呂場の排水溝に流していることになる。


 ……え?俺1,000万以上トイレに流してない…?

 というか、やっぱり俺この国で無双できるんじゃないの……?


 まぁ、それにしても、上手くはできている。このCコースとかも……高校生とかの年代ならお小遣い感覚で100,000円のコースを選びがちだ。

 薬飲んで出すってキツそうだし、月1回くらいがちょうどいい。さらにはとりあえず出なくても頑張ったら100,000円上げるね!という保証付きも耳障りが良い。


 だが、これは罠だ。


 そうやって若い時に簡単なコースを選択させて、年齢を重ね、貯金のない男の子を量産させる。社会で働くなど男の子ごときにできるはずもなく、自動的に結婚をしなければ死んでしまう男の子予備軍を作り出すという寸法。


 あくどい。この国は色々と切羽詰まっていそうだ。

 まぁ、俺の場合は鼻くそほじりながらでも豪遊できそうだから関係はないが。


 悩んだ結果、Aコースを選んで記入する。


 流石に初めての精役でSコースは勇者すぎる。

 身の程もわからないガキが来たな……と、冒険者ギルドで舐められる勇者みたいなイベントも発生しそうだ。下手したら股間ごと舐められるのがこの世界である。


 うーん、やはり問題はこの薬によって出せる回数や量の平均を知るところからか……。誰か近くに男の友達がいれば…………あ!


 いるじゃないか。全く男の子っぽくないけど、一人。……冬凪先輩が。


 都合が良さそうな時に相談してみよう。俺より1歳年上だから、色々知っていそうだ。


 結論づけた俺は、書類を全て封筒に入れる。

 うん、母さんの承認はまた後日しよう!

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