4、流転
「お前は永遠に私のものだ。心が壊れようとも逃れることは許さぬ」
少女が口を利かなくなってからも、エリザベートは彼女を手放さなかった。今や少女が許しを請うことはないが、それでもこの人形を気に入っていた。人形はいつまでも変わらぬ姿のまま、従順に、拒むことなく主人が望むすべてを差し出し、主人の与えるすべてを受け入れた。
弟たちがエリザベートから逃げ延びていたとしても、すでに彼らが死んでいるであろう年月が経ったことに、少女は気づいているのだろうか。
責め苦が終ることはなかった。
エリザベートは少女を地下牢に連れ込み、鎖で縛りあげた。服を引き裂き、浮いたあばらに爪を這わせると、少女は白い体をびくりと震わせる。声に出すことはなくとも、体は苦痛を覚えているのだ。
心窩のあたりに爪先を当て、ずぶりと体内に挿入する。手首まですっかり収まると、指をしならせ内臓を愛撫した。手をひねり、ゆっくりと臓器をかき混ぜると、少女は虚ろな瞳で天井を仰いだまま激しく痙攣し、血に交じって尿とも腸液ともとれぬ透明な体液を股の下から滴らせた。エリザベートはその様子に満足し、手を引き抜いて血を舐めた。
エリザベートの享楽の日々は、ある時終わりを迎える。
彼女が城に籠っている百年の間に、外の世界は大きく変化していた。かつて瓦解した帝国が信仰の下に再建され、散り散りになった諸侯たちは新王の下に結束した。王は、西の森で怪物が領主を名乗り民を食い物にしている、という噂を聞きつけた。帝国の軍団が民を解放すべく西に攻め入ってきたのは、国王の即位から約半年後のことだった。
エリザベートは百年ぶりの戦に心躍らせ、多くの敵兵を殺した。しかし帝国軍は圧倒的で、殺戮の余韻を味わう間もなく、次々と軍団が領土に押し寄せた。
戦況を決定的に変えたのは帝国軍の砲撃だった。百年前の戦争にはなかった兵器がエリザベートの居城を撃ち抜き、石の塔は崩れ落ちた。帝国軍はここぞとばかりに進軍し、信仰の名のもとに戦った。長く圧政に耐えてきた民衆は反旗を翻し、武器を手に押し寄せて、城門を叩いた。エリザベートの兵は半不死の力を持つとはいえ、数に圧倒され、次々と討たれていった。
城が猛攻を受ける中、エリザベートは砲撃による城の崩落に巻き込まれ、広間の瓦礫に埋もれていた。全身が押しつぶされ、常人であれば死は免れぬほどの怪我を負ったが、彼女は生きていた。
鎧を揺らす足音が近づいてくる。エリザベートは血が滲む視界の端に、落陽を背に受ける帝国騎士の姿を認めた。
「怪物め……神の名のもとに、お前の罪をその命で償わせてやる」
──何を莫迦なことを。
彼女は憤慨したが、声が出ない。喉が潰れていた。
騎士は剣を抜いて、油断なく歩み寄ってくる。逃れようにも四肢のほとんどは骨ごと砕け、形を留めているわずかな部位でさえ、石の重みにぴくりとも動かない。組織は再生し始めているが、騎士の刃が届くのが先だろう。
長い戦いの歴史において数々の負傷を経験したが、どれもエリザベートを殺すには至らなかった。しかし、首を斬られたことはない。首を斬られれば、吸血鬼といえど生きてはいられまい。数世紀ぶりに死の危機に瀕した彼女の脳裏に浮かんだのは、父親から処刑を言い渡された夜の光景だった。
──何故私がこのような理不尽な仕打ちを受けねばならぬ、これは不当だ。
憎悪と怒りが混ざり合った感情を浮かべる彼女の瞳に映ったのは、下僕の少女の姿だった。少女は騎士の後ろに立ち、主人を見下ろしている。
お前も私が憎いのか、私を殺して支配から逃れたいと望んでいるのか、そう問いたかったが言葉は出ない。少女の瞳は虚ろで、いかなる感情も浮かんでいなかった。
騎士は剣を振り上げた。
だがそれが振り下ろされることはなかった。
エリザベートが目にしたのは、騎士の鎧の隙間に、短剣を突き立てる少女の姿だった。
その日、長く民を虐げてきた領主の支配は終った。帝国軍は西に残り、荒れた村々の復興を手伝った。民は多くを奪われてきたが、自由を手にした彼らの瞳には希望の光が浮かんでいた。
すべてが良い方向に向かっていた。
姿を消した元領主の行方を除いては。
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