3、嗜虐

 エリザベートは少女に清潔な衣服と寝床を与えた。大きな衣でも痩せた体を隠すことはできなかったが、身体を洗わせ、くすんだ髪に櫛を入れさせると見違えた。


 少女はよく働いた。朝早くに起き、暖炉の煤を払い、窓を拭き、主人の寝床を整えた。城での奉公などはじめてのことで、失敗して叱責されることも少なくなかった。それでも少女は器量良く仕事を覚え、泣き言のひとつも漏らさなかった。


 少女は名乗っていたかもしれないが、エリザベートにとっては下僕の名など重要ではなかったので、少女を「お前」だとか「下僕」などと呼んだ。


 エリザベートは喉が渇いたとき、あるいは気紛れに少女を呼びつけ、自ら服を脱ぐように命じた。


 少女の小さな背中を鞭で打ち、赤くなった皮膚を爪先で撫でる。痛みと恐怖に逃げ出したくなる衝動を必死にこらえながら身を震わせる少女を見て、エリザベートは嗜虐的な欲求を満たした。それから、力を込めれば折れてしまいそうな細い首筋に牙を突き立て、血を啜るのだった。


 ──下僕はいずれ根を上げて、許しを懇願するだろう、その時は殺してやろう。


 そう思っていたエリザベートは、一行に弱音を吐く様子もなく、懸命に奉仕する少女に苛立ちを募らせる。許しを請うどころか、少女は主人に忠誠心のようなものまで見せ始めている。


 少女の心を挫こうと、エリザベートの責め苦は苛烈さを増していった。エリザベートは少女を地下牢に監禁し、大人の男でも殺してくれと泣き叫ぶような拷問の数々を行った。


 少女を磔にし、手足を針で貫いた後、エリザベートは甘い声で囁いた。


「お前が泣いて許しを請い、代わりに弟妹の命を差し出すと言うならば、この責め苦を終わらせてやろう」


「弟と妹の代わりに、お前の命は助けてやろう」


 孔の空いた肺から、少女はかすれた声を絞り出して言った。


「……お仕え、します。お傍を離れず……お仕え……」


 エリザベートは激昂した。家族を守るため、自らの命を投げ打つ者などいてはならない。


 気づいたときには、少女の身体を引き裂いていた。薄い肉は削がれ、白い骨が露出し、足元には血だまりができていた。少女の目から光が失われようとしていた。

 

 少女は最後まで家族を守り、清い心を守り、そして死んでいこうとしている。エリザベートにとって、それは自らの人生の虚無感を肯定することに等しい。そんなことは許せなかった。

 

 死にゆく少女を前にして、エリザベートの脳裏にある考えが浮かんだ。前から考えていたものの、これまで実行する機会のなかった試み。エリザベートの血を嗅いだ生物は、攻撃的になり、主人には及ばずとも頑健な身体と治癒力を得た。ならば、直接血を口にした者はどうなるのか。


 エリザベートはその思い付きを試してみることにした。


 少女が目を覚ましたのは翌朝のことで、その頃には体はすっかり元通りに治っていた。少女は自分の身に起きたことが理解できず困惑し、エリザベートをその様子を見て満足した。成功したのだ。


 治癒の速度から見て、生命力は主人に及ばずとも十分だった。エリザベートは決して壊れることのない人形を手に入れたのだ。これこそが求めていたものだった。


 少女への責め苦は、常人であれば殺してしまうような過酷なものに変わった。胸を潰し、胎に孔を開けても少女は死ななかった。エリザベートの血を飲ませてやれば、翌日には治癒する。身体は癒えても痛みは消えず、責め立てられる度に少女は悲鳴を上げた。何度も喉を嗄らして泣き叫んだが、それもすぐに治癒した。


 少女が自らの身体の変化を理解するにはしばらくかかった。腹を裂かれ、零れ落ちる臓物を戻そうと必死にかき集めるさまはあまりに惨めで、これほどの苦痛を受けながら死ぬことも許されないと気づいた時の少女の表情に、エリザベートの陰惨な欲望は絶頂を迎えた。


 三月に一度、エリザベートは少女に血を与えた。自らの腕を手首から肘にかけて爪で裂き、下僕を跪かせて滴る血を舐めさせた。一滴でも零せば厳しく仕置きされるので、少女は必死に、丹念に舐め上げた。吸血鬼の血には口にした者を恍惚とさせる作用がある。少女は浅ましくも主人の腕に舌を這わせながら淫靡な表情を浮かべた。そのさまを見てエリザベートは欲望を膨らませるのだった。


 ある時は少女の四肢を捥いで、特別に作らせた短い鉄製の義肢を着けさせた。ひと月の間、義肢を着けたまま、犬のように這って生活することを命じた。鉄の義肢は、再生しようとする手足を妨げた。その間少女は、吸血鬼の身体が再生する際に生じる特有の“痒み”に悩まされた。少女は痒みに耐え兼ね、壁や調度品に惨めに手足をこすりつけた。痒みは次第に悶絶するほどの痛みに変わった。叫び声があまりに煩いので、轡を着けさせた。エリザベートは苦痛にすすり泣く下僕の姿に興奮して、獣のように覆いかぶさって血を啜るのだった。


 どんな責め苦を受けようとも少女は、決して許しを請わず、弟妹を差し出そうとはしなかった。自分があらゆる苦痛を引き受ければ、弟と妹は平穏無事に暮らせるのだと信じて。


 ──何と滑稽な。


 エリザベートは少女を内心で嘲笑った。彼女が守ろうしている弟妹は、はじめて少女に血を与えた日に、引き裂いて狼たちに食わせてしまっていた。






 少女を下僕として迎えてから多くの年月が過ぎた。血を与えられた少女は主人と同様に老いることなく、病で死ぬこともなかった。身体は成長することなく、森に逃れようとした時から変わらない、小さな少女のままだった。


 その身に余る責め苦を受け続けながらも、少女は許しを請うことなく、やがて言葉を発することもなくなった。

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