5 死

 二股に分かれた道の北側は、土山村に向かう道。


 北西側は、吉田村に向かう道。


 大枠ではどちらも、リンナバラに続いている道だ。


 土山村は、吉田村よりも規模が小さい。武芸硬貨の判定人もあまり強くはなかった。突破できる可能性は土山村が一番高い。なるべく街道を避けて、土山村方面へ逃げることにした。




 雨はまだ降り続いている。


 襲撃の際に味方してくれたこの雨が、今度は、体力を奪う敵として立ちはだかっている。


 道行きは遅々ちちとして進まない。久瀬は、護衛官の最後のあがきで右ふとももをざっくりとやられてしまい、鈴李を背負うことができない。そして鈴李の方も怪我だらけなうえ、護衛官たちに無理やり歩かされたため、足の怪我がずいぶん悪化しているようだった。


 久瀬と鈴李は、天候が回復することを祈りながら、一歩一歩、ぬかるんだ道を踏みしめていくことしかできなかった。


 けれど無情にも祈りは通じない。濡れた体は震え続ける。雨のせいで傷口が乾かず、護衛官の制服を破いて血止めにしただけの太ももの傷から、血がにじんで止まらない。痛みも強くなっていく一方だった。


「わたしたち、このまま死んじゃうのかな」


 寒さと痛みで真っ白な顔をした鈴李がつぶやいた言葉を、久瀬は笑い飛ばしたり否定したりできなかった。


「でもさ、おにーさんと一緒なら、怖くないかも」


「俺はお前と一緒でも怖い」


「もー、そこは頷くところでしょ。雰囲気ないなあ」


 唇や口内の痛みをこらえながらの、震え声かすれ声の空元気は、どこか痛々しい。それでも、ずっと押し黙って、暗い顔で死への行進を続けるよりはずいぶんよかった。


「もし無事だったら何がしたい?」


「わたしはその質問の方が怖いよ」


「俺はただひたすら寝たい」


「夢がない」


「お前は?」


「わたしは……お母さんのところに……工房に戻りたいな」


 鈴李が小さな声で言った。


「いい人たちだもんな」


「あはは……でも、もう戻れないんだった」


 鈴李のつぶやきから、また、会話が途絶え、ひたすら歩くだけになった。




「そこのお嬢さん」


 ひたすら歩き続ける中、進んでいる道の先から声が聞こえて、久瀬と鈴李は顔を上げた。


 ふたりはお目付け役人の白い仕事服を着た4人を視界にとらえ、この短い逃亡の旅が終わりを告げたことを知った。


「僕たちは炉地村の護衛官の救難信号を受け取って、土山村からわざわざやってきたんだけど」


 リーダー格と思しき男がしゃべっている。


「護衛官を襲った殺人鬼って、お嬢さんの隣のそれかな?」


 久瀬は、寒さに震える体で、鈴李より一歩前に出た。


 護衛官から奪った刀を、ベルトに刺さったさやから抜く。


 刀を奪われていることは予想していたのか、4人のお目付け役人の間合いは遠い。


 リーダー格と思しき男は、久瀬を見るとせせら笑った。


「かっこいいねえ。殺人鬼くん」


「黙れ」


「誰に向かって口をきいている? 刃物なんぞ振り回していい気になりやがって。蛮族が」


「蛮族かどうか、試してみるか?」


「試すまでもない」


 お目付け役人は、見たことのない武器を懐から取り出した。その小型の機械がなんなのか見つめていたら、パン、と、いやに軽い音がして、同時に、左胸に痛みが走った。


「ん……」


 おそるおそる左胸に手をやると、血が、まとわりついてきていた。鼓動のたびに、血が、傷口からあふれてくる。


「銃を見るのは初めてだったか?」


 勝ち誇った顔でそう笑う敵の言葉に、久瀬は、答えるすべをもたなかった。


 痛みに、その場にうずくまる。必死に胸を押さえるが、血が、指の隙間をぬって次々に零れ落ちていく。止まらない。


「おにーさん!! おにーさん!! いや……いやだああああッ!」


「うるさいガキもバイバイ」


 また乾いた音がした、今度は2発。


 音と同時に、自分の背を気づかわしげに撫でていたはずの鈴李が、地面にうつぶせに倒れ込んだ。


 彼女の頭は割れ、中身がこぼれだしている。


「はは……」


 遠ざかっていく意識の中で、久瀬は自嘲の笑みをこぼした。


 ――俺なんて、こんなもんか。








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