2章 話し始めた戦闘人形
1 鈴李の工場
翌朝、身支度をしていると、宿の部屋をノックする音がした。
裸の上半身に武道服を身に着けるところだったが、返事をする前に引き戸が開き、隙間から、キャミソール姿の鈴李が顔をのぞかせる。
「ごめんおにーさん。すっかり伝えるの忘れてたんだけど、きのう、吉田村の工房から、新しい木刀が届いてたよ」
「わかった」
木刀は、前の木刀が戦闘人形に跡形もなく粉砕されたあと、鈴李を通して工房に注文していた。ここの工房では木刀を扱っていないようだったので、隣の吉田村の工房に注文してもらっていたのだ。
「一緒に取りに行く? 後にする?」
「一緒に行くよ」
木刀を納めていたベルトを久々に巻き、旅の荷が入ったかごを背負って、部屋を出る。
受付台でいつものふかし芋と干し肉を手に取り、宿を出た。
干し肉をかじりながら表通りを歩く。村全体が目覚めるにはまだ少しだけ早い。腰の曲がった老農夫や、川魚を
だいぶこの村に
それだけで少し楽しい。
歩きながら干し肉とふかし芋を食べ終えると、
「ね、ね。さっきちらっと見えたけど、おにーさんの筋肉すごいね」
鈴李が久瀬の腹のあたりをぽんぽん叩いてきた。
「一応武芸者なんでね」
「本当に武芸硬貨の収集家じゃなかったんだ」
「さすがにそこは信じてくれ」
「だっておにーさん、村に初めて来たとき、戦闘人形に一瞬でボコボコにされてたんだもん」
「見てたのかよ」
「隣村へのお使いの帰りにね。おにーさんが木刀振っても全然当たらなくて、戦闘人形のほうは腕を適当に突き出してるだけで終わってた。大人と赤ん坊みたいだった」
「あれはあいつが強すぎるだけ」
「あはは。村にいると、あの人形の強さが普通だって思っちゃうのかな」
「城下に入ったことはなくても、これだけは言い切れる。あんなバケモン、城下にもいない」
適当に話しているうちに、工房の前まで来ていた。
木造1階建ての工房は、この村の規模にしてはとても立派だ。
通りから見える手前が一般向けの販売所。食器、包丁、荷カゴなどの生活用品から、クワやスキやモリ、ノミやノコギリや荷車など仕事で使うものの展示販売がされている。
奥が職人たちの仕事場になっている。
鈴李が、販売所の近くの大きな木箱に近寄っていき、蓋を開けて木刀を取り出した。
久瀬は受け取って腰のベルトに差して、代金を払う。輸送費が上乗せされているからやや割高だ。
「まいどあり~」
鈴李が硬貨を鍵付きの売り上げ箱にしまった。これが終わったらそのまま仕事に取り掛かるのだろう。
販売所の奥では鉄の響き合うけたたましい音や、職人の騒がしい声が聞こえる。興味が惹かれる活気だ。
「ひとまわりしてみてもいいか? 俺の村じゃこういうの、見たことなくて」
「ん? いいよー」
男が、大汗をかきながら、ごうごうと燃えているレンガ造りの炉に火かき棒を突っ込んでいる。ざりざりと炭の削れる音がする。
「これは邪魔な炭をひっかき出してるの!」
喧騒に負けないように、鈴李がよく通る大声で言う。
「こっちはクワの刃の部分を作ってる。農具はうちの主力商品!」
裏口から、
天秤棒をおろすと、両手で桶のひとつを抱えて駆け出す。駆け寄ったのは、先ほどのクワを作っている男のもとだった。男の近くに桶を置くと、近くにあった桶を逆に抱えて天秤棒のもとまで運んだ。
「あれは冷却用の水を交換してる! 冷やして固めないといけないから!」
鈴李は邪魔にならないように
工房は鍛冶以外も手広くやっているようで、敷地内には、中庭を
「見ての通りかご編みだね。壊れにくいって好評」
「ここは裏の山から取れた木を、板材に加工してるよ!」
「加工した板材で収納箱を作ってるところ!」
鈴李はそれらもめぐりながらひとつひとつ丁寧に説明してくれた。
最後に、敷地の隅にある小さなボロ小屋にたどり着く。
「ここは……」
鈴李は自慢げに腕を広げて、ボロ小屋の入り口を示した。
「わたしの
中は外側からの見た目通り、小屋自体は粗末なもので、広さもない。布団を敷いただけでいっぱいになる宿の部屋と同じくらいだ。床もない。
真ん中にはどっしりとした低い木の台が置いてあって、それを取り囲むように置かれた木の台の上には、完成したおもちゃや道具たちが置いてある。
石造りの台の上には、作りかけの道具と、道具を作るための道具と思しきものたちが置いてある。さっきまで見て回っていたものよりも明らかに
「わたしが作ってる途中で毎回毎回お目付け役に邪魔されるの
「最高のおやっさんじゃねーか」
「そうなんだよー。こんなことしてくれる工房長、なかなかいないよね、たぶん!」
「いないいない。その台に乗ってる細かい部品が集まって、このあいだ言ってたやつになるのか?」
「お。するどい。最初は工房長たちに見せようと思ってたけど……。ま、おにーさんならいっかー」
言いながら、鈴李は納屋に入っていく。
台の前にあぐらをかいた鈴李は、
並んで座る広さはないので、久瀬は立ったまま、鈴李の肩越しに台をのぞきこんだ。
「これが前に言ってた歯車だよ」
鈴李は、見たことのない――鳥のくちばしのような――道具の先端で、小さな部品をはさんで、つまみあげた。歯車、というものがあのときはいまいち理解できなかったが、実際に見てみると、たしかに荷車の車輪に似ていて、外側はぎざぎざだ。
鈴李はそれよりもさらに小さな部品を拾い上げる。
「こっちはネジ。部品が動かないように固定するやつね」
「これはゼンマイ。これがないとこの装置は動かない」
紹介される部品の数々を見て、久瀬は感嘆の声を上げた。
「お前……すごいな。そんなちっこいもんを組み合わせてモノ作ってんのかよ」
「でしょでしょー。もっと褒めて」
称賛を素直に受け取った鈴李は、
「じゃあ最後に、何作ってるか教えてあげる。て言っても、おにーさんは前に話したときに、もう当ててたけどね」
裏返しにされていた丸い鉄をひっくり返すと、表には、1から12までの数字が刻まれていた。それぞれの村にある時計台と、全く一緒の配置だ。
「今ってさ、お目付け役の建物にある時計台でしか、時間を知る手段がないでしょ。でも、村の外を行き来して仕事をしてる人たちにとったらさ、時間が分かんないのってすごく不安じゃない? 旅の時間配分を間違えて、約束した日に間に合わなかったり、何かの機会を逃すこともあるわけだし。みんなずっと時計台に張り付いていられるわけじゃないから、身近に時計があったら、もっといい感じに仕事や取引ができるようになると思う」
「話が壮大すぎていまいちピンとこねーなあ」
「あはは。今のは、完成品を親方に売り込むための建前だからね」
「本音は?」
「わたしの作った道具をみんなが喜んで使ってくれる。それって最高じゃない?」
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