6 塔見の調査

 昨日の今日で戦闘人形のもとに行く気にもなれず、宿の裏庭、井戸のそばで素振りを十回ほどしてみた。自分でも全く身が入っていないのがわかって、途中でやめた。


 井戸の縁に座り、ぼんやりと空を見上げる。きょうはオレンジと紫のグラデーションだ。


「たそがれてますねえ」


 作業着を着ている優男やさおとこ――塔見がやってきて、縄を引っ張り井戸から桶を引き上げていく。


「お前、いつまでいるんだ? もう半月経ったぞ」

「その言葉、そっくりお返しします」

「俺は……あれだよ。戦闘人形に兵法を教えてもらうまでは、いるんだよ、ここに」

「どんどん声が小さくなってますよ。戦闘人形に相手にされてないんですね」


 痛いところを突かれて、言葉に詰まる。


「そういうお前はどうなんだよ。調べ事が進んでないから、まだここにいるんだろ」

 塔見はうなずいた。

「そうなんですよ。旧時代の面白いものをいくつか見つけてしまって、ここから動けないんです」

「旧時代の?」

「お暇でしたら、一緒に行ってみませんか。いや、違いますね。どうせお暇なのですから、一緒に行きましょう」

「わざわざ言い直すな」


 けれど旧時代のものと言われては足を向けないわけにはいかない。戦闘人形の謎を解き明かすヒントになるかもしれない。




 塔見は書生風の言動に似合わず、山登りに慣れていた。おいしげる木々をかきわけ、一切の迷いなく道なき道を進む。けもの道をって行かなければならない場所や、少しでも間違えば滑落かつらくしそうな苔むした岩の上も軽々と越えていく。ついていくのは、鍛えている久瀬でもなかなか厳しいものがあった。


 小さな滝が右手にある小さな崖を、ロープを垂らしてくだり、沢に降りていく。水に濡れるのもいとわず、ざぶざぶと進んでいく塔見に続いて対岸に渡ると、木々によって隠れた天然の洞穴どうけつが見えてきた。高さ1メートルあるかないかの小さな入口が、不気味に口を開けている。


「ちょっと待っていてくださいね。持ってきますから」


 塔見はそういうと、背負っていたカゴを下ろして、その中から、小ぶりのたいまつを取り出した。マッチで火をつけ、たいまつを右手に持ち、洞窟を背にうつぶせになると、足から中に入っていった。あのやせっぽっちの体のどこにこんなエネルギーが隠れているのか。久瀬はこの村に来てから、驚かされてばかりいる。


 沢に流れ込む滝の音と、耳元を行ったり来たりする羽虫の音、鳥の鳴き声、風で木々の擦れる音。山で迷ったら沢に降りるなと言っていたのは爺さんだったか。本当にここから帰れるのか。心細くなってきたころ、ようやく塔見が戻ってきた。右手にたいまつ、左手に分厚い鉄の箱がひとつ。


「たいまつを持っていていただけますか」


 言われたとおりに持つと、塔見は鉄の箱の中から一冊の分厚い本を取り出した。

 赤黒くい森の中で、火もなしに本は読めない。本や塔見や自分の頭を燃やさないように気を付けながら、なるべく限界までたいまつを近づける。


「われわれの体にまとわりついているこのよくわからないものたちのことを、われわれは『害光がいこう』と呼んでいますよね」

「あー、体にぴったり重なってる変なやつな。これをいじって一部でも体から離すと何が起こるかわからないから、神罰の対象なんだっけか」

「ところがこのページ、右下の図を見てください」


 塔見が指で押さえているページに目を凝らすと、たしかに図があった。

 その図は、立った人間がものを指すように人差し指を突き出し、その指先から、害光のようなものを飛ばして、宙に浮いている長方形の紙にくっつけていた。

 害光がまとわりついた光る紙の隣に、紙の変化を示すような矢印が書いてあり、そこで紙は大きな炎に置き換わっていた。


「明らかに害光が作用して、紙が炎にかわっています。つまりこの光は、使いようによっては……」


 そこまで聞いて、久瀬は慌てて本から離れた。

 聞いてはいけないものを聞いている。

 とにかくそれだけを察して、久瀬は


「いい、いい。その先は言わなくていい!」


 塔見を止めた。


「なんでその本を持ってさっさとこの村をたねえ? お前にとったら生涯しょうがいの宝だろ、その本」

「安全に隠せる場所がないからですよ」


 塔見はこともなげに答えた。


「それにこの本、僕はなんだか、持ち主がいるような気がしてならないんです。いくら鉄の箱に入っていようが、こんな湿気だらけのところに何十年と置いていたら、紙の本なんてボッロボロですよ。僕の考えでは、この本は定期的に移動されているんです」

「誰がそんなことするんだよ」


 自分で言ってすぐに、自分で気づいた。


「そう」


 塔見が芝居がかった調子で指をさしてくる。


「戦闘人形! てことはつまり」

「人形の尋常ではない強さの秘密は、この害光の使い方にあるのではないでしょうか」

「うおおおお、お前、天才じゃねえか!」


 たいまつを持ってないほうの右手でバシバシと塔見の肩をたたくと、塔見はまんざらでもない顔でほほ笑んだ。


「そうなんです。僕、天才なんです」

「お前はもうそれでいい! じゃあ俺もこの害光の力をお……ぼえ……たら」


 またしても久瀬は、自分で言って自分で気づいた。

 瞬く間に喜びが失せていく。


「おい、害光なんて使ったら、神罰の対象だろ!」

「そうなんですよねー。僕はもう、すぐに試したくてうずうずしてるんですけど。ほらほら、今にも体から害光さんが離れそうに」


 害光の一部が塔見の体から少し浮き上がって見える。

 久瀬は平手で塔見の頭をたたいた。


「やめろ」

「いたーい」


 気色悪い裏声で塔見がうめいて、本を鉄の箱にしまった。


「とにかく情報、助かった。研究の足しにしろ」


 久瀬は懐に入れていた袋から、路銀の一部、200ゴールドを取り出した。宿代4日分だ。


「お。これは助かります。ありがとう」


 塔見は、珍しく本当に嬉しそうな顔を見せた。


「追加でいいことを教えてあげましょう。中に最近使われた油皿が残っていました。張っていれば戻ってくるかもしれません」


 塔見が鉄の箱を差し出してきたので、受け取った。


「僕は路銀節約と研究のためにしばらく山をうろつきますので、ここにいてくだされば3日後くらいに迎えに来ます」

「わかった。お前に置いていかれたら俺は死ぬから、絶対に迎えに来いよ」


 塔見が楽しそうに笑い、山の中へ向かって歩き出した。


「戦闘人形の調査、頑張ってくださいね。僕、ひねくれたバカは嫌いですけど、素直なバカはそんなに嫌いじゃないんですよ」

「バカはお互い様だバーカ」














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