4 再戦
ときおり村の力仕事や雑用をこなして路銀をつぎ足しながら、久瀬はいまだ、戦闘人形と意思を通わせる糸口を見つけられずにいた。
素振りや足腰の強化などの基礎鍛錬は
なにかを使って同じ土俵に引きずり降ろされなければいけない。
久瀬は、唯一戦闘人形が反応を示す、鐘の音を使うことにした。
逗留15日目。午前中の一切を休養に当て、正午が近づいたところで、門に向かった。
久瀬は戦闘人形が立ち上がる範囲のぎりぎり外側で、戦闘人形の正面に立ち、木刀を向けながら、正午を静かに待った。
これからするのは相手の弱みに付け込んで勝ちを狙う卑怯な手だが、実際の戦場では相手が本領発揮できない状態で戦うこともある。久瀬はあまり『正々堂々お立合い』にはこだわっていなかった。
「立ち合い、してもらえるか」
戦闘人形が立ち上がった。
久瀬は、きょう鐘の音を鳴らす当番の青年に、いつもの3回より10回多く、しかもゆっくり鳴らすように頼んでいた。
ゴゥゥ……ン。
来た!
目を閉じ、気を研いでいた久瀬は、両耳をおさえ始めた戦闘人形に、上段から斬りかかった。
戦闘人形は耳から手を放し、後ろに下がって木刀を避けた。けれど初めて相対したときのような余裕はみじんもない。
ゴゥゥ……ン。
戦闘人形の目が険しくなる。久瀬は
上段の連打、連打、連打。ときおりの返し打ち。
ゴゥゥ……ン。
胴はらい、下からの切り上げ。
いつもならここで鐘の音は終わる。戦闘人形が拳を構え、反撃の一発をぶつけてこようとする。けれど戦闘人形は4回目があることを知らない。木刀を中段に構え、一気に前に押し出す!
ゴゥゥ……ン。
これまで見せていなかった突きと、鐘の鳴ったタイミングがぴったりと重なり、戦闘人形の肩口に強烈な木刀の突きが入った。さすがの戦闘人形もよろめく。
――ここしかない!
木刀をすぐさま引き戻し、全霊の力を腕に込め、ただただ力を込めて、戦闘人形の頭上から振り下ろす。
ゴゥゥ……ン。
勝ったという確信したはずなのに、そこには手に残るはずの感触がなく、代わりに戦闘人形の右手が久瀬の首をつかんでいた。振り下ろした木刀の半分から先は、戦闘人形をとらえることなく粉々に砕け散っている。
徐々に首をつかでくる力が強くなる。小柄な体格に似合わない力で、首が押しつぶされていく。久瀬の喉からは、自分のものとは思えない気味の悪い音がもれでて、体が自分の意志とは関係なく助けを求めてばたつく。戦闘人形は意に介さずただゆっくりと久瀬の命を絞っていく。
憎悪を隠そうともしない目。
戦闘人形を通して何かに触れた久瀬の体は、一気に大量の冷や汗を噴き出させ、主に命の危機を知らせてきた。やや遅れて全身に震えがやってきて、あたたかな気候の中で、ガチガチと歯をかみ合わせることしかできなくなった。
「鐘の音だけは使うな」
はじめて聞いた戦闘人形の声は、想像していた低い男の声とは違う、静かな女の声だった。
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