2 食べ物は大切に

 いつの間にか眠りに落ちていた体を起こす。静かに戸を開け、廊下を歩く。受付台には皿が3つあり、それぞれの皿には干し肉と大きなふかし芋がひとつずつ載せられていた。ずうずうしい人間が勝手に上がり込んで食べてしまいそうなものだけれど、ここまで無造作に置いてあるということは、この村はそこまで食料に困っていないらしい。辺境にしてはなかなか豊かだ。


 1皿取って、ふかし芋をかじりながら表に出る。すると通りからすすまみれの格好をしたショートヘアーの少女が、何かの工具を手に持ったまま走ってきて、久瀬と入れ違いに宿へと入っていった。年の頃は12、3だろうか。その歳での下働きは特に珍しくない。


「おかあさーん!!! もらってくねー!!!」


 干し肉を口に運んでいると後ろから、気持ちのいい大声が聞こえてきて、煤だらけの少女はまた久瀬の隣を駆け抜け、手に皿を持ったまま通りを引き返していった。この宿の主人の娘なのだろうか。


 走り去る背中をぼんやり眺めながら、特においしくもまずくもないふかし芋をボソボソほおばる。干し肉を手に持ち、受付台に皿を戻した。



 お目当ての戦闘人形は、はじめて勝負を挑んだときと変わらず、門柱に背を預けて地面に座っていた。


 門の真ん中を貫いて隣村とつながる道があり、久瀬はそこを歩いてきた。道の両脇にはただ山が広がっているだけ。昨日は近くの茶屋で結構な時間を潰してしまったが、そのあいだ、門から村を出入りする人間はひとりもいなかった。村の中には生活用の小さな道がいくつかあるから、そこから農作業や、漁や、木をりに向かったりしているのかもしれない。


 久瀬の気配を察した戦闘人形が、こちらを見ずに立ち上がる。そして鋭い目を向けてくる。久瀬は思わず半歩下がった。

 黒い頭巾で目以外を隠し、両手に革手袋、熊の毛皮に黒ズボン。格好は昨日と変わらない。

 背はそこまで高くなく、久瀬の方が頭一つ半くらいは高い。だというのにこの威圧感。


「待った。今日は勝負じゃない」


 言うと、戦闘人形は何も言わずに座り直した。

 人形というが、言葉が通じているように見える。それとも、殺気のようなものにただ反応しているだけなのか。


「干し肉食うか?」


 右手に持ったものを示してみるが、何も反応がない。


 久瀬はめげずにしゃがみ、干し肉を戦闘人形の目の前に差し出す。それでも無反応。


 いたずら心がうずいて、干し肉をそのまま戦闘人形の、鼻があるあたりに軽くくっつけて見た。


 戦闘人形はゆっくりと干し肉に触れ、久瀬の手から、信じられない腕力でそれをひったくった。干し肉がちぎれ、バランスを崩した久瀬はしりもちをついた。


 戦闘人形は干し肉を持ったまま静かに立ち上がる。


「お、怒るなよ……」


 後ずさると、戦闘人形は手に持った干し肉を差し出す。


「怒ってないのか? 本当か?」


 尋ねても反応はない。

 久瀬はおそるおそる前に出て、その干し肉を受け取ろうとした。同時に手首を引かれ前のめりになる。バランスを崩したところで、ねじり倒され、うつぶせににおさえつけられる。腰を膝で押さえられ、両手を後ろに引かれて身動きが取れなくなった。


「わ、悪かったって……ちょっと悪ふざけ……」


 弁解しようと肩越しに振り返ると、そのまま口に干し肉を突っ込まれた。革手袋の指先でぐいぐい押し込まれ、久瀬はどうにか噛んで肉を小さくしようとしたが、結局えずいた。そこでようやく、戦闘人形は背中からどいて離れてくれた。


 久瀬は涙目になり、せきこみながら地面に手をついて立ち上がる。服についた土ぼこりを払っていると、こちらを見ている戦闘人形が指で地面を指した。


 土だらけになった干し肉が地面に落ちていた。


「え?」


 戦闘人形はずっと干し肉を指し示し続けている。


「食えってこと?」


 反応はない。

 逃げようと村側に一歩踏み出すと、逃げ道をふさぐように戦闘人形も一歩踏み出す。


「た、食べます……」


 久瀬は観念して、地面に落ちた干し肉を拾って口に運んだ。

 ……とてつもなく不味い。










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