3 リンナバラの大規模魔術
ロジェが
異常な量の魔力波長、といってもバレク連合側に焦りはない。リンナバラが大規模魔術を展開することは当然、予測されていた。いまごろ前線では、既存の大規模魔術すべてに耐性のある球形魔動力結界が、多数準備されていることだろう。
普通に考えれば、敵の切り札による被害を極限まで抑え込めるのだから、負けるはずはない。バレク連合の指導者たちはそう思っているだろう。
けれどリンナバラは、宗教によって魔動力を忌避しているとはいえ、魔動力結界に無意味な攻撃をしかけて時間を浪費するような狂信者集団ではない。絶対になにかしかけてくる。
魔動力研究所の中央棟作戦室では、一定以上のセキュリティアクセス権限をもつすべての人間が集まり、戦況の推移を見守っている。
スクリーンに表示された地図では戦死者の位置が赤丸でリアルタイムに表示され、そして消えていく。最大の激戦区は首都西区の旧王城前だ。
各情報部隊のお偉方まで勢ぞろいで緊迫したやりとりを繰り広げ、担当官たちが通報された魔術波長の分析を進めている。研究者としては功績をあげているものの、戦時は平隊員にすぎない雨衣は、邪魔にならない場所の壁に寄り掛かって、それらを眺めていた。
「いくら押してるって言っても、戦争は戦争だね……」
雨衣の隣で同じように立っている、同僚の女性魔術師・ミンがぽつりとつぶやいた。
「戦死者が結構出ちゃってる」
ミンの視線の先には、バレク連合各地の情報担当官がまとめた報告がリアルタイムで更新されていくスクリーンがあった。
死者610名、負傷者2528名。
行方不明者102名……。
「いまさらだけど、行方不明者102名ってなに」
雨衣は誰に言うともなくこぼした。
「連絡がつかなくて、死んでる可能性が高い兵士のことじゃない?」
「衛星である程度の位置を特定できるのに?」
「たしかに。なんでだろう」
ミンが首を傾げた。
「波長の結果出ました!」
解析担当官が作戦室中に響くように叫んだ。
「今まで見たこともない、複雑な波長の組み合わせです。発信源はリンナバラ首相官邸の地下、対象物は不明ながら、巨大な構築物と思われます」
「魔術波長番号の報告を」
解析担当官の上司がうながす。
「はっ。上層から読み上げていきます。魔術波長12-A11098、魔術波長13-A10983、魔術波長7-A10876……」
数字とアルファベットの羅列が続いていく。
魔術波長をどの物体に、どの順番で、どのような強さで、どの特質をもった機械や人間が重ねるかによって起きることも変わってくる。技術がいくら発達しても、すべての魔術が解き明かせない理由だ。
「12-A11098、13-A10983、7-A10876……はじめのほうだけでもう聞いたことがないね。組み合わせ的には、対象物を再構築する魔法かな」
「ああ、それっぽい」
ミンが頷く。
情報担当官はまだ数字を読み上げ続けている。魔術波長の分析技術が進み細分化されて、数字の桁数が増えている。実際に魔術を使う時はここまで細かい調整は要らない。端末でいくらでも記録と効果の照合ができるのだから、この無駄な報告はいい加減、廃止したほうがいい。
分析担当官の息が上がり声が少し枯れ始めたところで、作戦室の室長が横から報告を打ち切らせた。各情報部隊の隊長と、雨衣の上司である魔術師長を呼び寄せ、相談を始めた。
スクリーンの右側で、赤丸が増えはじめたのが目に入った。激戦区だった旧王城前ではない。中央区の守備隊を南から攻めていた部隊のものだ。
途端、感じたことのない悪寒が雨衣の背に走る。体が震えて鳥肌が立ち、思わずミンの方を向き直る。彼女もまた、不安げに雨衣のほうを見つめていた。
警戒アラートが、すべての端末から鳴り響いた。静かに、部屋が揺れ始める。揺れが徐々に徐々に大きくなる。机に置かれた情報端末たちがカタカタと揺れ始め、大きな横揺れが始まった。雨衣は踏ん張ったが、ミンはよろめいて腰を落としてしまった。そのミンをめがけて、固定されていない椅子と机が、凶器のように飛んでいく。雨衣は手をかざし、無機物にのみ作用する位置固定魔術を使って、椅子と机をその場に押しとどめた。
揺れが収まってから、
「リンナバラ、大規模魔術を発動した模様!」
分析担当官がわかりきっていることを言った。
問題はその大規模魔術の内容だ。リンナバラの首都からここまで、直線距離で1500キロ以上は離れている。その距離にまで大きな地震を起こすエネルギー。間違いなく人類史に残る大規模魔術を、リンナバラは使った。
兵士の戦死を知らせる赤丸が、リンナバラ全土で一斉に点滅を始める。
直後、スクリーンから、すべての情報が消えた。
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