第23話 凛の想いと獅童の想い

 月がとっても綺麗な夜だった。

 城の南門を抜けた二人は、南の森へゆっくり歩いて行く。


「お前に見せたいものがある」


 獅童しどうはそう言いりんの少し前を歩く。どの位歩いただろうか? 森は急に開け、そこに湖が現れた。

 湖面には月が映っていて、周りには蛍のような小さな光がふわふわ飛び、とても幻想的で美しい表情をみせている。


「うわぁ~綺麗…」


 獅童しどうはそっとりんの手を取り、倒れた古木を椅子代わりにりんを導く。


 りんが湖面に手を伸ばすと、水はとても綺麗でりんの指先を中心に弧を描く。湖面はゆらゆら揺れて、周りの光を集め美しく揺らいでいた。


「この湖は、人間界と繋がってる」

「えっ?」

「おいで」


 獅童しどうりんを呼び寄せ、水面をじーっと眺める。だからりん獅童しどうの隣で、ドキドキしながら湖面を見つめた。


―― 人間界に繋がっている? 帰れるの? 私は…帰りたいの?


 すると湖面に映った獅童しどうの周りに、しわ皺の老婆が現れた。


「つ、つむぎさま?」


 そう、湖面に映っているのはりんを神の国に送り出してくれたつむぎさまだったのだ。


―― えっ? 何で? えっ? なになに? あれ? ね、寝た?


 湖面のつむぎさまが寝たかと思うと湖が詠う様に波打ち、小さな光が一か所に集まって束となり、やがて人の形が現れた。


獅童しどうさま。むやみに人を呼びつけるものではありませんぞ」

「あはは。相変わらずだな。すまぬ。ちと話がしたくてな」


―― えっ? えっ? 光がしゃべった?


 さすがのりんも、この光景には驚きを隠せない。そんなりんを面白そうに見ている獅童しどうがいた。


獅童しどうさまもお人が悪い。なぜりんがここに?」

「いや~、つむぎも会いたいのではないかと思ってな」

「えっ? つむぎさま?」


 光の人型はコクっと頷く。人間界にいたつむぎさまと違って、髪が長く若い女性のシルエットをしている。まるで湖の妖精のようだ。


「なぜここにおる? 人間界の事は気にしてはならぬと言ったのに」


 連れてこられただけであって、りんが望んだわけではない。そのことを知らないつむぎさまは少し寂しそうに首をかしげてりんを見ていた。


つむぎ。俺が連れてきたんだ。そう怒るな」

「なんと! 悪趣味なお方だ。で? 何用じゃ?」

りんが人間界に戻りたいのであれば、希望を叶えたいと思ってな」


 りん獅童しどうの言葉に慌てて抗議する。


「ちょっと待ってください! 私は帰りたいと望んではおりません」

「そうじゃ。獅童しどうさまはアホなことを。女子おなごの心をもて遊ぶではない! 用がないなら帰るぞ」

「ちょっと待ってくれ。聞きたいことがある」

「なんじゃ?」


 獅童しどうは胡坐をかき座り込む。長期戦覚悟の寛ぎ方だ。


「そっちに、陶芸をたしなむ者がいるだろ?」

弥勒みろくのことか?」


―― 弥勒みろくさま!?


「それがどうした?」


 光のつむぎさまがりんをちらっと見るから、りんもドキっとする。淡い恋心を見透かされた様な気がしたのだ。


弥勒みろくというのか…。なかなかいい腕をしている。おそらく窯の神がついているのだろう。今度そやつに遊びにくるように言ってくれ」

「あぁ~わかった。それだけか?」


 獅童しどうりんをまっすぐ見つめ、こう続けた。


りん。戻るなら今だ。つむぎが導いてくれるだろう」

獅童しどうさま…」


―― 獅童しどうさまは、どう思っているの? 私では役不足なの?


「……獅童しどうさまは、どう思われていらっしゃるのですか?」


 りんは唇を噛みしめやっとの事で言葉を絞り出す。そんなりんを少し困った顔で獅童しどうは見つめていた。



「人間は、限りある命の中で一生懸命輝きを求め歩き続ける生き物。俺たち神はお前が思っているような綺麗なモノばかりではない。これからは兄弟で大神ばっかすの座を争うことになる」

「そんなことを聞いているのではありません。私という人間をお側に置いておきたいのか否かをお聞きしているのです!」


 りんは大粒の涙をポロポロ流し叫んだ。今まで不安に思っていたことをぶつけるかのようだ。

 そんなりんの迫力に獅童しどうつむぎさまも一瞬たじろく。


「えっ? えっと……」

獅童しどうさま、しっかりしなされ」


 獅童しどうは泣きじゃくるりんに向かって姿勢を正す。


りん。泣かないでくれ。どうしていいか分からなくなる」

「ご、ごめんなさいっ…」


 獅童しどうりんの手にそっと手を添える。


「すまない。俺は…お前が幸せであれば良いのだ。それが人間界で成せるのであれば、そうするのが正しいと思う。例え人間界にいようとも、俺はお前を全力で慈しむことを約束する。お前の愛するもの全てを守ろう」


 りんは目をぱちくりしながら、獅童しどうの告白を聞いた。


「あのぉ~…。おっしゃっている意味が分かりません」


「あぁ~、くそっ。もぉ~っ面倒くせぇ~っ。」


 獅童しどうはぐいっとりんを引き寄せ、ぎゅっと抱き締めた。


「これなら分かるか? 俺はお前を……愛してる……。お前の笑顔が一番大事なんだ」


 獅童しどうの言葉が、優しさと幸せとなりりんを包み込む。

 りんはそのまま幸せを噛みしめるように獅童しどうに身を任せた。


 このまま時が止まってくれればいいのにとさえ思って。

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