神の国の生活:獅童と二人

第22話 二人だけの晩酌

「これはなんだ?」


 獅童しどう雷狐らいこから受け取ったのは一通の手紙だった。


りんさまが、先ほど獅童しどうさまに渡して欲しいと」

「ふむ」

「読まれないのですか?」

「何か良からぬ気を感じる」


 雷狐らいこは苦笑いするしかなかった。


雷狐らいこ、覗くなよ。記録も不要だ」

「かしこまりました」


 やれやれ、世話が焼けますのぉ~。と雷狐らいこ獅童しどうに背を向けた。


『親愛なる獅童しどうさま

 本日夕刻、りんの部屋にてお待ちしております。必ずお一人で来られますようお願いいたします。りん


「なんだ? これは…恋文なのか?」


獅童しどうさま、これは喜ばしいご招待! 心して伺うべきですぞ。何か手土産を考えませんと」

「な、この文章から色恋を想像せよと言うのか?」

「はい! まさにでございます。獅童しどうさまがりんさまとその…こほんっ」

「何だ?」

「世継を…と言うことではないかと」

「!!」


 獅童しどうは耳を真っ赤にし、尻尾は毛を逆立てたままピンとしている。

 そんな獅童しどう雷狐らいこは暖かく見守るのだった。



※ ※ ※


 ここはりんの部屋。


 初めての二人だけの晩酌。横にならんで月を見ながらお酒を酌み交わす。ただそれだけで穏やかな時間が流れているように見える。が、当事者はそわそわしていて話が進まない。やっぱり雷狐らいこに同席してもらった方が良かったかもしれない。などと思う二人。


 雷狐らいこから、日頃の感謝をまずは優しくお伝えすること! と圧力を受けた獅童しどうは、唐突にぶっきらぼうに、それでもできる限りの優しさを込めて話し始めた。


りん………、あ、うん、なんだ、その…。お前には……感謝している」

「えっ?」


 まさか獅童しどうの口からそんな言葉を聞かされるとは思っていなかったりんは、驚いて獅童しどうの横顔を見る。


「その~、なんだ。お前が俺の元に来てくれてから、この城の空気が変わった」

「それは…」


「お前は不思議だな。周りの者を幸せにする力がある。悔しいが、愛音あいおんもこの部屋によく来るそうじゃないか」


 獅童しどうりんを見つめて嬉しそうな顔をする。


「それに、あいつもなんだか楽しそうだからな」

「あいつって、蘭丸さんのことですか?」

「あぁ」


 獅童しどうは酒をぐいっと飲み干すから、りんは慌てて酒を注ぐ。じんの様にスムーズでないのはご愛嬌。


「あいつがここに来てから、笑ったところを見たことがなかった。ずっと俺のことを憎んでるんだって思ってた」


 りんも、両親を幼き頃に亡くしている。だから悲しい思いを抱えている気持ちはよくわかるつもりだ。


「そんな…」

「まぁ~、俺たちの間は複雑なんだよ」


 獅童しどうが遠い目をして月を見るから、りんも一緒になって月を見上げた。人間界で満月を迎えたあの日から怒涛の日々が過ぎた。いろいろなことがあったなとりんも月を見てそんなことを考えていた。


 りんは少し重たくなった空気を打破するように席を立つ。


獅童しどうさま。こちらを。きっと、今お飲みの龍星りゅうせいと合うと思うのです」

「うん?」


 りん弥勒みろくの焼いた蒼い器に、水ナスの浅漬けを盛り付け、そっと置く。


「蘭丸さんから差し入れして頂いた水ナスです。人間界ではぬか漬けにして食べたりするのですよ」


 食べてみて。とりんが真剣な目で訴えるから、獅童しどうは渋々器に手を添える。すると器から何とも言えず暖かい想いが獅童しどうの心に流れ込んで来た。


 優しさと愛に包まれて、その器は美しく輝いていた。作り手の想いを感じる器で、その器に盛りつけられたナスはこの上なく旨かった。


「う、旨い」

「嬉しい! 気に入っていただけたのなら、りんはとっても幸せです」

「これは、雷狐らいこにも食わせたいな」


 獅童しどうは酒に口をつけながら、りんが用意したつまみを食べ満面の笑みを浮かべている。


「わかったぞりん。何やら蘭丸と楽し気にしていたのは、これだな? 城下の民が旨い物があると噂をしていたのを耳にしたんだ」

「ふふ。そうでしたか。何だか嬉しいです! 私はこのダルモアの国に元来存在している食材もいろいろ調理して、みなさんに召し上がっていただきたいと思っているのです」

「面白そうだな」


 今度は獅童しどうりんの器に酒を注ぐ。りんは一口酒に口をつけ、嬉しそうに微笑む。


「母上も、よく人間界の物を食べさせてくれたなぁ~」

「お義母さまが?」


 それ以上獅童しどうも母について話すことはなかった。話したくないのかもしれない。


 たわいもないおしゃべりが続き、楽しい時間はすぎていく。獅童しどうりんは用意した食事をほとんど平らげ、まったりと月夜を堪能していた。

 ふと気づくとテーブルの上に、弥勒みろくの焼いた器が月の光を浴び輝きを放っている。


りん、この蒼い器は人間界のものか?」

「えぇ。獅童しどうさまの瞳と同じ綺麗な蒼。私のお気に入りの器なんです」

「これを作った人物は、心の優しい人間なんだな」


 獅童しどうは器を眺めながらそう呟いた。


「人間も捨てたもんじゃないな」

獅童しどうさま…」


「少し外を歩かないか? 月が奇麗だ」


 獅童しどうは立ち上がり、りんに手を差し出す。さぁ行こうと言わんばかりに。月の光が獅童しどうを優しく照らし、神である姿を映し出す。サルだと思っていた獅童しどうは今、りんの心を大きく占める存在となっていた。


 とくんっ。


 りんの胸の鼓動が早くなる。胸の高鳴りを獅童しどうに気付かれない様に祈りながら、りん獅童しどうの手を取り月夜に歩き出した。

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