第20話 二人だけの朝

 獅童しどうは自室に運ばれ、りんも側に付き添うことを許された。獅童しどうの部屋は神の領域、神の使いならともかくまだ人間であるりんは、奥方といえども本来は入室することすら許されないのだ。


 想像と違って獅童しどうの部屋は質素だった。


獅童しどうさま…」

「大丈夫ですよ。獅童しどうさまはよく傷を負ってお戻りになられます。大きな魚とも格闘するくらいですから、ご心配には及びません。りんさまもゆっくりお休みください」


 雷狐らいこが優しくりんをさとす。でも今は雷狐らいこの優しさが辛い。


獅童しどうさまが目覚めるまで、ここにいてもいいでしょうか?」

「もちろんですよ」


雷狐らいこさま。奥方はまだ人間の身、遠慮願った方がよろしいのでは?」


 そう言ったのはじんだった。薬箱を抱えりんたちの反対側に立って厳しい視線をむけている。いつもなら表情を変えず知的で美しい顔をしたじんが、今に至っては厳しい顔をしている。それだけ獅童しどうが心配なのだろう。

 それでも雷狐らいこは涼しい顔をして、じんに優しく伝えた。


りんさまは獅童しどうさまの奥方。側にいるのは当然のこと。心配しなくても私が責任をとろう。そなたは下がって次の指示を待っていてくれぬか?」


 そう言われたじんは、少し考えつつも深々と頭を下げ室内を後にした。


雷狐らいこさん。また私…。 ごめんなさい」

「いえいえ。お気になさらずに。それに、目覚めた時にりんさまがいらっしゃった方が、獅童しどうさまがお喜びになられます」

「そ、そうでしょうか…?」

「大丈夫ですよ」


 雷狐らいこはそういうと部屋を後にした。紫音しおんたちが無事帰還したと連絡がはいったのだ。よかった。みな無事なようだ。

 

 獅童しどうはスヤスヤ寝息をたてて眠っている。りん獅童しどうの手を取り、自分の頬にそっとあててみる。その手は暖かくてホッとする温もりがあった。


―― 獅童しどうさま。ありがとうございます…。そして、どうか傷が早くよくなりますように。


 神の傷の癒しを神に祈るのもどうかと思いつつ、いつしかりん獅童しどうの側で眠りにおちていくのであった。



* * *


 ちゅんちゅん。


「うっ…う~ん。ふぁぁぁ~ん」


 いつもの様に獅童しどうが目を覚ますと、左腕が異常に重いことに気付く。昨日負った傷はだいぶ回復をしているというのに、おかしい。

 ふと見ると、りんが側でスヤスヤと寝息をたてていることに気付いた。


りん?」


 そっとりんの肩に手を添える。


「ずっと俺の側にいたのか?」

「…獅童しどうさま!」


 その声で目覚めたりんは、咄嗟に獅童しどうの首に腕を回しぎゅっと抱きしめていた。


「なっ!!」



獅童しどうさまっ。よかった…。よかったっ。」

「おい」

「お目覚めになられてよかった。本当に…」


 りんの温もりとともに、涙が獅童しどうの肩にぽたぽたと流れ落ちる。こんなに誰かに抱きしめられたことがあっただろうか?


 獅童しどうの腕もりんを抱きしめようとして、できずにいた。こういう時、素直にどう反応していいのかわからないのだ。


「お、おい。お前はばかなのか? 俺が目覚めないわけないだろ?」

「あっ、ご、ごめんなさいっ」


 りん獅童しどうから離れ、真っ赤な顔をしている。そんなりんを愛おしそうに眺める獅童しどうは、自分の心の中に芽生えた何かに心躍る思いがしていた。


「いや、すまない。心配をかけたようだな」


 獅童しどうはベッドから抜け出し着替えを始める。まだ右肩の傷跡に違和感を感じるが、もう大丈夫だ。いつもはじんに身の回りのことを頼む獅童しどうが、りんに向かってポソっと呟いた。


「朝飯にしよう」


 りんはなんだか嬉しくなって大きく頷いた。

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