神の国の生活:お悩み解決

第18話 愛音の悩み

「これでよし! 私ってすごいっ!」


 りんみやびからもらい受けた壺に手を突っ込み、むにゅむにゅしながらニヤリとする。


りんさま? そのちょっと香るそれは何ですか?」

「これ? これはぬか漬け。とっても美味しいのよ」

「人間界の食物ですね。興味深い」


 蘭丸は興味津々でりんの作業を見守っている。


「それとね、昨夜蘭丸さんからいただいた、枝豆とトウモロコシも茹でてみたの。これでね」


 りんは巾着袋を掲げてにっこり微笑んだ。その袋の中には岩塩が入っていたのだ。


 元来神が与えし食について、神の民たちが知らないというのは不思議なことなのだが、長い間人間に興味のない者が国を治めるとこの様な事態がおきるのだ。


「蘭丸さん、食べてみて!」

「これは、モロコシですね? 色が鮮やかになっただけなような…」

「ふふ」


 蘭丸はがぶりと噛みついた。


「う、美味いです! 甘さが増したような」

「でしょ? 紫音しおんさんもどうぞ」


 紫音しおんは半信半疑で蘭丸とりんを見ていた。


「い、いえ。私は職務中なので」

「美味しいですよ?」


 蘭丸が美味しそうにモグモグしている中、雷狐らいこ愛音あいおんをつれてりんの部屋に来るという。


りんさま、雷狐らいこさまがいらっしゃいます! その前にお片付けを」

紫音しおんさん、大丈夫。私が愛音あいおんさまをお連れしてとお願いしたのです。こちらを食べて頂きたくて」


 りんはトウモロコシ、枝豆、トマトをカットして岩塩を削って振りかけたものを用意していた。

 紫音しおんはお叱りを受けるのではないかと、ハラハラドキドキだ。



りんさま、お邪魔いたします」

「どうぞぉ~」


「すごくいい香りがいたしますね。愛音あいおんさま、そう思われませんか?」


 そう言いながら雷狐らいこ愛音あいおんに尻尾を捕まれて、歩きづらそうに部屋に入ってきた。

 愛音あいおんも恐る恐る尻尾から顔を出す。いい香りに導かれた様だ。


愛音あいおんさま。こんにちは。こちらへどうぞ」

「…」


愛音あいおんさま? この前愛音あいおんさまを助けてくださったりんさまと、蘭丸ですよ。助けて頂いたお礼をお伝えしましょう」


 雷狐らいこ愛音あいおんの背中をそっと押す。


「さぁ、どうぞ」


 りん愛音あいおんの手をとり半ば強引に座らせる。大人4名、子ども1名の宴会のスタートである。


愛音あいおんさま。今日は愛音あいおんさまのために準備をしてみました。さぁどうぞ!」


 愛音あいおん獅童しどうに負けず劣らずぶっきらぼうな顔をしている。笑えば絶対に可愛いのに、とりん愛音あいおんの次の行動を辛抱強く待つ。


「この前は…、あ、あ…」


 誰もが愛音あいおんに注目する。当の愛音あいおんは隣に座った雷狐らいこの服をぎゅっと握りしめて離さない。まだまだりんは知らない大人の1人なのだ。

 するとボソッと可愛らしい声が聞こえた。


「あ、ありがとう…ございました」

「いいえ。ご無事で何よりです」


 りんが優しくそう言うと、愛音あいおん雷狐らいこの腕にぎゅっと顔を埋めて恥ずかしそうにモジモジしてしまった。


「よく言えました」


 雷狐らいこ愛音あいおんの頭をなでるとすごく嬉しそうな顔を見せた。子どもらしく可愛らしい笑顔。きっと獅童しどうもこんな素敵な笑顔をするのだろう。


「さぁ、今日は楽しんでください!」

愛音あいおんさま! りんさまの作られたお食事は美味しいですよ」


 今度は蘭丸がトウモロコシにかぶりつきながら美味しそうに食べて見せる。

 あまりにも美味しそうに食べる姿に愛音あいおんも恐る恐る手を出し、まずはクンクンとにおいを嗅いだ。


「食してみてはいかがですか?」

「うん」


 愛音あいおんも一口。りんはドキドキしながらこの光景を見つめていた。


「お、美味しい!! 僕、こんな美味しい物食べたことない!」

「よかったですね」


 愛音あいおんがものすごく嬉しそうな顔でムシャムシャ食べ始めたのだ。りんに勧められて、枝豆も。


「落ち着いて食べてね。まだありますから」

りんさま、こちらは人間界の?」


 愛音あいおんも蘭丸も夢中で食している姿を見て、雷狐らいこも枝豆に手をだしながら声をかけてきた。


「えぇ。昨日蘭丸さんに余った食材をいただいて、お塩で茹でたのです…。お口に合うかしら?」

「はい! とってもっ」


 蘭丸が興奮気味に答えてきた。雷狐らいこも手に取った枝豆を口に含んだ瞬間、とても驚いた顔をする。


「これは! いつも食しているものと全然ちがいますな。奉納していただける食材もそれだけで旨いのですが、こうして食べるとまた違った喜びを感じます」

「よかった。雷狐らいこさんにそう言っていただけて、嬉しいです」


紫音しおん殿も、食べないと無くなりますぞ」


 蘭丸も愛音あいおんの手も止まらない。


 そして、とうとうこの瞬間がやって来た。愛音あいおんが出された飲み物をぐびぐびと飲んだのだ。

 これはみやびが用意してくれたりんのための飲み物。梅を日本酒で漬け込んだ梅酒。れっきとした酒なのだ。氷を入れ、愛音あいおん用に少し水で薄めておいた。


「うわぁ~~~~っ。これも美味しい!! りんおかわり!」

「これ、愛音あいおんさま。りんさまですよ。獅童しどうさまの奥方さまなのですから」


 雷狐らいこは慌てて訂正するが、りんは幸せそうにお替りを作りに席を立つ。


「大丈夫ですよ。その方が親しくなれた気がして…嬉しいです」




 こうして、用意した食事も氷もみんなのお腹の中に納まり、愛音あいおんは良い気持ちで居眠りをしはじめていた。

 そして、今紫音しおんが後片付けを行い、席にはりん雷狐らいこ、そして蘭丸がいた。


りんさま。全てがすごく美味しかったです。ありがとうございました」

「いえ。こちらこそお付き合いいただきありがとうございます」

愛音あいおんさまがあんなに嬉しそうにしていたのを久しぶりに見ることができました」


 雷狐らいこは側で眠りこけている愛音あいおんを優しく見つめている。


「それはよかったです」

「この飲み物はお酒ですよね?」

「はい」


愛音あいおんさまは幼いというだけではなく、お酒がお苦手。その愛音あいおんさまがあんなに美味しそうに…」


 雷狐らいこの目が少し潤んでいた。蘭丸も目を赤くしながら、雷狐らいこに語りかけた。


獅童しどうさまはそのことをご存じで?」

「えぇ、もちろんです。どうすれば酒の旨味をお知りになられるか頭を悩ませていらっしゃいます」


 酒の良し悪しも分からない、と天満てんまが言っていたのは、獅童しどうも幼きころは同じ経験をしていたのかもしれない。


りんさまのお酒は、苦手を克服したいと思っている愛音あいおんさまにとって、救いになるでしょう」


「それでは、もっといっぱい造りましょう! ね、蘭丸さん」

「えっ? 私ですか??」


 急に話しかけられた蘭丸はどぎまぎしている。余りものとはいえ、食材を倉庫から持ち出したことですら、お叱りをうけるかもしれない。今度は何を要求されるのだろう? と明らかに狼狽えている。


「はい! ダルモアの国の果実を教えてくださいっ!」

「えっ?」

「ダルモアは自然豊かな国ですもの、お酒に合う果実が沢山ありそう!」

「それでしたら、雷狐が集めさせますが」


 雷狐は凛の意図がわからず、蘭丸同様ぽかんとしている。


「いえ。どこで採れるのか、味はどうなのか、いろいろ知りたいのです! 蘭丸さん、案内していただけますか?」

「え、えぇ。私はいいのですが…」


 蘭丸が助けを求めるように雷狐の方を伺う。


「凛さま。外は危ない輩もおります。あの大鳥のように。なので外出される際は雷狐がお供いたしますので」

「いえ、雷狐さんもお忙しいでしょ? 私は意外と強いんですよ。蘭丸さんがいれば大丈夫! ねっ!」




 りんは次にやることが見つかったと言わんばかりにニコニコしている。そしてこう続けた。


「この料理も、いつか獅童しどうさまに…召し上がっていただきたいのです」


 頬を染めるりんの想いに雷狐らいこは心が暖かくなる思いがした。


 その視線の先には、先日りんに渡した小瓶が大切そうに置かれていた。

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