第15話 愛音現る!

りんさま! お待たせいたしました」


 りんは蘭丸に城下町を案内してもらうことになっていた。まずは国を知ろうということなのだ。この広い国全体を一日で巡ることは不可能だけれど、まずは城の周りから攻める作戦だ。


 紫音しおんの姿が見えないが、きっとどこからかりんを見守っているに違いない。

 雷狐らいこはというと…獅童しどうの仕事のサポートをしているらしい。獅童しどうは定期的に人間界に赴き、人々の望みに耳を傾ける責務がある。


「蘭丸さま! 私も今来たところです。今日はよろしくお願いいたします」


 りんは、外出着に着替えていた。紫音しおんに用意してもらったのだが、着物の様な形で裾がふわっとしていて歩きやすい。

 蘭丸も歩きやすい服装に着替えていた。横に並ぶと頭1つ分ほど背が高い。近くで見ても奇麗で優しい顔をしている。肌などはどんなお手入れをしているのだろう? と思うくらい美しかった。


「蘭丸とお呼びください。私は雷狐らいこさまたちとは違って、ただの民ですから」

「それでは、私のこともりんとお呼びくださいませ」


 いえいえいえ、滅相もない! と蘭丸は恐縮しまくって話が進まないので、りんは諦めて蘭丸の好きなように呼んでもらうことにした。


りんさま。参りましょう」


 二人は城門を出て、りんが嫁入りの時に巡った噴水広場へ向かった。


「このダルモアという国は自然が豊かな国で、神である獅童しどうさまと神の使いと呼ばれている上級試験に合格された者、そして人間界と同じように働く者、家族を守る者、小さな子どもから歳を重ねた者まで多くの者が暮らしております」


「蘭丸さんは神の民とおっしゃっていましたよね?」

「そうです。私は上級試験なども受けておりませんし、天満てんまさまが拾ってくださったおかげで、獅童しどうさまの家庭教師になれた身でございます」


 蘭丸は苦笑いのような笑みをりんに向ける。


天満てんまさまは、獅童しどうさまのお父さまでいらっしゃるの?」

「えぇ、天満てんまさまは広大な神の世界でとても力強く権力をお持ちの偉大なる神なのです。天満てんまさまには獅童しどうさまをはじめ7名のご子息と、15名の奥方さまがおられます」

「そ、そんなに!?」


 りんは婚礼の儀の時に見かけた女性陣を思い出し、一夫多妻制だったのだ…と改めて実感した。


「あ、獅童しどうさまは、りんさまが初めての奥方さまですし、天満てんまさまの姿を見ていらっしゃるので、私としては女性を受け入れることなどありえないと思っておりました」

「えっ?」

「あ、いえ」


 まぁ~、あの獅童しどうが女癖が悪いようには見えないし、反面教師ということなのかもしれない。


「蘭丸さんには、耳や尻尾がないのですか?」

「えぇ、私は…」


 蘭丸の話によると、蘭丸は人間の母を持つらしい。らしいというのは気付いた時には育ての父と母がいて、自分と兄妹との違いに気付いたということだった。

 力の証として耳と尻尾がある者が上級試験を受ける資格があり、蘭丸の様に耳なしの民は城に仕えることも本来はできないのだ。


「ごめんなさい。変なことを聞いてしまって…」

「いえ、別に気にしてはおりませんし、獅童しどうさまが私を側に置きたくないのは、天満てんまさまのことがあるからでしょう」


 蘭丸は遠い目をしながらそう呟いた。


 いつのまにか噴水が近づいている。婚礼の日とは違って、出店などはなく穏やかな憩いの場になっていた。噴水のまわりにある椅子には歳を重ねた者たちが座り、立ち話をしている女性たちや噴水の周りを走り回っている子どもたちがいる。


「ここは神の民の憩いの場所で、周りの建物は図書館や学校、役所など公共施設を中心にいろいろな物が集まっております。もちろん遠くから祈りを捧げにくる者のために宿も」


 上母雲かみあぐもの村ではみかけない、白くて大きな建物が噴水を中心にして建てられており、噴水の正面からは城が壮大に美しく見える。城の左右からは美しい滝が、国の隅々まで水を届ける様に流れていた。


「書籍など興味ございますか? 図書館にはこの国の歴史の書もあり、とても面白いのです。獅童しどうさまは30分も落ち着いて本を読まれたりはされませんが」


 蘭丸は苦笑いをしている。きっと蘭丸は本に囲まれているのが好きなのだろう。


 それに、あの獅童しどうがお酒を飲む以外の時間を大人しく過ごせるとは想像しがたい。りんも大人しくずーっと本を読んでいるというより、野山を駆け巡る方が楽しかったりする方だから、蘭丸には悪いけれど今回は獅童しどうに同情する。りんも、ふふふっと苦笑いするしかなかった。



 図書館に向かおうと歩みを進めたその時だった。女性の叫び声が聞こえた。


「誰か~~~~っ。その方を捕まえて~~~~っ!!」


 その声のする方に振り向くと、小さな男の子が全力でこちらに向かって走ってくるのが目にはいった。獅童しどうと同じような耳と、長い尻尾を風に揺らしながらすごい形相で走ってくる。


「どいてーーーっ」

「待ってくださいっ!!! 止まって!! 危ないっ!」


 どこからか大きな鳥が上空から男の子めがけて急降下しているのが見えた。


「あ、危ない! 喰われるぞ!!」


 一斉に街に出ている民が、逃げ惑う。


りんさま! 逃げてくださいっ!!」

紫音しおんさん! 私に弓を!!」


 とっさにりんは叫んでいた。


 するとどこからともなくりんの目の前に弓が現れた。これは我流がりゅうが嫁入り道具として準備してくれたものの1つ。使い慣れた弓だった。


 ギギギギ…。 シュッ!


 一瞬だった。りんは弓を手に取り、鳥にめがけて矢を放ったのだ。


 フギャーーーーーっ! 

 見事矢は鳥の羽に刺さり、鳥は踵を返す様に大空へ飛び去っていった。そのりん紫音しおんが抱きかかえ、後方に飛び退く。


りんさまぁ~~~~っ。大丈夫ですか!?」


 そこへ半泣き状態でオロオロしながら蘭丸が駆けつけた。それを制するように紫音しおんが優しくりんの状態を確認する。

 瞬時にりんの願いを聞き届け、身を守るとは! さすが雷狐らいこが見込んだ部下だ。


りんさま。お怪我はありませんか?」

「えぇ。私は大丈夫です。ありがとう。あの少年は?」


 鳥の血を浴びた小さな男の子は茫然としている。そこに追いついた女官らしき女性がその子をしっかりと抱きしめていた。無事だったのだ。


愛音あいおんさま! はぁ…はぁ…。ご無事でなりよりです」


 男の子は泣くこともなく、りんたちの方をじっと見ている。何が起きたのかわからなかったのだろう。


 女官らしき女性が慌ててりんたちのところに駆け寄ってきた。


「も、申し訳ございません。助かりましたっ。みなさまお怪我はございませんでしたでしょうか?」

「あちらは、愛音あいおんさまですね?」


 そう言ったのは紫音しおんだった。抱えていたりんをそっと降ろしりんから弓を受け取り蘭丸に託す。獅童しどうの嫁が弓の名手だということは伏せておきたいのかもしれない。「そろそろ狩りはやめておけ」という弥勒みろくの言葉が聞こえる気がする。


「あ、はい。あの…ちょっと目を離してしまい…。申し訳ございません」

愛音あいおんさま。お付きの者を困らせるものではありませんよ」


 紫音しおん愛音あいおんは面識があるようだ。


「ご、ごめんなさい。僕…僕…」


 愛音あいおんは涙を浮かべて下を向いている。りん愛音あいおんの身体についた血を拭きとろうとした時、紫音しおんの緊張した声が街中に響いた。


雷狐らいこさまが獅童しどうさまとこちらに参られます」

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