第14話 3人の側近

 食の間には既に獅童しどうとその側近たちがいた。婚礼の儀にも見かけた顔が並んでいる。

 獅童しどうの右手側に男性が3名、左手側に雷狐らいこと空いている椅子が2脚。どうやらりん紫音しおんのために用意されたものらしい。


「遅かったな」

「申し訳ございませんっ」


 獅童しどうは朝から酒を飲んでいた。少し赤い顔で眩しそうにりんを見てから、隣の席に呼び寄せる。

 その逆側に座っているじん獅童しどうに酒を注ぎ、獅童しどうは上機嫌で注がれた酒をぐいぐい飲んでいる。まるで水を飲む勢いだ。


 よくよく見ると、獅童しどうは酒ばかり飲んでいて食事を摂る気配がない。テーブルの上にはこんなに豪華な食材が並んでいるのに、酒ばかり飲むとは体に悪いのではないかとりんは心配になってきた。


 それに、何度も言うようだけれどテーブルの上にあるのは食材で、調理がされていないのだ。それを側近のみんなも不思議がらず食している。

 先ほどから香っていたのは、果物の香りだったのか。


―― こんなにも美味しそうな食材があるのに、料理はしないのかしら? 


 りんも目の前に置かれたフルーツや野菜の山からトマトを手にして、そんなことを考えていた。


「食べないのか? お前も呑むのであれば盃を用意させよう。りょう!」

「あ、いえ。お気遣いありがとうございます。私はこちらで」

「そうか? これは人間たちが奉納してくれた物だからな。心して食えよ」

「は、はい」


 カプっ。りんは手にしたトマトを頬張る。丸ごとトマトに噛み付くと、ジュワッと口の中いっぱいに甘味が広がった。


「お、美味しい!」


 りんの食べっぷりを見ていた獅童しどうの顔がほころんだ。また一口酒を含み、ゆらゆらと自慢の尻尾を揺らしている。


「美味そうに食うな」

「えっ?」


 獅童しどうの嬉しそうな顔を見たりんはドキっとする。朝の事を思い出し顔が真っ赤になっていくのがわかる。目つきの悪いサルだと思っていた獅童しどうが、こんなに素敵な笑顔でりんを見つめているなんて、ドキドキする。


「それ、そんなに美味いのか?」

「は、はい。獅童しどうさまもトマトがお好きですか?」

「いや。それ、トマトって言うのか」


 と言うと急に興味を無くしたように、酒をグイッと飲み干しじんと何やら楽しそうに話し始めてしまった。


―― あれ? 獅童しどうさまはトマトがお嫌い? 枝豆もここにはあるけど…、茹でなければ美味しくないから食べないのかしら…。


 りんはトマトをむしゃむしゃしながら、テーブルにモリッと盛られている食材を見つめ、そんな感想を抱いていた。



 しばらくりんはトマトをもぐもぐしながら、この部屋の中にいる獅童しどうの側近たちを観察することにした。全員顔採用があるのだろうか。なかなかのイケメンぶりだ。


 獅童しどうの隣に座って酒を注いでいる男は、婚礼の儀でも獅童しどうの側に控えていたじんという神の使いだ。

 この中でも一番の男前だ。獅童しどうよりも冷たい印象があり、なにがあっても動じない気品がある。


 まだ一度もりんと目を合わせてはくれないし、獅童しどうの側から離れない。りんが現れたことを快く思ってないのかも…。とりんは不安になる。そのくらい常に一緒にいるのだ。


 その隣にいる男は、じんとは違って穏やかな感じの男だ。確か…、りょうと呼ばれていた。りんと同じようにトマトを美味しそうに頬張っているところを見ると、ホッとする。お友達になれるかもしれない。そう言えば、初めて会った時もじんには無視されたけれど、りょうとは会釈を交わした仲だ。


 りんがまた新しいトマトに手を出そうとした時、りょうと目があった。


「そっちより、こちらの方が甘くて美味しいですよ」


 りょうが熟れたトマトを選んで、りんに渡してくれた。一口食べると、先ほどのトマトとは比べ物にならないくらい美味しい。


「うわっ。すごく美味しい!」

「だろ? この城の物は全てりょうに任せているんだ。りょうの目利きは神級だぞ! お前も欲しいモノがあればりょうに相談するといい」


 酔っぱらったのか、眠そうな眼をした獅童しどうが嬉しそうにそう言うからりょうも嬉しそうにモジモジしている。どうやらりょうはシャイなのかもしれない。


 お友達になれるかもしれない! とりんは本気でそう思った。そしてトマトをもぐもぐしていると、酔っぱらった獅童しどうの声が室内に響き渡った。



「お前…、なぜここにいる?」


 声をかけられた主に皆の視線が集まる。それは3番目の男。髪はさらさらで黒く、じんりょうと違って犬の様な狐の様な耳は持っていなかった。もちろん尻尾もない。

 とても綺麗で白い肌と、長いまつ毛。ぱっと見女性と言われても不思議ではないくらい、優しそうな雰囲気をまとっていた。


 りんの食べる手も停まる。


雷狐らいこさん、あの方は?」


 雷狐らいこは何事もなかったかのように、桃をかぶりついていた。雷狐らいこ獅童しどうの記録係でもありお目付け役という立場なのだから、獅童しどうに対して遠慮などないのだろう。さきほどから他の誰よりも美味しそうに果物ばかり食していた。

 りんに話しかけられ、初めて斜め向かいに座っている男に気付いた様だ。


「ら、蘭丸さま! いつお戻りに!?」

「いや…あの…」


 蘭丸と呼ばれた男は、部屋中にいるみなの視線を浴び、めちゃくちゃ恐縮している。


「実は…、天満てんまさまからお二人にこの国の歴史や習わし、伝統をお伝えせよ。と申し付かってまいりました」

「ちっ、あのクソ親父め」


 獅童しどうは明らかに嫌そうな顔をする。なにか父天満てんまとの間に大いなる確執があるようだ。りんは二人のやり取りをみながらそう考えていた。


りんさま。改めまして…。私はダルモアの民、蘭丸でございます。是非人間界のことを私にもお教えくださいませ」


 そういうと蘭丸は爽やかな笑顔でりんに微笑んで見せた。りんも神の国について知りたいことが山ほどあったので、蘭丸からの申し出はとてもありがたかった。


「素敵! 獅童しどうさま、私もダルモアの国のことを知りたいと思っていたのです。是非一緒に色々教えていただきましょう! ねっ」


 りんにおねだりされる形で、しぶしぶ獅童しどうは頷く。


「好きにしろ」

「えっ?」

獅童しどうさまは、それで問題ないとおっしゃってるのですよ」


 こっそり雷狐らいこりんの耳元で囁く。

 も、もっとわかりやすく話してください…。とりんは思わずにはいられなかった。まだまだ獅童しどうとの距離を感じる。

 りんは小さくため息をついた。



 蘭丸と午後に会う約束をして、朝食はお開きとなったので、りんも一旦自室に戻ることにした。もちろん紫音しおんも一緒に。



 部屋にはまだ飲み足りない獅童しどうと、雷狐らいこが庭を見ながら酒を酌み交わしていた。


獅童しどうさま、りんさまに例のモノをお渡しされたのですか?」

「うん? これのことか?」


 獅童しどうは懐から小さな小瓶を取り出す。その中にはキラキラ光る、ラズベリーの実の様なモノが1つ入っていた。


「それでございます。それをりんさまが召し上がれば、めでたく神の国の住人となられましょう」

「だな」


「何故お渡しになられないのです?」

「あいつは人間界に戻りたいんじゃないのか? 母上の様に…」

獅童しどうさま…」


 獅童しどうはそう言うと、ぽいっと小瓶を雷狐らいこの方へ投げる。


「な、なんてことを!」

「あいつに渡しておいてくれ。食べるも食べないも、あいつの意志にまかせる」

「ダメです! きちんと獅童しどうさまがお渡しになられないと」


「頼む」


 そう言うと獅童しどうはふらっと立ち上がり、じんに酒の用意を頼み去って行った。


 小瓶が雷狐らいこの手の中でキラキラ輝いていた。

 神と人間では時間の経過速度が違いすぎるのだ。

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