神の国の生活:側近たち

第13話 新しい生活

 チュン…チュン…。


「うっ…ん。もう朝?」


 窓から入ってくる陽射しでりんは目を覚ました。なんとも爽やかな朝だ。あまりにも気持ちがいいのでもう少し、あと少し眠っていたい。そんなまったりした雰囲気の中、りんがまた目を閉じようとしたその時、事件は起こった。


 ドカッ。


 獅童しどうがゴロンと向きを変えたのだ。獅童しどうのがっしりした腕がりんの胸元に振り下ろされる。


「えっ?」


 りんは訳がわからず振り下ろされた手の方向に目線を移す。隣には鼻筋の通った顔が近距離で存在していた。まつ毛が長くサラサラな銀色の髪が、陽射しにあたってキラキラしている。なんて綺麗な顔なんだろう…。とりんが思った瞬間、むにゃむにゃ言いながら獅童しどうの手がモソっと動き始めた。


「えっ? えっ? えっ?」


 なおも手は何か別の生き物の様に、モソ、ムギュっと動く。


「きゃーーーーーーーーーーーっ!」


 生まれて初めての感覚に、体温が一気に上昇するのを感じたりんは、ベッドから跳ね起き服の乱れを確認しつつ壁際へ後ずさる。頭の中は何が起きたのか全く理解できずにいた。


―― な、なんで獅童しどうさまがここに?? しかも隣に? そしてムギュって!


 心臓がバクバクして口から飛び出しそうだ。獅童しどうの腕の重みを思い出すと、さらにいっそうドキドキが加速する。


りんさま!?」


 りんの声に慌てた従人がドカドカと、寝室に乱入してきた。室内に緊張した空気が走った。


りんさま! 大丈夫ですか? お怪我はありませんか?」


 槍を構え周りを伺いながら、雷狐らいこりんを背に庇う。

 

 この物音にやっと目を覚ました獅童しどうは大きな欠伸をし、ベッドの上で頭を掻きながらとても眠そうにしている。この対局の二人、何があったと言うのだろうか?


獅童しどうさま、お変わりありませんか?」

「あん?」


 じんの問いかけにも獅童しどうはポカンとしている。何が起きたかわからないのだ。


「あ、あの…。ごめんなさい。私」


 真っ赤な顔をしてりんがモジモジしている。


「あの…その…。お隣にいらっしゃったものだから…びっくりしてしまって」


 部屋にいる全ての者がりんに視線を向けているのがわかる。恥ずかしくて、穴があったら入りたい気分とはこういうことを言うのかも知れない、とりんは悟った。


「ったく…」


 獅童しどうがぼやく姿を見る限り、昨日は二人ともスヤスヤと眠ってしまわれたのだろう。雷狐らいこは溜息をつき、武装を解除する。それをみた面々も次々と武装を解除した。


じん、飯にしてくれ。俺はひとっ風呂浴びてくるぜ」

「かしこまりました」

獅童しどうさま、おはようございます。少なくとも奥方さまに朝のご挨拶を」


 雷狐らいこはたまらず獅童しどうに声をかけた。


「さぁ、凛さまも」

「お、おはようございます。も、申し訳ございませんっ」


 りんが真っ赤になりながら獅童しどうに必死に詫びる。


―― あぁ〜どうしよう。やってしまった…。私獅童しどうさまにとんでもないことを…。


 獅童しどうりんのその姿をじーーーと眺め、しばらくすると何事も無かったようにベッドから這い降りた。


―― 怒ってる?? あの顔は絶対怒ってる!



「叫ぶことはないだろう? ったく…ガキじゃあるまいし」


 少し拗ねたように呟くと、獅童しどうは何事もなかったかのように上着を脱ぎ捨てた。

 上着の下からは鍛え上げられた均衡のとれた躰が剥き出しになる。昨日は服を着ていて気づかなかったのだがこれぞ神の姿だ、と恥ずかしくもりんは見惚れてしまった。


「風呂に入ってくる」


 そう言うとプイっとりんたちに背中を向け、獅童しどうは部屋をあとにしてしまった。


 でも雷狐らいこは見逃さなかった。獅童しどうの尻尾は上機嫌に揺れている。どうやら本気で拗ねた訳ではなさそうだ。


 雷狐らいこは安堵の溜息をつき、真っ赤な顔をしているりんに優しく声をかけた。


獅童しどうさまは毎朝食事の前にお風呂に入られる習慣があるのです。心配なさらずとも怒ってなどおられませんよ」

「私…」


「お二人はご夫婦になられたのですから、一緒にお休みになるのは当然かと」

「本当にごめんなさい。誰かと一緒に寝ることに慣れてなくて」


 うんうんと頷き雷狐らいこは優しい笑みを浮かべている。こんなにも優しく接してくれる雷狐らいこりんは父のように愛してくれた我流がりゅうの面影を見たきがした。


「さて、りんさまもご準備を。その後我々獅童しどうさまの側近たちを紹介させていただきますね」


 雷狐らいこが胸元から綺麗な鈴のような物を取り出し、チリンチリンと2度音を鳴らす。するとどこからか紫音しおんと数名の神の使いが現れ、雷狐らいこの元にかしこまった。


紫音しおんりんさまのご準備を。そして食の間へご案内してくれ」

「はっ。かしこまりました」


「それではりんさま。後ほど」

「えっ?」


 一番知った顔の雷狐らいこがいなくなることに不安を覚えるりんだったが、今は成り行きに身を任せるしかないのだと悟る。


 後は頼むと言い、雷狐らいこはスッと姿を消した。


「消えた?」

「我々神の使いは、願う場所へ瞬時に移動ができるのです。我々は雷狐らいこさまの部下でもありますので、雷狐らいこさまの声を受信し、ご指示ある場所へ移動をすることを心得ております」

「それはすごいですね!」


 紫音しおんは誇らしげに微笑む。きっと彼らは固い絆で結ばれているのだろう。ちょっぴり羨ましいな、とりんは思っていた。


「さ、お食事に遅刻しないよう整えさせていただきますね」

「あ、あの自分でできますから」

「そうはいきません。私どもが雷狐らいこさまに叱られます」


 そう言うと、あれよあれよという間にりんの着物は脱がされ、まるで天女のような柔らかく軽い素材の新たな着物に着替えさせられた。その着物はとても綺麗な薄い桜色をし、人間界には存在しない代物だった。


 りんが感動している側から、他の神の使いが髪を整えメイクも施される。


「なんてお綺麗なのでしょう。完璧です! さぁ参りましょう」

「あ、ありがとうございます」


 りんは鏡に映る自分の姿を信じられない面持ちで眺めていた。汗を流しながら山を駆け巡り獣を狩り、そして命をいただいていた頃が嘘のような姿。自分ばかりが贅沢をさせてもらっていいのだろうか…と心がチクリと痛む。


「あの…」

りんさま、今は…」


 紫音しおんりんの気持ちを察したかのように、裾を整えながらりんの言葉を遮る。


「今は詳しく申し上げられませんが、我々神の民はりんさまのお力を信じております」

「私の力?」


 さぁ、と紫音しおんは言い、りんを食の間に案内するのだった。


―― 私の力? どういう事?


 獅童しどうとの生活、これから会う側近の面々、そして神の民。どんな出会いが待っているのだろう。りんは不安とわくわくを同居させながら紫音しおんの後ろをついていく。


 ぐぅ…っ。


「あっ」


「くすっ。もうすぐ食の間ですよ」


 甘い良い香りが漂いはじめ、りんのお腹も活性化している。どんな時でもお腹は空くのだ。

 ご、こめんなさい。と真っ赤な顔で慌てるりんを微笑ましく見守る紫音しおんがいた。


 新しい生活のスタートである。

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