第12話 天満はすごい

 しーーーん。

 広間は水を張ったように静かになった。


 入り口に立っている天満てんまは誰よりも身体が大きく神の名に相応しい貫禄と神々しさを放っていた。


「おぉ、獅童しどう。久しぶりだな」

「父上、お元気そうで何よりでございます」


 天満てんまはドスドスと、広間中央に向かって歩いてくる。周りにいる神々は誰一人として動くものはいなかった。それだけ天満てんまパワーはすごいのだ。


 獅童しどう天満てんまの間を割って入るように立ち上がった者がいた。


 それは雷狐らいこだった。


天満てんまさま。遠い所、我が主の婚礼の儀にお越しいただき、誠にありがとうございます」

「お、雷狐らいこか。元気そうだな」

「ありがとうございます。天満てんまさまへのご挨拶、宴まではもう少し時間がかかりますゆえ、あちらの部屋で…」


 誰もが二人のやり取りを固唾を飲んで見守っていた。

 天満てんまはただ大きいだけでなく、鍛え抜かれた太い腕太い胸板を持ち、長い髪を後ろで一本に結び、獅童しどうと同じ色同じ形の耳と尻尾を携えていた。まぁ親子なのだから同じなのもうなずける。


 さらに天満てんまの後ろには、妾なのかな? と思うほど、ヒラヒラした着物を着た女たちが数名入り口からこちらを窺っていた。女たちは大きい胸を強調するような服にくねくね腰を動かしながら、他の神々を誘惑するような視線を送っている。

 りんには兼ね備えられていない女の色気むんむんだ。


「気にするな」

「俺が気になるんだよな」

「なんか言ったか? 獅童しどう?」


 いえ…と獅童しどうはかしこまる。どうも様子が変だ。


「まぁまぁ、めでたいお席ゆえ…」

「うぬ。そうだったな」


 そう言うと天満てんまが、ギロっとりんに視線を向けた。

 驚くりんと慌てる雷狐らいこを制止、天満てんまがズカズカとりんに接近し値踏みをするように見つめる。


「ふ~ん。なかなかいいじゃねぇか。なぁ~獅童しどう。胸はちと小さめだけどな」


 ガハハハハと笑う大きな声。そして天満てんまは酔っぱらっているのだろう。酒神ばっかすだから当たり前なのだが、めちゃくちゃ酒臭い。


「酒の良し悪しも分からねぇお前が、女を喜ばす事が出きるのかねぇ~。乳臭ぇお前が嫁をめとるとはな。ガハハハハ」


 獅童しどうの顔が曇るのがわかる。いくら父親でもすごい神であろうと、言い方ってものがあるだろう。

 りんは必死に怒りを我慢していた。神に仕える身になるのだから我慢しなければ。


「ま、これに飽きたら俺のところに来ればいい。最高の生活を送らせてやる」

「なっ!」


 さすがに獅童しどうも抗議すべく片膝を立てた瞬間、りんがすくっと立ち上がり天満てんまの前に一歩、歩み出た。


「お言葉ですが! 私は、獅童しどうさまに生涯お仕えし、お支えする所存でございます。何があろうともこの気持ちに変わりはございません!」


 獅童しどうが、雷狐らいこが、周りの神々が茫然とする中、りんは感情に任せてさらに話続ける。


「どんなことがあってもあの者たちのように、あなたさまの庇護を受けたりはいたしません!」


 おぉ~。一瞬部屋の中にどよめきが起こった。


 天満てんまの大きな身体がゆっくりと立ち上がる。りんの倍は背丈があるデカさだ。

 

 飲み込まれる!? りんは圧に負けじと天満てんまから目をそらさない。手はプルプル震え、今にも腰が抜けそうだ。


「ほほぉ~。いい心がけだ。気に入ったぞ。お前、名前はなんと申す?」


 えっ? 誰もが天満てんまの逆鱗に触れたと覚悟していたその時、獅童しどうがゆっくりと立ち上がり、りん天満てんまの間に割って入った。


「うん? 何か言いたいことがあるのか?」

「父上、この者のご無礼お許しください。これは私の妻、りん。この俺が生涯守り抜くと誓った者でございます。いくら父上と言えども、指一本触れさせはいたしません!」


 えっ? 何? りん獅童しどうが何を言い出したのか最初良くわからなかった。そもそも天満てんまという神のことも知らない。

 そんな天満てんまからりんを守る格好で、獅童しどうが目の前にたっている。


「ふっ、良く言ったな。獅童しどう

「えっ?」

「一人前の神になれ、その言葉覚えておくぞ」


 天満てんまはニヤっと笑みを浮かべ、大きな手で獅童しどうの頭をグリグリと撫でた。そしてりんに向き合いこう告げた。


りんよ。倅獅童しどうを、頼んだぞ。そしてわしをもっともっと満足させてみよ。人間の力、見せてみるが良い!」


 そう言うと、ガハハハハと大きな声で笑いながら、女どもを従え去っていった。


 い、一体なんだったんだろう? 天満てんまは偉大なる神、とんでもないことを言ってしまったのではないかと不安が急にりんを襲う。

 りんは身体中の力が抜け、ふにゃふにゃっと座り込んでしまった。


 ただ言えることは、獅童しどうが優しい神であるということ。りんの中で獅童への印象が変わった瞬間でもあった。



 こんな騒動があった後ではあるが、無事婚礼の儀は終わり、宴を皆楽しんでいる。神々たちは今夜は無礼講と言い、わんさか酒を酌み交わすのだった。


 こうして宴は一晩続き、獅童しどうが釣った魚も無事お披露目の機会をえた。



※ ※ ※


 今りんは、獅童しどうとの初夜を迎えるため、二人だけの部屋で獅童しどうを待っていた。

 あの時の獅童しどうは、本当に素敵だった。思い出してもドキドキする。この部屋に一人で待っているドキドキとはまた違うドキドキ。


つむぎさま。私獅童しどうさまを好きになれそうです」


 りんはブレスレットにそっと指を添える。


 それにしても獅童しどうが現れる気配がない。

 待ちくたびれたりんは…いつの間にかうとうと…と夢の世界へ旅立ってしまった。




「おい、おい!」


 獅童しどうが部屋に入ってきた頃には、当のりんはグーすか眠りこんでいた。


「なんなんだよ」

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