第11話 婚礼の儀

「ねぇねぇ~人間の花嫁さんだよー」

「うわぁ~お綺麗ね~」

「バンザーイ!」

「おぉ~なんとめでたい!」

「これで獅童しどうさまも一人前の神になられる!」

「めでたい、めでたい! こんな日にここにいられるのは幸せなことよ」

「早くお世継ぎを期待いたしましょう!」

「それは、まだ早いぞ(笑)」


 大きな歓声が聞こえる。


 婚礼の儀当日、神の国ダルモアはお祝いムードに包まれていた。城下町のシンボルである大きな噴水広場をりんを乗せた馬車が巡ることになっている。


 雷狐らいこを先頭に、紫音しおんをはじめとした神の使いが馬に乗りパレードを先導する。


「うわぁ~。なんて素敵なの?」


 りんは見たこともない景色に心奪われていた。大勢の神の民が祝福に訪れ、街には出店でみせが沢山! 経済的にも充実している様に見えた。なにより緑や花が咲き誇り、りんたちの馬車が通るたびに花びらのシャワーが空を舞う。お祝いムードを肌で感じることができた。


 ここに兄のそうや叔父の我流がりゅうやみながいないことが急に寂しく思える。人間界のことなど忘れなさいと、つむぎさまに言われてはいたけれど、やっぱり寂しいものは寂しいのだ。


「お兄さま、弥勒みろくさま、私は今とてもドキドキわくわくしています。こんなにも神の国は豊で優しさに溢れています。どうかこの声がみなに届きますように」


 りんつむぎさまからもらったブレスレットにそっと手を添え、祈るように呟いた。



※ ※ ※


 街を巡った後、獅童しどうたちが待つ婚礼の間にりん一行が到着した。ここは城の中、神の民たちは入城することが出来ないため、とても静かで厳かな空気が流れている。


りんさま、何も緊張することはありませんぞ」

雷狐らいこさん」


 いつの間にか雷狐らいこりんの側に寄り添うように立っていた。その姿を見ただけで不思議とりんの緊張がほぐれていく。ありのままの自分でいい。そう教えてくれたのは雷狐らいこだ。


「中に入られましたら、獅童しどうさまがお待ちですので、ご挨拶を。後は紫音しおんが説明させていただいた通り、万事進みましょう。ご安心なされ」

「はい」

「どうしました? 緊張なされていらっしゃいますか?」


「えぇ、私上手にできるかしら?」

「大丈夫です。上手にすることなんてないんですよ。いつも通りで。それに…獅童しどうさまはとてもお優しいお方ですから、何があっても大丈夫」


 昨日のあの態度を知って、どこをどう見れて優しいと思えばいいの? と思わずにいられないりんだったが、コクっと頷いた。



りんさま、ご到着です!」


 さぁ、と雷狐らいこが優しくりんの背中を押す。扉が開き厳かな空気が流れる中、凛は第一歩を踏み出した。


 目の前には、御子柴みこしば家の大広間よりも圧倒的に広い和室が広がっており、新しい木材の香りと畳の香りが心地よく、この日の為に準備されたものだと分かる。


 上座に夫となる獅童しどうが座っており左右に神々たちが座り、一斉にりんを見つめていた。


―― ど、どうしよう。オーラ? いや…圧がすごい…。


 いつも緊張なんか無縁のりんが今、さまざまな神を目の前にして思考が止まったかのように動けない。

 逃げ出すことは許されず、人間界に戻ることも許されない。心臓が口から飛び出るんじゃないかと思うほどバクバクしていた。


りんさま、参りましょう」


 その声と共にりんの手をとり先導したのは雷狐らいこだった。濃紺を貴重にした正装で、りんを導く。真っ白な髪と、真っ白でふさふさの尻尾がとても美しい。

 そして雷狐らいこの尻尾の付け根には、あの日、神の国に嫁入りすることを決めた日にプレゼントした組紐が、未だ外されることなく結びつけられていた。


―― 人間界と神の国は繋がってる…。


 それに気づいたりんは自分に言い聞かせる。怖れることはない。神に身も心も捧げると誓ったのだから。

 りんは改めてぐっと腹に力を込め、雷狐らいこと共に一歩、また一歩前へ進む。

 大広間は婚礼の儀を告げる雅楽が演奏され、雷狐らいこに先導されたりんを歓迎する。


「おぉ~、綺麗な女子おなごぞ」

「しっかりした器量の良い女子おなごじゃ」


 参列者から感嘆の声が上がる。その間を抜けりん獅童しどうの前で三つ指をつき深々と頭を下げた。人間界にいる時から幾度となく練習してきた言葉なのに、頭の中は真っ白だ。


上母雲かみあぐもの村から参りました、御子柴みこしば りんと申します。不束者ふつつかものではございますが、何卒よろしくお願いいたします」


 沈黙…。


 不安になりりんが頭をあげると、獅童しどうの蒼い瞳と目が合う。本当に美しく優しさと深い哀しみを持つその瞳から目が離せなくなる。


 二コリともしない獅童しどうの尻尾がゆらりゆらりと揺れている。


「待っていたぞ」


 その言葉を皮切りに、神の長老のようなヨボヨボのお爺ちゃんが二人の幸せが永遠に続くよう祈りを捧げ、いよいよ誓杯の儀が執り行われる。


 神の使いの巫女が盃に神酒を注ぐ。


―― 私は獅童しどうさまを愛せるのかしら? そもそも神さまとの間に愛は存在するものなのかしら?


 横を見ると、獅童しどうがぐいっと普通の酒でも飲むように盃を空にしていた。そして頬杖をつき、りんをガン見している。


 こ、これは飲まないという選択肢はない。りんは恐る恐る雷狐らいこに目線を送る。当の雷狐らいこは目にいっぱい涙をたたえ、うんうんと頷いている。


―― もぉ、頑張れ私! びびるな私! 私は獅童しどうさまに生涯お仕えするのです!


 りんがもう一度周りを見渡すと、参列者全員の熱い視線がりんに注がれていた。


 ちょっと待って。ま、まさか…生け贄に喰われるのでは!? という不安が頭をよぎったとたん凄まじい足音と、大きな声が聞こえてきた。

 どうやら、誰かがこちらに駆けつけているらしい。


「げっ。雷狐らいこ? どういう事だ?」

獅童しどうさま…」


 獅童しどうも参列者もざわざわし始め落ち着きがない。りんだけは何が起きているかも分からず、成り行きを見守るしかなかった。


「何が起きているの?」

「来るぞ」

「えっ? 何が来るのですか?」


 隣の獅童しどうは頭を抱え、周りの参列者は身だしなみを整え始め、全員正座で鎮座する。


「早い…まだ宴には早い。雷狐らいこ! なんとかせい!」

「…とおっしゃられましても…」


 そんな二人のやり取りなどお構いなしに、広間の入り口の扉が勢い良く開いた。


「えっ!?」

「これは父上! 早いお着きで」


 獅童しどうの声が響く。


 現酒神ばっかす天満てんまの登場である。

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