第10話 獅童現る!

「あ、あの…?」

「あん?」


 獅童しどうは初めてりんの存在を認識したかのようにりんを見つめる。そして値踏みをするように下から上まで目線を動かしたかと思うと、ふんっ、と言い雷狐らいこの方に向き直ってしまった。


 獅童しどうと呼ばれたこの男。年恰好は兄のそうと同じくらいに見える。銀色の髪は短く、雷狐らいこと同じような耳が頭の上に存在していた。

 印象的だったのは、目が合った時に感じた深く蒼い瞳。吸い込まれそうな綺麗な瞳をしていた。ただ…少し寂しそうな、それでいて力強い光のような、不思議な雰囲気がある。


 何より印象的なのは、サルのように長い尻尾。その尻尾はさきほどからゆらゆら揺れている。


「サ…サル?」

「「!?」」


 思わず心の声が漏れてしまった。あ、ヤバっと思った瞬間獅童しどうの整った顔がりんの目の前にぐっと近付いてきた。かなりの近距離に、りんはドキッとする。


「俺は、サルじゃねー。狐でもないからな!」

「えっ?」


雷狐らいこ! これを何とかしろ。俺は帰る」

「あ、獅童しどうさま!?」


 そう言うと、担いでいた大きな魚を雷狐らいこの足元へポンと投げ、獅童しどうはまたぴよぉ~んと飛び去ってしまった。


 残された魚は、まだピクピクしている。


「あの…私…」

「あははは。大丈夫ですよ。獅童しどうさまはりんさまをとても気に入られたようです」

「えっ?」


 りんには何がなんだか分からなかった。1つ分かったことは、いまのサルのような男が獅童しどうという名前で、自分の旦那さまになる神だということ。


 この情報量を瞬時で処理するのは難しい。次は何が起こるのだろう?


じんりょう。側におるか?」

「「はい」」


 どこからともなく二人の男が雷狐らいこの前に現れた。二人とも若く奇麗な顔立ちをしていた。


 神の国の人って、顔採用があるんじゃないのかしら? そう思わずにはいられない程に二人は美しい顔をしていた。


じん獅童しどうさまが無茶をしないか…、片時も目を離すでないぞ」

「御意」


 じんと呼ばれた男はすぐさま立ち上がり、獅童しどうが消えていった方向に、これまたすごいスピードで去って行った。


りょう、すまぬが獅童しどうさまが明日の宴にこの魚も出したいと申されてな…。どうにかご希望を叶えてさしあげられないか?」

「承知いたしました」


 そう言うと、りょうと呼ばれた男はりんに一礼し、大きな魚を抱え飛び去って行った。


りんさま、明日は獅童しどうさまの父君、天満てんまさまもいらっしゃるご予定。いろいろ頭の痛いことがありますが、お気になさらないでくださいませ」

「いろいろ…?」


「さよう。獅童しどうさまは、次期酒神バッカスさまになられるお方で、現在の酒神バッカスさまである父君天満てんまさまの6番目のご子息でいらっしゃいます」

「6番目…」

「さらに7番目のご子息、愛音あいおんさまもこの国に」


 涼しい風を受けながら雷狐らいこりんを連れ、城の中を所々説明を加えながら案内する。


愛音あいおんさま?」

「明日お会いできると思いますよ。それはそれは愛くるしいお坊ちゃまでございます」


 さきほど会った獅童しどうが小さくなったら愛くるしくなるのかしら? 少し混乱気味ではあるが、うんうんと頷き雷狐らいこについていく。


「明日は、獅童しどうさまのご兄弟もみなさまいらっしゃるのですか?」

「いえ…残念ながらみなさま遠い国でそれぞれ民がいらっしゃる身なので、明日一同が会することは難しいのです。ですが近いうちにりんさまもお会いできましょう」


 あの顔が7つ並ぶのは想像しがたい。


「少しづつ、獅童しどうさまのこと、この国のことをお知りになられてください。なにか困りごとなどございましたら、遠慮なく雷狐らいこにお申し付けを」


 雷狐らいこの優しさが身に染みる。


「そろそろりんさまのお部屋の準備が整ったかと思います。りんさまには、紫音しおんをつけさせていただきますので、身の回りのことは紫音しおんにお申しつけください」


 そう言うと、先ほど出てきたところとは別の入り口に案内される。完全に雷狐らいこがいなければ迷子になるだろう。もともとりんは方向音痴なのだ。本人は自覚がないようだけれど。

 

 入り口には、紫音しおんと数名の女官がりんを待っていた。


「では、明日は朝から婚礼の支度をさせていただきます。紫音しおん、準備はよいか?」

「はい。お部屋は既に整えさせていただいております。さぁりんさま、こちらへ」


 紫音しおんりんに手を差し伸べる。りんはその手にそっと手を添えゆっくり階段を上がる。


雷狐らいこさん?」

「はい。りんさま」


 部屋の前でりんは振り向き、まだ庭にいる雷狐らいこに話しかけた。


雷狐らいこさんにも…明日会えますか?」


 その質問に、りんの心の不安を雷狐らいこは読み取った。たった一人で知らない土地しかも神の国に到着し、誰が誰かもわからない状態で婚礼の儀の話をされたかとて、不安にならない方がおかしいのである。


 泣きだしたいだろうに、何と気丈な。雷狐らいこは渾身の微笑みをりんに向けた。全てを包み込むようなそんな暖かい空気が流れる。


「もちろんです。りんさまが会いたくないと言われましても、お側におりますので、ご安心くださいませ」


 雷狐らいこが優しく頷くと、りんの顔に安堵と笑顔が戻ってきた。


「ありがとう。また明日…」

「はい。りんさま。ごゆっくりお休みくださいませ」


 りんは用意された部屋へ入って行った。




「明日は婚礼。何事もなく無事に終わればいいがのぉ」


 雷狐らいこは明日の準備のため、神の民が総出で準備している会場へ向かうのだった。

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