神の国

第9話 神の国で再会

りんさま…。りんさま!」

「う…うぅ~ん」

「ご気分はいかがですか?」


 どこからか聞こえてくる声で、りんは目覚めた。


「ここは…」

「ここは神の国ダルモアでございます」

「ダルモア?」


 ふかふかのお姫様ベッドで目覚めたりんは強張った体をゆっくりと起こし、声の主を探す。人間界で出逢った紫音しおんと名乗った神の使いとは違う深みのある声だった。


 ゆっくりとではあるが、明るい光に目が慣れ、りんは声のした方向を探す。すると部屋から見える庭に一人の男が膝まずき頭を垂れているのが見えた。

 りんは歩けることを確認するかのように、ゆっくりと庭の方へ進む。


「私…神の国に到着したのですね」


 はっ、ご挨拶しなければ! りんはあわてて正座をし、三つ指をついて深々と挨拶を始めた。


「申し遅れました。私、上母雲かみあぐもの村から参りました御子柴みこしばりんと申します。不束者ふつつかものですがどうぞよろしくお願いいたします」

「あぁ~りんさま。私獅童しどうさまではないのです。どうか頭をお上げくださいませ」


 声の主は慌ててりんのそばに駆けつけ、りんを抱き起こした。

 りんと目が合うと、声の主は一歩下がり膝まずく。


りんさま。私は獅童しどうさまの記録係、雷狐らいこと申します。この度はよくぞこのダルモアへお越しくださいました」

雷狐らいこさま…?」


 りんは不思議なものでも見るように、少し首を傾け雷狐らいこの姿を眺める。


 白くて長い髪。頭には犬のような狐のような耳がついている。膝まずき体を支えている腕には、鍛え上げられた筋肉が服の下からでも見ることができた。

 さらに雷狐らいこには大きくてふさふさで真っ白な尻尾が生えていて、それは飾りではなく自前の尻尾だとすぐに分かった。


 正座をして雷狐らいこを不思議そうな目で見つめていたりんを優しく立ち上がらせて、「さぁ、城の中を案内しましょう」と雷狐らいこは微笑んだ。なんて穏やかな優しい笑顔。

 りんは、「こちらです」と言った雷狐らいこの左腕に、見覚えのある布が巻かれていることに気づいた。


「これは…?」

「あぁ、こちらは…、その節は本当にありがとうございました」

「えっ? えっ? もしかして、あの真っ白な狐ちゃん?」


 雷狐らいこは嬉しそうにニッコリ笑い、狐ではありませんけどね、と照れた様に尻尾をフリフリしている。


「あ、ごめんなさい。狐ちゃんなんて失礼なこと…」

「いえいえ、我々は神の使いとして人間の前では真の姿を見せるわけにはいかず…あの時は大変失礼いたしました。」


 雷狐らいこりんの前を歩き、先ほどの庭へ降り立った。もちろん、りんが庭に降りる際に手をそっと差し出したのはいうまでもない。


紫音しおん、私はりんさまをご案内してくる。準備は任せたよ」

「承知いたしました」


 紫音しおんの心地よい声が聞こえた。全ては神の使いによって着々と準備が進んでいる。


「あのぉ~」

「なんでしょう?」


「私がお遣いすべき旦那さまに、まずはご挨拶をさせていただきたいのですが…、可能でしょうか?」


 りんは立ち止まり戸惑った顔で訊ねた。


 神の国ダルモアは緑豊かな美しい国。見たこともない建物、見たこともない木々が生い茂っており、本当であればいろいろ観て回りたい。りんの好奇心を刺激するのに十分な景色が広がっている。でも今は挨拶が先だ。


「大丈夫ですよ。すぐにお会いできるかと」


 雷狐らいこは少し困った顔をしていた。何かあるのかしら? りんは少し不安になる。

 神は厳かで力強く慈愛に充ちている(ハズ)。嫁をめとることなど深い意味はないのかもしれない。


 できれば愛し愛され、共に過ごす時間を楽しく過ごしたい。でも…それは叶わぬことなのかもしれない。だって、神は皆を愛するものだから。


 りんは自分が結婚というモノに対して期待していたことに愕然とする。


「何もりんさまが、気になさることではありませんよ。時がくれば全て明らかになりましょう」

雷狐らいこさま…」


 雷狐らいことお呼びくださいませ、と雷狐らいこは照れながらりんに微笑む。その笑顔はりんの不安を優しく包み込み、つられてりんも微笑んだ。


「ありのままのりんさまで良いのですよ。少し歩きましょう」

「はいっ」


 ダルモアの城内はとても自然豊かで、木々には見たこともない鳥たちがさえずり、路の脇には綺麗な花々が咲き誇っている。そこを蝶がヒラヒラと舞い踊りりんを歓迎しているようだ。


「どうですか? この国も捨てたものではないでしょ?」

「えぇ、とっても綺麗~。今は春なのかしら?」


 りんはキラキラした瞳でそう言う。


「はい。人間界と同じでここにも春夏秋冬があります。あ、もう少ししたら我が国自慢の一つ、御堂の滝をご覧いただける絶景ポイントに到着いたしますよ」


 そう言うと、少し道が上り坂になり、雷狐らいこりんを気遣いながら進む。回りには神の民と思われる女性たちが花を摘んだり忙しくしていた。

 雷狐らいこの姿を見ると、皆手を止め深々とお辞儀をしている。雷狐らいこはかなり上級の階級なのかもしれない。


「うわぁ~~~っ。綺麗~」


 小高い丘を上がり切ると、眼下に広がる広大な土地と、そこへ降り注ぐかのように滝が勢いよく流れ落ち、虹をつくっていた。水の源はさらに上流にあり、大きな城の一部から流れ出でているようだった。


 キラキラした瞳で景色を見るりんの横顔を満足げに雷狐らいこは見つめていた。


「お気に召されましたか? ここに広がる平野こそダルモアの国。さらに南に行くと大きな海が広がっております。我が主はこの国を、この民を取りまとめております」


 雷狐らいこも誇らしく思っているのだろう。先程から大きなふさふさの尻尾がゆらゆらと揺れている。


「本当に素敵です。私もあちらに行ってみたいわ」

「そうですね、いつか実現する日がくると思いますよ」


 そんなやりとりをしていると、どこからか雷狐らいこを呼ぶ声が聞こえてきた。そしてその声は滝の下から徐々に大きくなる。


「おーーーーいっ! 雷狐らいこ!」


 すごい勢いで、ぴよぉ~んと滝の岩を渡り飛びながら人影らしき姿が、りん雷狐らいこの目の前に現れた。


「きゃっ」


 驚くりんを他所に、飛び込んで来た男は自分と同じくらいのサイズの魚を木の棒に吊るし、りんたちの目の前の柵に座り込んだのだ。


「見ろよ。これなら父上も喜ぶんじゃないか?」

獅童しどうさま! また魚を!?」

「あぁ、このくらいインパクトがないとな、父上はお喜びにならないだろ?」


 りんは驚いてなにも口を挟むことができなかった。獅童しどうと呼ばれた魚を持った男も、まるでりんの存在に気付いていないかのようにふるまっている。


「あ、あの…?」


 りんが初めて、獅童しどうと出逢った瞬間である。


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