第6話 雷狐の帰還

獅童しどうさま。雷狐らいこさまが戻られたようですよ」


 獅童しどうを膝枕していたじんが、耳元で囁く。


「おぉ、そうか。お前たち、下がって良いぞ」


 獅童しどうはパッと起き上がり嬉しそうにそう言った。何だかんだ言っても、嫁の存在は気になるのである。

 その証拠に、自慢の尻尾がゆらゆら揺れていた。


「かしこまりました」


 じんりょう獅童しどうに深々と頭をさげ、大人しく部屋を出ていく。それと入れ違いに、人間界から戻ったばかりの雷狐らいこ獅童しどうを訪れた。


獅童しどうさま! ただいま戻りました!」

「早かったな」


 獅童しどうは先ほどとは一変して興味なさげに横になり、ふて寝モードをきめこむ。でも、相変わらず自慢の尻尾はゆらゆら。

 雷狐らいこはその点に気付きながらも獅童しどうの前に座り深々と頭をさげる。


「遅くなり、申し訳ございません」

「遅くはない。別に俺は気にしてなどおらん」


 頭をあげろ、と無理に横になりながら、酒を飲もうとする獅童しどうが可愛らしく見える。気になっているのに気のないふりを(笑)、と心の中で突っ込みを入れる。雷狐らいこには獅童しどうの心の内が手に取るようにわかるのである。


 そんな雷狐らいこの視線を無視し、獅童しどう雷狐らいこの左腕に汚く巻かれた布に気付く。



「その腕はどうした?」


「あ、ちょっと転びまして…。りんさまに治療をしていただきました。本当にできたお嬢さまでございます(遠い目)」

「お前、怪我をしたのか?」

「えぇ、まぁ~ただの擦り傷です」


 雷狐らいこ獅童しどうに酒をぎながら嬉しそうに話すものだから、獅童しどうの尻尾はさっきよりも降り幅も大きくゆらゆら揺れ始めていた。これは興味深々な証拠なのである。


「大事にならなくて、よかったな」

「ありがとうございます。それにしてもりんさまのお優しさは、本物です! あぁ雷狐らいこは次の満月、獅童しどうさまの花嫁にりんさまがこの国にいらしてくださるのが楽しみです」


 ふん、と鼻をならし獅童しどうは酒をあおる。


「その娘、何と言ったかな?」

りんさまです」

「あぁ~そうだったな。その、りんと言う娘とお前のやり取りを見せてみろ。どうせお前のことだ。記録をしているのだろ?」


 そう、神の国の中でも記録係を務める雷狐らいこは、記憶を映像として蓄積し、また再生できる能力を持っていた。なので、獅童しどうの子どもの頃からのお付き人として様々な記録を保管しているのである。


 酒神ばっかす見習い中の獅童しどうが酔いつぶれて妙なことを口走った場合、国の一大事になりかねない。だからいつも雷狐らいこが重要な部分を記録し、獅童しどうに報告するのが常であった。


「さようでございますが…、ご興味おありですか?」

「お、俺はお前の怪我の具合をだな」


 ふふ。と雷狐らいこがニヤけるものだから、獅童しどうは更に言い訳を重ねる。それを遮るように、雷狐らいこはスッと後ろに下がった。


「大丈夫ですよ。獅童しどうさま。準備いたしますゆえしばしお待ちくださいませ」


 どこからともなく現れた大きな盃に雷狐らいこが手をかざすと、みるみる盃が水で満たされた。

 そこに雷狐らいこは自分の尻尾の毛を何本か引っこ抜き浮かべた。


 どうやら雷狐らいこが見たモノ聞いたモノは、いったん雷狐らいこ自身の記憶となり、記憶された情報は尻尾に記録として蓄積されているようなのだ。だから雷狐らいこの尻尾は情報のバックアップを兼ねて3つに分かれているとかいないとか…。


獅童しどうさま。まいりますぞ」


 獅童しどうは胡坐をかき、尻尾をさっきから激しくフリフリしている。お預けをくらった犬のような仕草だ。


「我が記憶蘇りて、この水面に映したまえ」


 雷狐らいこが呪文を唱えると、盃がピカっと輝き光を放った。しばらくするとその光はキラキラと舞、盃の中に戻って行った。

 すると不思議なことに、雷狐らいこが見たであろう景色が、水面に映像として映し出されたのだ。


「おぉ~これが人間界か」

「はい。とてもきれいな場所でございました」


 映像は雷狐らいこが人間界に降り立ったところから始まり、りんと別れるところで終わっていた。


「これで全てでございます。りんさまはとてもお優しく、獅童しどうさまには勿体ないほどでございます」

「ふん」


 雷狐らいこは、映像をりんの笑顔のシーンに巻き戻す。拗ねたと思った獅童しどうは、盃に映ったりんを横目でチラチラみながら酒をあおる。


「まぁまぁだな」

「きっと獅童しどうさまも気に入られますよ」

「どうかな」


 そう言い、獅童しどうはスクッと立ち上がった。


「俺は寝る」

「し、獅童しどうさま?」


 獅童しどうは鼻の頭を掻きながら雷狐らいこに告げた。


「好きにしろ」


―― なんと! 獅童しどうさまが。獅童しどうさまがやる気になられた! これはなんとしても。


「ははぁ! 承知いたしました。それでは盛大な宴の準備をいたしましょう」


 雷狐らいこが喜び勇んでいるところ、くるっと自慢の尻尾をウエストに巻き付けて、少し千鳥足になりながら獅童しどうは寝室へと向かった。本当に寝るらしい。


 そして扉の前で、何かを思い出したように振返った。


じんに、酒を持ってこさせてくれ」

「承知いたしました」


 パタンっと扉が閉まる音が聞こえ、広間には雷狐らいこだけが取り残された。


「まったく…素直ではありませんな」


 これから神の国は獅童しどうりんの婚礼の儀を行うため、とんでもない準備に追われることになる。


 じんりょうも駆り出され、大忙し。陣頭指揮をとる雷狐らいこは、兼ねてから計画していたこと、調べつくしていた伝統儀式の準備をひたすら行うのであった。


 

 もうすぐ、満月がやってくる。

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