第4話 雷狐との出会い

「うゎ〜かわいい! どうしたの? どこから来たの?」


 りん雷狐らいこと目線を合わせるようにしゃがみ込んだ。


 さっきまで、自分が神の嫁になるなんて現実離れした話にモヤモヤしていたのが嘘のように、心がスーッと落ち着いていくのを感じていた。


 雷狐らいこは相変わらず尻尾をフリフリしてりんをじっと見つめている。何か言いたそうだけれど、今のりんには雷狐らいこの声は届かなかった。


 月は三日月。月あかりを期待できない暗闇の中だというのに、雷狐らいこの姿はりんの目にはっきりと見えた。白い毛並みがまるで光を放っているかのようだ。


「あれ? 怪我をしているの?」


 よく見ると雷狐らいこの白い前足が赤茶色く汚れているのに気づく。どこかの葉っぱか何かで切り付けたのだろうか。斜めに鋭利な傷があり、その周りに土がこびり付いていて、とても痛々しく見える。


「おいで」

「くぅ〜ん」


 りんが両手で雷狐らいこをふんわりと抱き抱え、膝の上に座らせ傷ついた足の、血の付いた土を丁寧に剥がす。そして近くの川辺に降り、傷口を水で洗い流した。


「痛いよね。ちょっと我慢してね」


 水が傷口に触れた時、一瞬雷狐らいこの体がこわばった気がしたが、その間も雷狐らいこりんの腕の中で大人しくしていた。


―― なんと心根の優しい娘さんじゃ。お顔立ちもお心も申し分ない。獅童しどうさまには勿体無いくらいじゃ。


 雷狐らいこはじーっとりんを見つめながら、そんなことを考えていた。


「よし。傷は深くなさそうね。…ちょっと待ってね」


 りんは腰に下げた巾着の中からあるものを取り出した。それは母から受け継いだ傷を癒す塗り薬の入った貝殻だった。そこに我流がりゅうから教わった薬を継ぎ足して持ち歩いていたのである。


「ちょっとしみるかもしれないけど、我慢しようね」


 ビリビリビリっ。りんは自分の服の裾を切り裂き、止血用の簡易包帯を作った。そして優しく雷狐らいこの傷口に塗り薬を塗り、その上から布でぐるぐると器用に手当てをしたのだった。


「これでよしっと。このお薬はすごいの。我流がりゅう叔父さまから教わったのだけれど、回復力は抜群よ! 傷も残らないわ」

「くぅ〜ん」


 雷狐らいこの目は喜びでうるうるしていた。


―― なんと痛みが引いてきましたぞ。人間も凄いモノを作るのですな!


「よしよし。もう危ないことをしちゃだめよ。間違って弓で撃たれたりしたら大変。命がいくつあっても足りないわ。気をつけて帰るのよ」

「くぅ〜ん」


 りんはそっと雷狐らいこを地面に下ろしてあげた。モフモフの毛並みがとても気持ちが良くて、ずっと抱き締めていたくなる。雷狐らいこに触れていると心が落ち着くから不思議だった。


「キャン」

「うん? どうしたの?」


 雷狐らいこはまだ大きな白い尻尾をふりふりして、りんをじっと見つめている。何か話し足りないと言った感じだ。

 雷狐らいこの先には、悟り窯さとりがまがまだ灯りを灯していた。そこには弥勒みろくが煤にまみれながら薪をくべているのだろう。弥勒みろくのことを考えたとたん、りんはお萩でも丸呑みしたような胸の痛みを感じた。


弥勒みろくさま…」


―― きっと弥勒みろくさまに会ったら、私…泣いてしまう。きっと…。


「くぅ〜ん?」


 雷狐らいこが首をかしげりんを愛くるしい瞳で見つめていた。りん雷狐らいこの隣に座り、そっと雷狐らいこを抱き抱え白いモフモフの体をぎゅっと抱き締める。雷狐らいこの体はふかふかでとても気持ちがよかった。


「ごめんね。私、私ね」


―― りんさま…。


 いつの間にかりんの目からは大粒の涙が溢れていた。いきなり言われた神の嫁となる話。二度と会うことがないであろう友人、家族、そして弥勒みろくのことを思うと胸が張り裂けそうだった。初めての神の国。不安だらけで本当は叫びたいくらいだ。


 ひとしきり泣いた後、りん悟り窯さとりがまの扉を叩くことなく家に戻るために立ちあがった。


「ありがとう。なんだか泣いてしまったら、スッキリしたわ」

「くぅ〜」

「そうだ! あなたにはお礼をしなくちゃね。これあげる」


 そういうとりんは自分の足首に結びつけていた組紐を解き、雷狐らいこの尻尾に結びつけた。


「ふにゃ?」

「うん、とっても似合ってる!」


 雷狐らいこは自分の尻尾を見ようとくるくる回る。でも見れるわけがない。


「あは、大丈夫よ。とっても素敵だから。またいつかどこかで会えるといいわね」


 そういうと、りんは少し明るくなってきた道を歩いていく。もう泣かない。自分は神の嫁という立場でみんなを見守るのだ。と決意して。



 雷狐らいこは、しっかりと凛の気持ちを受け止め、その背中を見送った。


「なんと心の綺麗なお方じゃ。我々もしっかりと姫をお迎えせねばなるまい」


 雷狐らいこはそう言うと踵を返し、来た道を戻っていくのであった。




 その頃、獅童しどうは? というと…。


雷狐らいこ、遅いの〜」

「そうですね」


 側近のじんの膝を枕に、酒を浴びながら鼻をホジホジしていた。

 その隣には団扇を優しく仰ぐもう一人の側近、りょうが微笑んでいる。


 さて…りんの決意とゆる~い感じの獅童しどう…。二人の行く末はいかに!?

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