第235話 オークション1

 日本のとある場所。ここには現在世界中の名だたるVIPが集まっていた。

 

「随分と物騒だな」 

 

 どこの軍事施設だといわんばかりの、ある意味サミットよりも厳重な警備体制の中、武藤は猪瀬の車で会場に入って行く。

 

 かなり大きな会場は本当にサミットでも開かれるのかと言わんばかりの大きさであり、会場内にはそれなりの間隔で中が見える個室のような透明な衝立のような仕切りが多数設置されていた。舞台上から見ると電光掲示板のようなものがその小屋の上に表示されている。どうやら現在会場のテストをしているようで、そこに個室番号とおそらく値段であろう数値が表示されている。そして舞台の上部と会場後方上部には現在の最高値と個室番号が表示されており、すぐにわかるようになっていた。

 

「声や札を挙げなくても手元で数値入力できるようになってるんだ」


「ならネットでよかったんじゃ?」


「セキュリティの関係上ネット回線を使うのはなあ。後どうせ落としたら現物をその場で確認してもらって渡すから、どっちにしろ来てもらわんと駄目なんだよ」


 後から偽物だとか言われても困るから、引き渡す際に映像を撮り、受け取りの証書にサインを貰う形式だと剛三は言う。

 

「とりあえずお前の言う通りに準備してあるから。後はお前次第だぞ。司会はいるけど、商品説明はお前にかかってるんだからな」 

 

 なにせ武藤しか説明できないのである。他の人間では聞いただけではわからないことも多いのだ。

 

(ガラクタばっかりだけど大丈夫かな……)


 武藤は想像より何百倍も規模の大きい話だったことに驚いていた。こんなにくるとは思っていなかったのだ。だから用意したアイテムも異世界ではガラクタ扱いだったため、武藤が安く買い占めたものが殆どである。

 

(まあ、買わなきゃ買わないでもいっか。別に売れなかったところでどうということもないし、無理に売る気もないし)


 武藤はいつも通り楽観的だった。自分のもたらすアイテムがどんな影響を与えるかもしらずに。

 

 

『セーメー!!』


「ん? 誰?」


 会場でリハをしていると、突然声をかけられる。だが全身真っ黒な格好で顔も隠れているため、イスラムの女性ということしかわからない。

 

『やあ、セーメー』


 誰か考えているとその女性の後ろから若い男性が声をかけてきた。そっちには見覚えがある。

 

「アキール……だったか?」


『おおっよく覚えていたね。ちなみにその子は君に助けて貰った妹のアティーファだ』


 ああ、とそこで武藤は思い出した。そういえば兄妹揃って治したな……と。ちなみにアキールはテロで四肢欠損の重傷で、アティーファは全身火傷でなんとか生きているという状態だった。

 

『あの時はありがとうセーメー』


「仕事だから」


『相変わらずだな君は。君には是非妹の婿として王族入りしてもらいたいのに』


「俺は神に会ったことがあるが、イスラムの神には会ったことがない。神を敬う気持ちは否定しないが、信仰はしない。だから無理だ」


 イスラム教徒と結婚する場合、イスラムへの改宗が必須である。これが男性側がイスラム教徒で女性が嫁ぐ場合は女性側はキリスト、ユダヤ、イスラムのどれかを選ぶことができるが、女性を娶る場合、男性側はイスラム一択なのである。


 とんかつ大好きな武藤としては豚肉が食べられないイスラム教は絶対に無理なのだ。そもそも会ったことのある神様があの女神なだけあって、神という存在はいるものとわかっているが、助けて欲しいとは思っていないないのである。

 

『それは残念だね。君は是非一族に加えたかったのだが……』


「諦めろ」


 武藤がそっけなく断ると、苦笑しながら兄妹は去っていった。会場を見渡すと、客同士が集まって色々と話しが盛り上がっているのが見える。武藤は興味がない為全く知らないが、ここに集まっている面々はフォーブスに世界に影響のある人物として名が挙げられるような者ばかりである。簡単にいうと世界の長者番付で上から数えたほうが早い面々だ。何人か日本の金持ちや政治家がいるが、あまりの場違い感に浮いてしまうほどであった。

 

 なにせ先程のアキールでもちょっと馬のレースさせてみたいとまるでミニ四駆のコースでも作るように本物の競馬場を作ってしまうレベルの金持ちである。そんなアキールが、ここにいる面々の中だと下から数えたほうが早いのだ。世界の資産の何割かがここに集まっているといっても過言ではなかった。

 

 そんなことなどつゆ知らず、武藤は楽天的にガラクタ売れるかなあ程度にしか思っていなかった。

 

 

『それではおまたせしました。これより第一回、晴明オークションを開催いたします』


司会は猪瀬の男であり、英語で行われている。これは同時通訳で各言語に翻訳されて、各自の手元にあるディスプレイに字幕表示されている。もちろん同時通訳放送もしている為、そちらを聞くこともできる。


『今回は商品を一切事前に告知しておりません。その為、御本人に説明してもらいます。ではご登場いただきましょう。晴明!!』


 そう言われて武藤は舞台袖から姿を表した。すると観客たちが一斉に声をあげて拍手しだした。世界のVIPの大歓声である。

 

「やあどうも。今回なにを持ってきたらいいかと色々と悩んだんですが、とある場所で手に入れた珍しい物をご用意しました。買わなくてもいいから気楽に見ていってください」


 武藤がそういうと会場からはジョークと受け取ったのか笑いが溢れた。オークションで買わなくていいなんて普通は言わないのだ。日本人以外は。

 

「最初はまあ、ガラクタです」


 そういって武藤が台の上に出したのは丸いお皿のような物であった。

 

「これは輪廻の寄り道っていうアイテムです。1年に1回だけ、少しの間死者と話しをすることができます」


 その言葉に会場中からおおっという声が響き渡る。

 

「ただし、色々と条件があって面倒くさい。まず対象の肉体か、対象が生前長い時間身につけていたものが必要になる。そして一番重要なのが、相手が既に生まれ変わっていると呼べないってこと。人の魂ってのはよほどのことでもない限り基本生まれ変わる。だがその期間はまちまちですぐに生まれ変われるものもいれば、全く生まれ変われないものもいる。善人程早く生まれ変わるのは間違いないんだが、殺されたやつは現世に残されて、生まれ変われない事が多い」


 武藤の言葉に会場は先程までの騒々しさとは裏腹にシーンとなっていた。

 

「だからこいつは使い方が難しくてな。使ってなにもなかったら生まれ変わってるんだろうなってことがわかる。それで安心するってのもありだけど、こいつはもっぱら他のことに使われてた。殺された直後のやつを呼び出して犯人を聞いたりとか、下手したら容疑者を殺してそいつを呼び出すとかもある。なぜかと言えば、死者は


 その言葉に今度は会場が騒然とした。

 

「それで犯人や動機を聞くって使い方もされていた。それが例え……だ」


 つまり例え真実を喋っていても怪しいから殺して真実と確証を得るのである。

 

「まあここのオークションに出る人には意味がないかな。後で自白薬ってのを出品するから、そういう用途があるならそっちを使ったほうがいい。だからこいつは死んだ家族が生まれ変わっているのかを確認して、安心したいやつが手に入れたほうがいいだろう。ちなみにここでテストして見せられないから、使うときに呼んでくれれば俺が現場まで行って直接使って見せるんで、そこは安心してほしい。ってことでそうだな……俺にとって使い道が無いガラクタみたいなものだから1万くらいでいっか」


『さあ、1万で開始です。お手元のタブレットからご入力くださ――おっと2万でました、3万、4万、20番の方5万!!』


『100万でました!! 他にはいらっしゃいませんか? 100万で5番の方落札です!! おめでとうございます』


(こんなガラクタ100万で売れんの!?)


 武藤は知らなかった。こんな使い道のないガラクタなら適当に1万円でも売れれば儲けものだなといったのだが、このオークションの単位はアメリカドルである。つまり先程の100万は円ではなく100万ドル、およそ1億5000万円であった。

 

 

「次いきましょうか。これも大した物じゃないけど防毒の指輪っていう指輪です。特に解毒作用があるわけでもなく、ただ毒が近くにあるとここの宝石の色が変わる。それだけです。食事の時に手を近づけるだけで毒の有無がわかる。どんな毒かまではわからないから、ただあることがわかるだけなんだけど。賞味期限が切れてて悪くなってるか調べるのに便利ですね」


 そういうと会場からは笑いが溢れた。

 

「これも1万くらいでいっか」


『さあ、こちらの商品も1万から開――10万!? いきなり10万がで――50万!?』


 とんでもない速度で値段が上がっていく様をみて武藤は呆然としていた。

 

『200万!! さあ、他にはいらっしゃいませんか? では200万で7番の方、ご落札です、おめでとうございます』  

 見ればそこには先程のアキールの姿が見えた。

 

(そこまでして欲しかったのか……デザインが気にったのかな?)


 武藤は能天気に考えていたが、王族であるアキールには喉から手が出るほどほしい一品であった。この歳になるまでに何度毒殺されそうになったのかわからないのだ。故に50万、100万、200万と全く譲る気はないという姿勢を見せて強引に落札したのだ。他の者は王族を敵に回してまでに欲しいとは思っていなかった為、ここは素直に引いたのである。

 


「えーとじゃあ次。これはちょっとおもしろいやつ。重力軽減の腕輪だ」


 そういって武藤は無骨な腕輪を取り出した。

 

「ちょっとこっち来て」


 武藤は控えていたアシスタントの女性を呼び腕輪を付ける。

 

「ジャンプしてみて」


「は――いい!? きゃあああああ!!」


 アシスタントの女性は舞台の遥か上空へと舞い上がった。スカート姿であった為、落下時には必死にスカートを抑えている。そのままゆっくりと地面に着地し、アシスタントの猪瀬スタッフは安堵の息を漏らした。

 

 会場はまさに興奮の坩堝であった。そんな魔法みたいなアイテムがあるのか? と。ここにいる者たちは購入できるものであればなんでも購入できる者たちである。だが人知を超える魔法のアイテムなんぞ見たことがないのだ。

 

「まあ、見ての通り装着者にかかる重力が約6分の1になる。月にいる感じだな。常に付けると体がそっちの重力に慣れて貧弱になるから、遊ぶときだけにつけることをおすすめする。後、飛行機とかに乗ってるときに付けると万一墜落するような時でも飛び降りたら助かる可能性が高いかも? これも1万でいっかな」


『ではこちらの商品も1万か――100万!? 200万!?』


 凄まじい速度で値段が上がっていった。なにせここでしか手に入らない、いやおそらく世界に1つだけのアイテムである。

 

(こんな玩具がえらいことに……)


 空を自由に飛べる武藤からしたらガラクタである。だがオークションの熱狂は冷めやらず、値段は信じられない額へとなっていった。

 

『1500万!! 1600万!! 2000万!? 2000万いませんか? 11番の方、2000万で落札です!! おめでとうございます!!』


(マジか!! こんなガラクタが2000万!!)


 ちなみに武藤は2000万円と思っているがドルに換算すると30億である。会場からは拍手が送られ、落札したアメリカ人は手を上げてそれに答えていた。

 

「ちなみに言っておくと購入した物はどうしていただいてもかまいません。研究機関に回してもらってもSNSに投稿して自慢してもなにしてもいいです。ただ、出どころだけは公開しないでくださいね。狭い国なんで、日本の片隅でやってたオークションで手に入れたとか言われて、移民どころじゃないくらい人が集まられても困りますから」 

 

 武藤のトークで会場中から笑いがおきた。

  



 

 

「さあ、どんどんいこうか。今度のは防衛の指輪。これは3回だけ自身にくる一定以上の肉体的ダメージを防ぐことができるものだ。これから性能テストをするけど、もちろんお渡しするのは使用回数3回の物だからご安心を」


 そういって武藤はアシスタントに指輪を付けてもらう。そしてアシスタントにワイヤーを付けて上へと登ってもらい、ワイヤーを外して天井付近の梁のところで待機してもらう。

 

「今からあのアシスタントの子に飛び降りてもらいます。そのままだとあれなんで頭からお願いします」


 武藤のその言葉に会場から悲鳴があがった。アシスタントも恐怖からかなかなか飛ぼうとしないが、意を決したのかそのままアタマから飛び降りた。なぜこんなに度胸があるかといえば、このアシスタントを全部こなすと1億のボーナスが貰えるためである。そしてこの子は武藤の存在を知っている数少ない精鋭の一人でもある為、武藤の力も理解しているのだ。

 

「!?」


 アタマから落ちたはずの女性だが、地面に叩きつけられると思えば全く落ちた音がせず、地面から少し上で完全に停止した状態になり、そのまま其の場で前転でもしたかのように地面に転がった。

 

「見えましたか? 一瞬だけ白い光が出たでしょ? あれが発動の光。そして腕輪を見ると3つの緑色のうち1つが赤色になってるでしょ? 1回使って残り2回ってこと」


 腕輪には3本の緑色の線が書かれており、そのうち1本が赤くなっていた。それはカメラでアップで映され、大型モニターに表示されていた。

 

「ちなみに核ミサイルの爆心地にいても平気です。まあその後放射能で死にますが。じゃあちょっと弱いけど銃で撃ってみましょう」


 武藤が視線を向けると、SPらしき者が現れ躊躇いなくアシスタントの女性を撃った。

 

「!?」


 会場からは思わず悲鳴があがるが、武藤が持ったカメラが女性の前で静止する銃の弾を見せると、おおーという歓声が響き渡った。

 

「たった3回しか使えない使い捨てですけど、これをつけてれば交通事故にあっても生き残れます。これも1万でいっかな」 

 

 そういって始まったが気がつけば先程よりも上の5000万で落札されていた。

 

(マジで!?)


 地位も金も手に入れたものが一番恐れるのは、病気と不意の事故である。3回だけとはいえ、不意に訪れる事故を防げるというのはなによりも貴重であった。保険と同じであり、安心を買うのである。命の危険を感じている者たちがこぞって入札することで、とんでもない値段で売れたのであった。

 

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