第232話 釣られたのは

「はーいそれでは皆様おつはなー!! ばいばーい!!」


 その日の夜。風花風香は配信を終えるとシャワーを浴びて寝室へと向かう。もちろん武藤がチェック済みで、シャワー室と更衣室にはカメラも盗聴器も設置されていなかった。


 そこでインターホンがなり、風香はメガネにマスクの男を出迎える。上に大きなTシャツのみという煽情的な格好のまま男、武藤を寝室へと誘った。そして武藤の汗を拭いたタオルをカメラが入っている人形にかける。。

 

「んっ……あっ駄目っ電気消して……」


 風香のその言葉で寝室の明かりが消える。そして部屋には淫靡な声だけが響き渡った。何故こんなことになっているのかといえば……。

 

 

 

 

「お芝居?」


「多分、熱狂的なファンだと思うから、男の影をちらつかせれば食いつくと思うんだ。そこで辞めるか食いつくかは賭けだけど、合法的な証拠というと向こうから手を出させるしかないかな」


「えっとどうすれば?」


「付き合ってる男がいるって感じを見せればいいと思う」


「つきっ!?」


「お芝居だから。彼氏がいるなら任せたいんだけ「いません!!」……そう」


 ということで武藤が彼氏役となったのである。

 

 

(魔法使いさん、本気でお願いします)


(いやいや、お芝居だから。手は出さないから。これだけでいいから)


(私はお芝居なんてできないからそんなんじゃバレちゃいますよ!! だから本気でお願いします!!) 


(……いやさすがそれはまずっ!?)


 さすがの武藤もまずいと断ろうと思った瞬間、風香の唇が武藤の口を塞いでいた。

 

(初めてのキス。責任取ってくださいね)


(さすがにそれは……)


(はるちゃん達程じゃないけど、私もそれなりにあるんですよ?)


 そういって風香は武藤の手を自分の服の中へと導く。武藤の手には柔らかな感触が伝わる。下着の上はつけていなかった。


(ゴム……付けなくていいから)


(!?)


 武藤の理性が崩壊した。結果……お芝居じゃなくなっていた。


 ちなみに風香はその手の知識も経験も全くなかった為、エロ漫画と自身の配信で書かれたコメントから自身で調べた、男をその気にする台詞を言っただけである。

 その結果、興奮した武藤は盗聴されていることも忘れて朝までがんばってしまったのだった。


 

 

 

 

「たっくん?」


 翌日。再び春華の家に集まったVtuberの面々の前で武藤は正座させられていた。

 

「お芝居じゃなかったのかな?」


「……面目次第もございません」


 武藤は何故か春華と違い、風香、未来、木葉の3人からは初対面にもかかわらず、打算も何も無い本気の愛情を感じ取っていた。そして弥生の友人である風呂上がりの美人の誘惑である。性欲魔神の武藤では抗う術はなかった。ちなみに今回は初体験で唯一ハメ撮りがなかった。電気が消えた部屋ではさすがにハメ撮りはできなかった為である。

 

「風ちゃんあんたまさか……」


「……てへっ」


「おまっ!! 盗聴されてる部屋なんだぞ!?」


「落ち着いてあかりちゃん!!」


「あかり先輩マジ焦ってておもろー」

 

「これが落ちついていられるか!! 私も!! 私にも手だして!!」


「落ち着くでござる!! 私も一緒に!!」


「一緒にて……」


 大混乱であった。

 

 ちなみに武藤は春華にだけは本気で手を出そうとしていない。なぜなら愛情を全く感じ取っていなかったからである。だがこれは春華の事情によるものである。春華はあまりに男性とかかわらなかった為、家族とそれ以外という括りでしか男性と関わってきていない。そして家族以外の男性は金づるという認識なのである。なぜかといえば、男性に対して恋愛感情というものを今まで持ったことがなく、肉欲はあるが経験がない。そして知識もない為、結果として男といえば配信でお金をくれる人、すなわち金づるという認識になってしまうのである。つまり現在の春華では武藤が察知できる愛情なぞ生まれるはずもないのだ。

 

 

 

「で、これが朝DMで来てたやつ」 

 

 そういって風香が見せてきたスマホには、盗撮されたと思わしき風香の配信中の映像と、男と別れろという言葉であった。

 

「こいつバカじゃないの? こんな簡単に証拠残すか普通?」


「私は犯人ですって名乗りを上げるってある意味すごいね」


「それじゃ警察にいこうか」


 その後、猪瀬の圧力もありあっという間に犯人は捕まった。

 

「まさかオーナーの孫とか……」


 犯人はあのマンションのオーナーの孫であり、あのマンションの管理人でもある男であった。

 

「そりゃあんな高層階でセキュリティがしっかりしてても忍び込めるわけだよ」


 なにせマスターキーを持っているのである。そしてマンションのカメラでエレベーターや通路、入口等は監視している為、風香が出かけて留守にするタイミングは容易に把握できるのだ。 

 

「まさか隣がそいつの部屋だとはね」


 空き家になっていた風香の隣の部屋をその男が抑えていたのである。

 

 事の発端は偶然その男が風香の声を聞いてしまったことである。マンションの入口で電話している風香の声と会話内に出てくる単語で、もしや? と思ったのがきっかけだったそうだ。熱狂的なファンであった男はその後、調べた結果風香だと知り、侵入して盗聴器等をつけて現在に至ったらしい。

 

 

「これで一件落着かな」


「まだよ!! まだ私とこのちゃんは魔法使いさんに手出して貰ってない!!」


「そこぶりかえすの!?」


 騒々しいけど平和な日常が戻ってきた……かと思いきやこの後、とんでもないことが待ち受けていた。







「なんでえええええええ!?」


 翌日。風香はマネージャーからきた連絡を受けて、TVをつけるとニュースをみて叫んだ。

 

 

『被害者の冬沢のどかさんはチャンネル登録者数が200万人を超える超人気Vtuber風花風香として活動されているそうで、取り調べによりますと容疑者の男は風花風香さんの熱狂的なファンで、独占したかったという等と供述しているそうです』


 個人情報ダダ漏れであった。もちろん事務所から即座にマスコミに対してクレームが入った為、その後の報道では実名はなくなったが、1度放送された以上、殆ど意味がなかった。この国は加害者ではなく被害者に人権がないのだ。

 

 案の定、ネットでは卒業アルバムから写真等があっという間に発掘され有名Vtuber、中の人は超絶美人等と拡散されていた。


 そして風香のスマホには殆ど関わることすらなかった元クラスメイト達からの大量の連絡が入っていた。

 

「オワタ」


 風香は1人燃え尽きていた。それはリングのコーナーで一人、力から尽きて真っ白になっているボクサーのようであった。

 

 

 ちなみに事務所であるVTエージェンシーは今回の件は風香には一切のお咎めなしである。そもそも風香に落ち度は何一つ無いので当然であった。だが、さすがに顔バレ、本名バレはまずいとのことで、しばらく配信を休止するということになった。もちろんそれでも引っ越しはしなければならず、費用は加害者側持ちで引っ越すが、同等の物件を探そうにもそうそうあるはずがない。それなりにお高いところなのだ。

 

「ってことであかりちゃんしばらくよろしくー」


「いつまでもいていいよ風ちゃんなら」


 風香は宇宙未来そらあかりの家に居候することとなった。春華と同じマンションである。

 

 ちなみに風香のことをバラしたマスコミと警察には猪瀬から厳重注意がいっている。報道時には既に風花風香こと冬沢のどかが武藤の女扱いであった為だ。もちろん何人かの首が飛んでいる。

 




「で、なんでマンション?」


 武藤は剛三から話を持ちかけられていた。猪瀬でマンションを確保してあるので使っていいというものである。


「こっちで女囲うのならいるだろ?」


「……人聞きの悪いことを言わないでくれないかな。まるで俺に現地妻でもい……なんでもないですありがとうございます」


 異世界のことが頭に浮かんだ為、反論の余地がなかった。


「高い方はまだできてないから、今すぐ住むなら安い方しかないけどな」


「ふーん、いくらぐらいなの?」


「10億」


「アホかっ!!」


 ちなみに高い方は1戸200億だった。

 

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