第231話 侵入疑惑

「いらっしゃい」


 風花風香のマンションへと到着した一行を元気のない風花風香本人が出迎える。

 

「風ちゃん大丈夫?」


「うん。ちょっと寝不足なだけ」


 元々ゲーム実況などで連続徹夜放送などの狂気の配信をする風花風香は、2徹、3徹当たり前にするが、それでも全く疲れを見せたことがない。その風香がここまで元気がないのはメンバーからしてみれば初めてのことであった。

 

「こちらが魔法使いさん」


「!? よ、よろしくお願いします!! 風花風香です!!」


「はい、はじめまして。よろしくお願いします」


 初対面ということで武藤は弥生に紹介され無難に挨拶をしたが、風香は疲れが吹き飛んだかのように元気に挨拶を返してきた。

 

「……」


 中に入るなり武藤はすぐに立ち止まった。

 

「どうしたの? なんかいた?」


 弥生の言葉に武藤はマスク姿のまま口に指を当て静かにしろというポーズをとる。そして廊下を歩いて扉を勝手に開ける。

 

「……」


 そしてすぐ閉めると、玄関を指差した。それにみんなが頷くと全員外へと出た。そのまま移動し、猪瀬の車に全員が乗り込んだ。

 

「盗聴されてる」


「え?」


「すごく不自然な電波を感じる」


「えええ!?」


「なんでわかるの!?」


「魔法使いだから」


武藤はその気になれば電波すら視覚的に捉えることができる。ただし、現在の都会でやると視界が大惨事になるので、通常はごく狭い範囲をほんの少しの時間しか見ない。主に使い道は盗聴、盗撮を発見する為である。


「普通ならトイレのコンセントから電波なんて飛ばない」


「!? と、トイレ!?」


「真正面とか足元とかに花とかそういうの置いてなくてよかったね」


「なんでです?」


「それだとカメラも仕込まれてた可能性が高い」


「!?」


 風香だけでなく、そこにいる全女性の顔がだんだんと青くなっていった。

 

「1mmでも穴があれば今どきは盗撮のカメラが仕込めるって、前たまたま見たニュースで言ってたよ」


 武藤1人だとTVなんぞめったに見ないが、恋人達がくると食事時等にリビングでつけていることがよくあるのだ。


「犯人は近くにいる」


「え?」


「電波の範囲が100mくらいしかないから、受け取れる範囲にいるはず。と、なれば怪しいのはこの部屋の周囲だけ。ここは9階だから対象はおそらく上下階とこの部屋の左右隣。上下1階の左右隣くらいかな」 


 要は9分割した際にこの部屋を真ん中とした周囲8方向ということになる。


「普通に考えて、一番怪しいのは独身男性だろうね。家族連れだと盗聴や盗撮をしても家族バレが怖くてできないだろうし。心当たりは?」


「誰ともあったこと無いからわからないの」


 春華といいVtuberはどうしてこうも引きこもりが多いのか。


「そもそもまだ引っ越してきてそんなに経ってないから……」


 武藤は近隣の部屋の気配を探るがおそらく主婦と子供と思われる以外の人の気配は感じられなかった。そもそも学生は夏休みだが、社会人からしたらただの平日なのである。

 

 

「一通り部屋調べてみて良い? 他のみんなはここで待ってて」


 そういって武藤と風香は再び風香の家へと入っていき、しばらくすると再び車に戻ってきた。

 

「えっとあの配信してる部屋? あそこにある人形にカメラが仕込まれてる」


「!?」


「コンセントにも盗聴器があった。寝室にもカメラと盗聴器が仕込まれてたね」


その言葉に風香はガタガタと震えている。周りの女性陣も顔が青ざめていた。


「例えばさ、最近配信でやたらと身近の行動やらを的中させてくるコメントしてたやつとかいない?」


「……!? いた!! 名前覚えてないけど気持ち悪って思ったからいたのは覚えてる!!」


「そいつが犯人とすると、映像はリアルタイムで見られるってことだな」


「おかしいと思ったんだよ!! 咀嚼音でお菓子当てるのはまあ、偶然あるかもしれないけど、配信中の格好や飲み物まで当てるのはいくらなんでもあり得ないっしょ!!」


 興奮しすぎて風香は地の部分が出てきていた。

 

「配信室のおかしな電波は棚に飾ってあったぬいぐるみから出てたから、あれに仕込んだんだろうね」


「あれか!!」


「それってまさか……」


「あかりちゃんから貰ったやつだね」


「マジ!? えっお店でラッピングしてもらってから風ちゃんに渡すまで空けてないんだけど!?」


「つまり部屋に忍び込んで入れたんだろうね。犯人は縫い物得意なのか?」


「いや、あのぬいぐるみマジック式で背中開けれるようになってる」


「そういえばそうだったね。あれ喋るから後ろに電池いれるとこあった」


「じゃあ簡単に入れれるね。おそらくそれで覗き見してたんだろう」


「わ、私全部見られてたってこと? トイレの音まで聞かれて……もうお嫁にいけない……」


 そういって風香は手で顔を覆って俯いた。

 

「そんなんでいけなくなるの!? いやいや、してたんならわかるけどされた側はどう考えても被害者でしょ。それでどうこうなんてなるわけないよ」


 武藤がそういっても風香はフルフルと首を振るばかりであった。

 

(!? そうか……ひょっとしたら女性としての尊厳を失うほどのあられもない姿を見られたのかもしれないのか)


 だが武藤としては1人に見られただけで結婚できないまでに落ち込むとは考えられなかった。これが肉体的な被害であればそう考えるのも無理はないが、ただ見られただけでそこまで思い込むのか? ……と。だがそこは男女の価値観の違いだろうと、武藤は風香の言い分に一応の納得をした。

 

「そんなことを気にする男はいないから大丈夫だって」


「ほんと?」


「ほんとほんと」


「貰ってくれる?」


「もち――ちょっと待てい」


「ちっ」


「え? 今舌打……」


「うえーん!! やっぱり貰ってくれないんだ!!」


「いやいや、男が気にしないのと俺が貰うのは話が別でしょ。それよりどうする? 解決するには簡単に分けると2つ手段があるけど」


「2つ?」


「合法と非合法。ちなみに非合法のほうが安全確実で早い」 


「で、できたら合法の方がいいかなあって」


 ちなみに非合法は武藤が探して乗り込んでからの猪瀬職員による拉致である。その後、相手は海か山かを選ぶことができる。なにがとはいわない。


「でも今の段階だと非合法な手段でしか合法な証拠が入手できないんだよなあ」


 盗撮したものを保存していたとしても、それをそいつが持っていると証明できないのだ。

 

「……釣ってみるか」


「え?」


「多分犯人はものすごい風香ちゃんファンだと思うから、ちょっと俺と芝居してみる?」


 笑顔でそういう武藤に周囲の女性陣は訝しげな表情をしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る