第227話 天然物

「このたびは大変ご迷惑をおかけしました」


 2人に説明を受けた春華は武藤に土下座していた。

 

「よく2人のいうこと信じたね」


「いや、確かに体が軽いの。今まで乗っかってたものが降りたみたいに」


「むしろ今までよく生きてたなと感心するレベルだったんだけど」


「あー私っていうかうちの一家そういうの全然気にしないから」


 タフな一族のようである。

 

「でもこいつどう考えても日本で呼ばれたやつじゃないんだよなあ。小さい頃どっか海外いった?」


「私、海外って行ったこと無い」


「じゃあ小さい頃誰かが寿命や病気以外で死んだところを見たことがある?」


「!? ……ある」


 春華は小学生のころ、道路に飛び出して死んだ女性を見たことがある。その時、女性が春華を見て笑った気がしたのは気の所為ではなかった。

 

「間違いなくそれだね。そこで君に移ったんだ。でもそいつの誤算は君の一家が図太すぎたってことなんだろう。今回だって結局君自身をどうにかして乗っ取ることはできずに周りを使ってるし。配信者やってなければずっと無害で消滅させられてたかもしれないね。契約してないで取り憑いた悪魔は寿命で死なれるとそのまま消滅するから」


 恐怖心がない相手にお化け屋敷は意味がないのである。

 

「本来なら悪魔にとって最悪な、人類にとって最適な相手に取り憑いたのが、配信者って職業になったことでズレが生じたんだろうな」


 春華が配信者になって1年。1ミリも溜まっていなかった悪魔の力が、配信に声や音を載せることで本人ではなく周りから少しづつ恐怖が集まることに悪魔は気がついた。ならば本人ではなく周りから恐怖を集めればいいという苦肉の策を考えつく。そしてオフコラボをする度に周りを刺激し、ようやく体を乗っ取れるほどの力を手にし、早くまともな宿主に移りたいと手近な相手を呼び寄せた結果がこれである。まさに悪魔にとって踏んだり蹴ったりであった。


「なんで悪魔は人を殺すの?」


「悪魔は普通、取り憑いた相手の寿命を奪うことで格があがっていくんだ。本来の寿命を全うできずに死ぬとその分がその悪魔の力になる。特に相手が魔力を持っているとすごくあがるらしい。だから魔力を持っているやつがよく狙われるんだ」


 異世界でもそうであった。だから基本的に悪魔は女性に取り憑くのである。


「普通は召喚したやつと契約して、それを履行して寿命を奪うんだけど、稀に呼び出されても契約しないやつがいる。偶然呼び出されたやつとかね。そういうやつは本来の力を発揮できないかわりにある程度自由が効くんだ。ただ肉体がないから魔力を核にしないと現世で活動できない。でもそのままだと魔力は霧散しちゃうから、魔力を溜められる人間、すなわち女性に取り憑く」


「魔力ってのは女しか溜めれないの?」


「肉体的にはね。男は修行すれば保持することはできる。女はなにも考えなくても保持できる」


「へえー」


 武藤は弥生の友達ということで魔力について普通に他人に教えていた。どちらにしろ信じる信じないはその人次第だし、いい広めたところで別に使えるわけでもない知識だからだ。

 

「こいつはちょっと特殊な悪魔でね。取り憑いた人が本当に嫌がることはできない。だから普通は無関係の人を無差別に殺したりできないし、心臓に包丁を刺して自殺したりとかも無理。元々自殺願望があるならやれるけどね。ただ痛みが想像できないようなうしろを向いて高いところから飛び降りるとかはできたりする。結構そこらへんは相手によって曖昧なんだ。それを考えると外にも出たがらないわ、一人でいたがるわの君の中にいるのは相当つらかったと思うよ」


「なんでだよ!!」


 むしろ悪魔に同情的な武藤に春華が切れた。


「じゃあこいつは危ないから処分しとくね」


 武藤はそういって魔石が輝く本を見せる。


「それなに?」


「君に取り憑いてた悪魔」


「!? ま、まさか召喚して戦ったり?」


「こいつは実体を持てる程強くないから。後はただ魔力として消費されるだけされて消滅する運命だ」


「そっかあ」


 春華は残念そうな顔をする。

 

「でもよく信じたね。悪魔とか見えないでしょ?」


「小さい頃からなんとなくはわかるの。あそこはやばいとかそういう勘は外したこと無い」


「へえ」


 武藤は春華を見るとうっすらとだが魔力の残滓を見つける。悪魔のものかと思えば春華のものであった。

 

「すごいな、天然物がこんなとこにも」


「ん? これ? 作り物じゃないよ?」


 そういって春華は自身の豊満な胸を持ち上げて武藤に見せつける。

 

「はるちゃん!!」


「えーだって男の人ってこれ好きでしょ?」


「大好きです」


「たっくん!!」


 即答する武藤を弥生がたしなめる。

 

「あ、あれだけ私のを触ってまだ触り足りないの?」


「足りないと言うかおっぱいとは人それぞれ良さというものがあって「黙れ性獣」あっはい」


 弥生が香苗から「武くんがえっちなことを真剣に語りだしたら、だいたい碌なことを言っていないからこういって止め給え」と言われていた一言で武藤はあっさりと黙った。

  

「それで天然物ってことはまさかはるちゃんも?」


「ああ、間違いない」


 以前、路上でアクセサリーを売っていた魅了アクセサリーの作者、津雲文夜と出会ったことがある弥生は、その時の武藤の言葉を覚えていた。

 

「別に害はないからこのままでいいよ。なにかあったら俺がなんとかするから」


「そうだね」


「??」 

 

 2人の会話に当の本人は全くついていけなかった。

 

「これ好きなら揉んでもいいよ? お礼ってこ!?」

 

 春華が言っている最中に既に武藤は本を投げ捨て、春華の胸を揉みしだいていた。

 

「まさか弥生の前でこんなに躊躇いなく揉んでくるとは思わなかったわ」 

 

「たっくん!!」

 

 弥生に注意されても武藤は揉むのをやめなかった。

 

「そんなにいいのこれ? あっても肩が凝るだけなんだけど」


「最高です。男はおっぱいを持ち上げる職業があったら将来なりたい職業ナンバーワンになる程におっぱいが好きなんだ」


 真由や知美にはサイズ的に劣るが、手に収まらないサイズにもかかわらず、重力に負けないで上を向いた張のあるおっぱいはまさに理想的な形をしていた。

 

「あははっなにそれ、たっくんておもろー」


「なんではるちゃんがたっくんて呼んでるのよ。私のたっくんよ!!」


「だってたっくんとしか呼ばないから名前知らないし」


「あっ」


 確かに名前を呼んでいなかったことに気がついた弥生は武藤を見るが、武藤は静かに首を振った。

 

 武藤といえば武藤武だとバレる可能性がある。だが恋人でもないのに武と呼ばせるのは抵抗がある。

 

「じゃあたっくんでいい」


 あだ名というなニックネーム扱いでそう呼ばせることにした。5股魔法使いだとこの事務所の人間だと他にバレるかもしれないからだ。

 

「あっ……んっ……たっくん……触り方上手だね。なんだか気持ちよくなってきちゃった」


「こらあっ!! たっくん!!」


「えっ嘘っまっああああっ!!」


 注意されてもやめなかった武藤は、服の上から胸だけで春華を軽くイカせた。

 

「ふう」


「ふう、じゃないでしょ!! なにいい仕事したみたいな顔してんの!! 恋人の友達を恋人の眼の前でイカせるな!! 大丈夫はるちゃん!?」


 その場に腰が抜けたように崩れ落ちた春華を弥生が気遣う。

 

「すごかった、あんなの初めて……弥生、たっくんちょうだい?」


「駄目に決まってんでしょ!!」


「じゃあたまにマッサージ師として貸してくれない?」


「だーめ」


「えーケチ」


 そんなことをすれば春華が間違いなく武藤に落ちてしまうことはわかりきっているのだ。他のメンバーにもせっつかれているのに先輩とは言え春華に先に紹介でもしようものなら、どんな目にあうかわからないのである。

 

「えーとそれで春華はもう大丈夫なんでしょうか?」


「ええ、大丈夫です。もう普通に配信してもオフコラボしても問題ないです」


 隣で様子を伺っていたマネージャーに武藤がそう答えると、マネージャーは安心して会社に戻っていった。よく悪魔だの何だのを信じたなと武藤は思っていたが、武藤が封印するときの現象を実際見ているし、なによりこの部屋で起こっていたおかしい現象を何度も目の当たりしていたマネージャーは、普通に武藤のいうことを信じたのである。

 

「で、弥生、たっくんとの出会いはどこだったの?」


「え? それは……」


 そういって弥生は武藤をチラチラと見る。

 

「今日はオフなんでしょ? 泊まっていってあげたら? 俺は帰るから」


「そうだ!! いいこというねたっくん。弥生そうしようよ」


「……ごめんねたっくん。まだちょっとはるちゃんが心配だから」


「いいよ。今の弥生なら悪魔なんか憑けないから」


「え?」


 昨晩から武藤の魔力がてんこ盛りで体内に入っているのである。地球に居るレベルの悪魔が入れる余地がないのだ。

 

「明日迎えに来るから帰る時連絡して。それじゃ」


 そういって武藤は2人を残し、1人部屋を後にした。

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