第228話 アスリート
「久々だし、ちょっとブラブラしていくか」
ここは都内である。弥生が焦っていた為、武藤が一緒に転移して連れてきたのである。
弥生は元々武藤と同じ地元に住んでいるが、春華は上京して1人暮らしをしており、実は弥生の2回目の新人お披露目時にコラボしたVTエージェンシーのメンバーが何人か同じマンションに住んでいる。
武藤は東京は別に初めてというわけではない。が、大半は猪瀬の仕事で来ている為、ゆっくりと観光等をしたことはないのである。
ゲームなんかは好きだが、そこまでこだわりがあって物欲があるわけでもなく、グルメにこだわりがあるわけでもない。何かに熱中してイベントに行きたがることもなければ、おしゃれをしたいわけでもない。トレンドなんぞとは一生縁が無いくらいには興味がないのに皮肉にも現在一番のトレンドの存在。それが武藤である。つまり……東京にあまり興味がなかった。
(相変わらず人多いし、空気汚いし、空も濁ってる。なんか……汚いな。中国程じゃないけど)
田舎育ちの感想である。武藤の住んでいるのは田舎ではあるが、そこまでド田舎というわけではない。が、それでも夜、星は見えるし、水道水は苦も無く飲めるレベルである。それにしばらく異世界にいた為、大自然での生活をまだ体が覚えているのだ。排気ガス0の世界から東京にくればさすがにその酷さが際立ってしまうのである。
(お土産を買うにも俺はセンス皆無だからなあ)
武藤のおしゃれセンスは同年代の女性から見ると壊滅的であった。
だがクレープ等をお土産にする場合、15人分も購入する必要がある。収納に入れれば余裕であるが、そもそもそんなに買って持って帰るとなればそれだけで目立ってしまう。となれば4つづつくらいをこまめに買って収納していくというスタイルになるが、それはそれで非常に目立ってしまうだろう。
(……諦めよう)
カリフォルニアのお土産は現地の猪瀬職員に教えられたチョコレートであったが、これは女性陣に非常に好評であった。夏休み明けの1組2組女子用にまだ非常に多くのストックがある程買い込んである。
だが東京の銘菓といっても武藤の頭にはひよこ饅頭しか思い当たるものがなかった。ちなみに実際はひよこ饅頭は福岡発祥のお菓子である。
「こ、これは!? ぜひ買わねば!!」
怪しいお店で怪しいものを見つけて武藤は嬉々として購入した。ちなみに貝沼と稲村用である。
(偶には1人で楽しむか)
思いがけずいい買い物をした武藤は、秋葉原をぶらつくことにした。
「これはっ!! ぜひ吉田に買っていってやろう」
気がつけば武藤は昔のゲームを売っているゲームショップ巡りを楽しんでいた。武藤の家にはアタリやジャガーからピピン@に至るあらゆるハードが父親の趣味として存在している。それにアーケード基盤やコントロールパネルまでも見つかっており、父親の趣味に使う金が相当であったことが伺えた。
武藤は幼い頃から一人であった為、その趣味が引き継がれていた。まず小学生低学年1人では新しいハードを購入するハードルが高い。ならばどうするかといえば、家に既にあるハードを使って遊ぶのである。その為、今でもグンペイをやるためだけにワンダースワンがすぐプレイできるようおいてあったり、ネオジオポケットカラーやネオジオゴールドがすぐ取り出せるように置いてあったりする。ゲームマニアの吉田が遊びにきたら大発狂してしまいかねない環境であった。
「たっか!!」
武藤が家で確認したことがあるアーケード基盤が店頭に並んでいたのだが、どれもこれも軽く10万を超えていた。ちなみに武藤からしたらゲームセンターとはUFOキャッチャーかプリクラをするところという印象しかない。
さすがにこんなものをお土産にするわけにもいかない。基盤だけ買って吉田にプレゼントするという嫌がらせ作戦を思いついた武藤だったが、あっという間にその作戦は儚くも崩れ去った。
「やっぱさっきのファミコンカセットくらいが妥当か」
先ほど吉田に買ったのはとあるファミコンのカセットである。裸の中古で1000円もしなかったのでお手頃であった。
「光瀬のはどうするか……あっさっきの子にサインでももらえばいいか」
Vtuberマニアなら多分知ってるだろう。ただそのサインというのが本物かどうかを判別できる手段がないが。
「ん?」
武藤が秋葉原を満喫しているとスマホに通知が来る。見ると美紀とクリスと洋子、そして斎藤姉妹がどこかの河原で写った写真であった。東京で撮影ちうと書かれており、どこかで撮影をしているらしい。
「……あっちか」
気配探るとたしかに美紀達の気配を感じる。
「ついでだし行ってみるか」
武藤は路地に入って姿を消すと、すぐさま上空へと飛び上がった。
「あそこか」
気配を頼りに飛んでいくと、そこには人だかりができており、その中心に美紀達の姿があった。
「……これは顔は出さんほうがいいかな」
とてつもなく目立ちそうだったので、武藤は顔を出すのをやめて上空から様子を伺うだけにしておいた。
「ん? あれは……」
上空から見ているとふと、視界に入ったのは、対岸のサッカーコートのような場所で、少年たちがサッカーをしているところであった。武藤はおもしろそうだとそちらへと向かった。
見ると1人だけ仲間に入れずに見ている少年がいる。
「入らないのか?」
「!? だ、誰?」
「通りすがりの高校生だ。なんで入らないんだ?」
「11人だから1人あまっちゃうんだ」
みると5対5で試合をしているようだ。
「そうか。おーい!!」
武藤がフィールドで試合中の少年たちに声をかけると試合が止まった。
「なにお兄さん?」
「俺も入れてくれ。そしたらこの子もいれて6対6になるだろ?」
「えー大人がはいるのー」
「じゃあ変則でこの子と俺と今いるキーパーの3人対残り全員でいいぞ。勝ったら焼き肉でもラーメンでも好きに奢ってやろう」
「ほんと!!」
「やった!!」
少年たちは喜んで武藤の提案を受けた。
「お、お兄さんそんな約束しちゃった大丈夫なの?」
「大丈夫、大丈夫」
武藤はメガネにマスク、そして帽子を被ったままそう答えた。
「ちょっ!! このお兄さんはやすぎっ!!」
「とめろ!! 焼き肉!!」
「そっちいったぞ!!」
武藤は小野コピーをしていただけあって、フィールドプレイヤーとしてもとんでもないレベルになっている。小学生など物の数ではない。武藤は自身できめず、キーパー以外で唯一の味方である見学していた少年へとボールを渡す。
「やったあ!!」
武藤の正確無比なパスは少年の足元に正確に転がっていく為、少年はただ足を振り抜くだけで強いシュートが放てた。そしてそれは見事に得点となった。
「嘘だろ、あの運痴の修二が」
「へいへいどうした!!」
武藤は手加減しながらも大人気なく少年たちを蹂躙していった。だが自身で得点はしない。あくまでも見学少年、修二と呼ばれていた少年に最後は渡している。
ちなみにディフェンスは手を抜いており、適度に失点させている為、点差は開かず五分の展開である。
「ふう、暑いな」
そういって武藤は試合から一旦離れ、メガネにマスク、そして帽子を外してベンチに置く。
「あああっ!! 武藤選手!!」
「ん? なんで俺のこと知ってるんだ?」
「ちょー有名人じゃん!!」
「やべえ、本物だ!!」
何故か試合中だというのに両チームの小学生達が輝いた瞳で武藤の周りに集まってきた。
「どうやったら武藤選手みたいになれますか!!」
「握手してください!!」
「サインください!!」
「そんなのねえよ」
サインなんて書いたことがない武藤は即ツッコんだ。
「プロになるんですか?」
「NBAに行くんですか?」
「サッカーはもうやらないんですか?」
マスコミ並の質問攻めである。とはいえ武藤はマスコミにそんな質問をされるほど対応をせずに逃げ回っているため、ある意味初めての経験であった。
「サッカーは遊びでしかやらんし、プロのアスリートになる気もない」
「えええっ」
「もったいない」
「お前らプロのアスリートがどんだけ厳しいか知ってるのか? Jリーガーがやめるのって平均で25,6歳なんだぞ? 大学院卒業くらいの歳にはもう無職ってこと。しかも潰しも効かないし、一握りの天才しかそれだけで食ってくのは難しいんだ」
武藤の言葉は少年たちに夢も希望も与えなかった。
「本当にサッカーが好きで、これで一生食っていくっていう覚悟があるならプロを目指してもいい。でも逃げ道は作っておかないと失敗したら取り返しがつかなくなるぞ。アスリートってのはさ、現役よりも引退したあとの方が遥に長いんだ。うちのチーム知ってるか? 中央高校ってさ、公立の進学校なんだ。わかる? すげえ頭のいいとこ。でもあれだけサッカー強いからスカウト一杯きたんだけど、誰1人プロにはならないっていってる。なんでかわかるか? プロになるのが割にあわないからだ。リスクとリターンが釣り合ってない。簡単にいうと成功するより失敗する確率のほうが遥かに高いってこと。しかも失敗したときに人生が詰む可能性が高いんだ」
武藤の言葉はどんどんと子どもたちの夢をえぐっていく。
「例えばサイコロを3つ同時に振って、3つとも数字が一緒だったら生涯働かなくてもいい。だけどそれ以外だったら合計の数字が小さい程、それに応じた借金になります。サイコロは1回しか振れません。ただ自分の努力によってそのサイコロの出目はよくなります。ただしその努力の結果は確認できません。さて、そのサイコロ振りますか? もちろん振らないって選択肢もある」
小学生たちは振るっていう子と振らないっていう子に別れた。
「そこで振れるのがプロに行くやつだ。楽観的になんとかなるっしょって行って地獄に落ちるか、絶対いけると確信するまで努力を続けたやつ。振るのはだいたいその2パターンだな。それでも成功するやつは1割もいないだろう。日本人のJリーガーの総数と海外リーグにいけてる日本人の数を比べればわかるだろ?」
小学生たちは真剣な表情で武藤の言葉を聞き続ける。
「サイコロを振るも振らないも本人次第だ。誰に相談したっていい。決めるのは自分で責任取るのも自分だ。だから悩めるだけ悩め。絶対に人のせいにはするな。決めるのは自分なんだから。お父さんが言ったとか誰々が言ったとか。そんなのは関係ない。最後は自分の意志で決まるんだ」
その言葉に小学生は一斉に「はい!!」と元気よく答えた。気がつけば進路相談が始まっていた。現在試合中である。
「野球でもサッカーでもアスリートのプロってのはさ。本当の一握りの天才以外は、その競技に全てを捧げてきたやつしかなれないんだよ。四六時中サッカーだけにうちこむのはいい。でもそれって怪我1つで全部終わっちゃうんだ。そうなるとそいつに残るのはなに? ってなると、何にも残ってないんだ。だからそういうリスクを回避する為に、同時に勉強をがんばって、良い高校、良い大学を目指すんだ。そうするといざってときに逃げ道ができるから。高いところを綱渡りしなきゃいけない時、命綱があると安心だろ?」
武藤の話の小学生たちはうんうんとみんなが頷く。
「でも俺はそもそも綱渡りをしたくないんだ。だから最初から地上を歩く。それがプロにならない理由。わかった?」
「でも武藤選手ならプロでも成功しそう」
「多分できるよ。でもしない」
「なんで?」
「プロって芸能人みたいなものだからさ。みんなの模範みたいに振る舞う必要がでてくるのよ。そんな堅苦しい生き方したくないし、四六時中マスコミに付きまとわれる生活はしたくないんだ。考えてみて。ただ近所のスーパーで買物したとか、女の人と一緒に歩いていたとか、そんなことで一々ニュースにされるんだよ?」
武藤の言葉に小学生達はマスコミに追い回される芸能人を思い浮かべて「確かに嫌かも」とみんなが賛同した。
「だから俺はプロアスリートにはならない。でもみんながなることは止めないから。なりたい人はがんばって。あーっと試合は1点リードでこっちが勝ってるからおごりは無しね。それじゃ」
武藤は手を振りながら去っていった。なにがしたかったといえば、本当にただ楽しそうにサッカーをしていた子どもたちに混ざりたかっただけである。
武藤は空を飛んできたため、全く道がわからなかった為、とりあえず美紀達がいる方へと足を向けた。
「誰もいねえし」
到着したときには既に撮影は終わっており、そこには誰もいなかった。
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