第223話 決着

『なに!?』


 8ー8の同点になった後、武藤はお返しとばかりに2点シュートを放った。スティーブンもそれは読んでおり、即座にジャンプして止めに行ったのだが、シュートモーション中なのに既に武藤の手元にボールがなかったのである。

 

『ぐ、グリッチショットだと……』


 グリッチショット。それはいわゆるトリックシュートのようなもので、シュートモーション中にボールを離すことにより、相手にタイミングを全く取らせないショットである。 

 

 ものすごくいい加減に放ったように見えるボールは、正確にリングの中央を貫いていた。

 

「まぐれじゃないぞ?」


『……わかってるよ』


 得てしてグリッチショットは相手をからかう、いわゆる舐めプとしてよく用いられる為、武藤はそういう類のシュートではないと相手に示したのである。この土壇場で、NBA選手相手に放って、かつリバウンドを取りに行っていないのである。相当な度胸、そしてそのシュートに対する圧倒的な自信がなければできない芸当である。

 

 これで点差は10-8。武藤の先行であった為、スティーブンが次で2点シュートを決めない限り武藤の勝ちである。

 

(大丈夫だ。いくらこいつでも物理的に止めようがない)


 スティーブンは己に言い聞かせた。これは必勝の策だと。どんなに身体能力があろうとも手が届かない以上、防ぎようがないはずだと。 

 

『!?』

 

 そして武藤からボールを渡され、シュートモーションに入った次の瞬間、武藤が既に目の前にいた。 


(いつの間に!?)


 それは武藤の恋人である東海林結愛の祖父、不破高幹が武藤に対して使った高速移動術、不破迅雷流の奥義、縮地であった。


 2点取らなければ負けであり、しかも絶対決まると思っている得点パターンである。やらないわけがないのだ。

 

 スティーブンは即座に反応し、後ろへ飛んだ。

 

『くっ!!』


 だがほんの僅かに遅れたシュートに武藤の指先が触れた。武藤は着地すると同時に反転し、リングへとジャンプした。リングにはじかれたボールを武藤は横からかっさらうように奪い取った。例えタイミングが遅くなったとしても、おそらくそのままダンクしてくるであろう、相手からすくなくともボールをずらす為である。

 これはサッカーで対小野用に開発した技で、全く軌道の読めない小野の無回転シュートを止めるための技である。無回転シュートを点で止めるのは非常に難しい為、武藤は面で捉えることにしたのである。横から窓を拭くかのように手を大きく回し、手以外に触れた瞬間、手が反転して弾いたボールをそのままキャッチするのである。今回はボールが見えていた為、反転させる必要もなかったが。サッカーでは結局小野に使うことがなかった為、バスケで初披露することになった。

 

「??」


 キャッチしたボールを抱え込もうとした武藤だが、接近する気配を感じ取れなかった。振り返るとリバウンドをダンクに来ると思われたスティーブンは、フェイダウェイの後、そのままその場にうずくまっているようであった。


 武藤は勝負に集中しすぎていた為、全く気づいていなかったが、どちらにしろスティーブンがダンクに来ることはない。なぜなら2点取らなければ負けなのである。本来ならスティーブンはリバウンドをとった後、逆に外に向かうはずであり、武藤は外に向かうスティーブンを止めるというめずらしい状況になるはずであった。

 

『スティーブ!!』


『ああ、大丈夫だ。問題ない』


『脅かすなよ!!』


 すぐに立ち上がったスティーブンは、駆け寄るブライアン達に笑って答えた。

 

『いやあ、負けた負けた。完敗だ』


「躊躇っただろ」


『!?』


「おそらくだが、怪我をしたときと同じ、もしくは似てるシチュエーションだったんじゃないか?」


 事実、今回の大怪我をした時、それはフェイダウェイシュートを打った後、背中から落ちるのを割けるために無理にひねって着地した結果であった。

 

「そのまま打たれてたら俺は止められなかった。だから引き分けだ。今度あんたが万全な状態になったらまたやろう」


『クックック、いや、俺の負けだ。プレイ中に怪我が頭を過るんじゃプロ失格だ。ましてや素人相手にここまでして勝てないなんてな。言っておくが今の俺は万全だ。こんなに体の調子がいいのは、カレッジどころか、ハイスクール以来だぞ』


 スティーブンは主力選手だけあり、試合では非常に多く削られてきたため、大学以降は怪我が絶えなかった。その為、全く怪我のない状態でのびのびとプレイできるのは、本人の言う通り高校以来である。

 

『マネージャー!! この3人は絶対捕れ!! うちに入ればまさに黄金期が訪れるぞ!!』


 チーム名にある黄金にかけたのである。

  

『特にムトウは今からでもチームメイトに欲しいくらいだ。なあムトウ。うちに入らないか? 契約金もきっと弾んでくれるはずだ』


『おいおい、スティーブ、それはこっちの仕事だろ。で、どうだい? うちに入らないかい?』


「日本の15歳の高校生を世界最高峰のプロリーグに誘うなよ」


 それが冗談であることを武藤は理解していた。なにせNBAのドラフト規定がそもそも19歳以上で高校を卒業してから1年間以上経過した者、実質的には大学に最低1年間在籍した者となっているからだ。

 

 これは昔、高卒で即座にNBA入りさせるというのが普通だった時代、高卒で入った者の殆ど活躍できずにすぐ潰れてしまったという背景がある。誰もがレブロンやコービーに成れたわけではないのだ。そうなると潰れていった者に残されるのは高卒という資格のみになり、ほぼ未来はなくなってしまうのである。

 

 そこで大学で1年は寮生活をさせることにより、大学という場所でのコネ作りと在籍したという実績を残させることで後の生活につなげたいというNBA側の思いと、大学リーグの活性化を目論む大学側との利益が一致したということであった。

 

 たまに勘違いしている人がアメリカは実力主義だからコネ社会の日本と違う等といっているが、実際はアメリカほどコネが必要な社会はない。実力主義というのは間違っていないが、よほど隔絶した実力でもない限りはコネの方が圧倒的に優位なのである。だから何としてでも大学に行こうとする。なぜならそれだけで全く知らない相手であろうと同じ大学出身という名目で多少なりともコネが作れるからだ。

 

 何故大学かと言えば、そういうコネが必要な人達が通う高校とコネを持っている人ではそもそも通う学校からして違う為、全く関わることがないのである。全く住む世界が違うレベルで。そんな人達と出会うチャンスがあるのが大学なのである。だからNBA側としては、若者の将来を潰させない為になんとか大学に行かせたいのだ。

 

 そしてもう1つの理由が、NBAクラスになるとある程度勉強ができないとついていけないのである。傍から見ていると単にバスケットをしているだけに見えるが、NBAクラスになるといきなり何十もの複雑なサインプレーを覚えないといけないし、試合中にはそれを暗号のような言葉で瞬時に周囲と共有していたりする。つまり貧困層の高校に通っていた高卒では到底理解ができないのだ。故にバスケで生計を立てたいと思う者は、まず大学で死ぬほど勉強させられるのである。


『記念に写真とろうぜ』


 そういってスティーブンにブライアンというトップ選手とオリバー、ラッキー、そして武藤というルーキーで一緒に写真を撮った。

 

『これSNSにあげてもいいか?』


「別にいいぞ」


 武藤は男だし別にいいかと深く考えずに安請け合いをしてしまった。 

 

『これで唾つけたからな。これでお前はもうハンマーズの一員だから』 


「はあ?」


 後日、スティーブンのSNSに写真が投稿される。そのコメントには未来のハンマーズのエース達と共にと書かれていた。 

 

 その写真は苦笑したオリバーと豪快に笑うブライアン、そして中央にラッキーとスティーブンに挟まれて、両方から肩を組まれる武藤が映っていたという。

 

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