第222話 攻防

 そこからはまさに一進一退の攻防であった。お互い意地になってゴールを決めるのである。

 

(信じられんが、こいつの身体能力は俺より上だ。だから地上で自由に動かしたら駄目だ)


 圧倒的な反応速度で、相手の行動を見てから動ける武藤を地上で抑えるのは無理と判断したスティーブは、武藤を先に飛ばすことにより、身体的な有利を活かして空中で止めようと考えていた。あくまで抜かれないように間合いを空け、シュートを打つ瞬間に抑えようとしたのだ。その姿は調整ではなく、もはや完全にリーグ中の実戦である。

 

『!?』


だが間合いを離れるとその瞬間、武藤は逆にさらに間合いを空け、シュートを決めてしまう。


『マジかよ……若い頃のスティーブそっくりだぜ』


 高身長でスピードがあり、さらに外も打てるというスティーブンは、高校のリーグを無敗だった程、手に負えない存在であった。 今の武藤はそれを思い出させるほどの身体的スペックを披露していた。

 

『叔父さん2世なんて言われてる俺なんかより、よっぽどスティーブン・カレーラスしてるじゃないか』

 

 そういってオリバーは若干呆れたような、それでいて羨望の眼差しを武藤に向けていた。

 

『これが……ムトウの本気』


 ラッキーは気がついた。昨日、あれでも手を抜かれていたのだと。ちなみに今の武藤は昨日より出力が上がり、中学時代の2.5倍である。

 

 だがそんな身体能力があっても体格差を使われてシュートをされてしまうと止めることができない。

 

「くっ!!」


 スティーブンがシュートモーションに入ると、身長差からどうしても武藤は飛ばなければいけない。だが相手はそれを見てから躱して打つことができる。つまり後出しジャンケンである。

 

(PK並の理不尽さだけど……PK程ではない)


 そして武藤があっさりと得点をした次のディフェンス。再びシュートモーションに入ったスティーブンを武藤はじっと見つめていた。

 

『!?』


 そして驚異的な反応速度で、ボールが離れようとした瞬間にジャンプしたのである。ボールが手を離れてからでは間に合わない。シュートというのはボールが離れようとした瞬間からそれを止めることは不可能である。フェイクはそもそもボール自体は手から離れようとしていないのだ。つまりどうやっても変えられない状況に最速で反応することで、武藤は後出しジャンケンをさらに後出しジャンケンしたのである。

 

 ボールに指先が触れ、シュートはリングにあたってはじかれた。すぐさまそれに反応したスティーブンは既にジャンプしているが、武藤も同じように反応してジャンプしていた。互いに空中でボールを奪い合うが、スティーブンは上からしっかりと掴んだボールをそのままリングへとダンクで叩き込んだ。さすがに真上からしっかりと握った上で力で押し込まれた以上、たとえがっちりと掴んでいた武藤でも空中でそれを弾き返すことはできなかった。

 

『おおっ!! さすがスティーブ!!』

 

『すげえ!!』


『相変わらずすごいね叔父さん』


 あまりのプレイに周りは大興奮していたが、スティーブンの内心は気が気ではなかった。

 

(あれに反応して止めたあげく、2回目のダンクにもしっかり反応した。しかも20センチは身長差があるのに、リングの上空で俺と競り合っただと? どんな身体能力してんだ!?)


 圧倒的有利なはずの後出しジャンケンをさらに後出しジャンケンされたのである。しかも20センチ差あるのにもかかわらず、空中で互いにボールを掴んだ状態で力が拮抗していたのだ。

 

(俺がディフェンス側だったら逆にダンクされてたな)


 スティーブンは長いバスケ生活の中で、自分より背が低い相手にこれほど圧倒されたのは初めての経験であった。いや、背が高い相手であってもこれほどのことはなかっただろう。

 

 そして武藤があっさりとゴールした次のディフェンス時。先程と全く同じことが起こった。だが今度は明確に違うところがあった。

 

『なに!?』


 リング上空でスティーブンのダンクに行くボールを武藤はがっしりと掴み、それを横に引っ張ったのである。真上から力まかせにくる相手に対して、力の入らない空中で反対方向に弾こうとしても無理である。ならばどうするか? 力の方向を変えたのだ。

 

 それは見事に効果をはっきし、ボールはリングにあたってはじかれた。2人はすぐさまジャンプし互いがリバウンドを取り合う。

 

「よっ」


 身長差からどうやっても取られると思った武藤は真下からレイアップのように指先でボールを浮かせた。

 

『!?』


 それによりスティーブンの手が空振りし、ボールが浮いたまま2人は着地することになる。

 

『!? はやすぎる!!』


 声をあげたのは傍から見ているブライアンであった。2度目のリバウンドを武藤がかなり早くキャッチしたのである。これは最初のリバウンドで全力で飛ばず、指先だけが触れるように押さえて飛ぶことで、落下までの時間を早めて2度目のジャンプをスティーブより早く踏み切るという、刹那の攻防の中で武藤が見せた神業とも言える判断であった。


『くっ!!』


 そして武藤がリバウンドをとることで、ついに武藤がリードした。そして武藤は次のオフェンスもあっさりと決めて点差は8―6と2点差となった。

 

「糞がっ!!」


 だが次のスティーブンのオフェンス時。スティーブンはボールを受けたその場から2点シュートを放――つフェイクを入れ、武藤が飛んだのを確認した後、横に移動して2点シュートを決めた。

 

 開始地点から撃たれた場合、この身長差だと即座に飛ばないと間に合わないのである。つまり武藤側が後出しジャンケンができない唯一の場所であった。

 

『これで同点だ』


「素人相手にそこまでするか」


『お前を素人なんていうやつはこの場にいねえよ』


 スティーブンのその言葉に、周りいたブライアンどころかスカウトの男ですら無言で頷いていた。

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